第14話 『降る空ノ鼓動』の推敲
明くる日、僕は
そろそろ自分の小説の完成も間近という頃合で、瓦来さんに声を掛けられた。
「執筆の方は順調かな?」
「ええ。何とかあと少しで書き終えそうです」
「じゃあ、僕のパソコンにデータを転送してくれるかな? どうあれ送ってもらうことにはなるんだけど、どの程度のレベルなのかを確かめるように言われているから」
僕は言われた通り作品を瓦来さんのパソコンに送り、執筆を続けた。
書くことがあらかた決まっており、もう後は最後に向かっていくだけなので、今日の仕事中に片が付きそうだった。
2時間後、執筆を終えた頃、完成品の催促をされたので、僕はもう一度完成した作品を瓦来さんへ送った。
送った後、自分の文章を見返し、推敲に移った。
自分の文章なので読みにくい文章を探すのが大変である。
文章というのはある一定のルールに基づいて書かれているものであるので、それが正しいかどうかを判断することは容易であるが、ルールの範疇内で読みづらい文章は多分に存在する。それが多く存在すれば読みにくい文章の集合体ということになり、つまり読みにくい小説となる。だから一つでも多くの文章を読みやすくしていかなくてはいけない。ただそれをわかりやすいようにわかりやすいようにと砕いていくと、読みやすい反面、教科書的な堅苦しさが生じる。そしてそれをつまらない、退屈だと思われてしまったら、読みにくい文章になるのである。読みやすさを追求していった結果読みにくい文章が出来上がるという矛盾。ただ、読みにくい、日本語になっていない文章を見つけるだけではなく、この矛盾を孕んだ文章の怪奇現象をも探しながら冒頭から読み直していかなくてはいけない。何より難しいのはストーリーが粗方自分の頭の中に入っている為、間違っている文章が存在していても勝手に頭の中で補完してしまい、最後まで文章のおかしさに気付かず完成させてしまうということがある。非常に面倒な作業だ。
「多楽多君、今推敲しているの?」
「あ、はい。あの、僕の作品どうでしたか」
「面白かったよ。良い作品だと思う。“降る空ノ鼓動”っていうタイトルも作品の雰囲気を投影出来ていて良いと思う。このまま推敲して、校正して、投稿だね」
「ありがとうございます。良かった。人に読んでもらう経験があまりなかったので、どういう反応されるのか正直怖かったです。あ、あのお世辞とか入ってないですよね」
「大丈夫。お世辞も含めて嘘は言わないから。そう言えば多楽多君はなんで推敲は“推す”と“敲く”の二文字で推敲と読むのか知っている?」
「いえ」
「昔の詩人が門を
「へえ」
今まで気にしたこともなかった推敲という二文字にも、そんなストーリーがあったのか。
まだこの作品の推敲は終わっていないが、どうやらリミットまでに間に合いそうだ。正直筆が乗らない日が何日も続いて、到底間に合わないと思っていたが、何とかなるものだ。あとは、鎌富さんから言われている歌のコンテストに出場すること。執筆がひと段落した今となっては、こっちの課題の方が懸念材料を満載している。何しろあれ以来全く歌の部屋に行っていない。比喩ではなく本当に。
火倉の件があったから気まずいというわけではない。それはそれこれはこれと割り切ることはできる。そうではなくて自分の実力不足からくる筆の遅さの所為で、行く暇がなかったのだ。
労働基準法厳守の為、家に仕事を持ち帰ることは許されていない。この会社では給料のつかない執筆活動は御法度なのだ。だから、いくら完成しないからと言って家で書くことはできない。更に筆が乗っていないのにただうんうんうなっているだけで残業代を請求するのも気まずいので仕事場に居残り続けるのも問題になる。自分の筆の速い遅いとは無関係にとにかく完成させなければいけない。それがこの会社のルールであった。
これから推敲が終わったら歌の方に集中しよう。
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