(6)



 レイジさん、こんなところに引っ越していたんだ。と思ったのは、抱き上げられた状態で連れてこられた場所による。

 ここは、二年前まで私がレイジさんと暮らしていた場所ではない。

 それにしても、私の記憶にあるところにしろ、改めて考えると吸血鬼には似合わないマンションである。何でかと言うと、太陽に近いではないか。

 この前、レイジさんのお父さんに連れていかれた建物を出ると、外であるはずなのに暗かった。あれは夜、という暗さではなくて、地下にある街だったからだ。


 現在のレイジさん宅である家の中。

 物がほとんどなく、やけに生活感ない、よく言うと綺麗に片付いた空間を抜けると、下ろされたのは……ベッドだった。


「なぜに?」

「お前、しばらく寝たきりだからな」

「え、そうなんですか」

「そう簡単に吸血鬼になれると思うなよ」

「で、ですよねー」


 ぎこちなく相づちを打ったが、一体どういうことが起きるのかと、今さらながらに考える。

 改めて考えると、人間が吸血鬼になれるとは、生命の神秘。なんて考えていたら、


「いだあ」

「我慢しろ」


 耳たぶに痛みが。おまけに、痛みの中心に何かねじ込まれる。

 瞬間的に顔をしかめつつ、手でおそるおそる触れると、固い冷たいものがあった。

 十字架?

 手探りで形を確かめて、はて? と寝転がったまま上を見ると、レイジさんが私の顔の両側に手をついて見下ろされていた。

 何か一瞬どきっとして、心臓が跳ねた。


「これより痛ぇぞ、我慢できんのか」

「……うん、できる」


 耳がじんじんと痛い。これより痛いとは。

 なのに、不思議だ、笑みが浮かんだ。

 見上げたひとに、笑いかける。


「レイジさんと生きれるなら、できる」


 さっきからレイジさんは、今ならまだ踏み留まれるといったようなことを言う。

 私は大丈夫だということを伝えたくて、手を伸ばす。

 届いた頬はひんやりしていた。こんなに暗いのに、煌めく赤色は綺麗だと思う。

 そうすると、表情はよく見えないけど、レイジさんも笑ったことが分かった。


「お前も俺も馬鹿だな」

「? それ、どういう──」


 大きな手が片方、首と頬の境目辺りに触れ、ぐっと距離が詰められた。

 首に、熱い息がかかった瞬間に、なぜか思い出した。かつて、こんなことがあったのだと。二年前、レイジさんの牙がまさに、今のように首に当たったことがあるのだと。

 そのあと、レイジさんは私に背を向けたのだ。


 でも、今度は違う。


 それもまた、不思議な心地を抱かせる。

 あのときのことを、いつか聞いてみるのもいいかもしれない。次、私が目覚めたときは、長い時を約束されたときだ。

 それならば、時間はいっぱいある。のんびり聞いていけばいい。

 色んなことを。今まで話すこともしなかったことを。


 首に熱が走る。痛い。

 深く、深く、熱いものが自分の中に入り込んでいると感じる。


 大丈夫だ。

 不安はなかった。恐怖も。

 後悔なんてしない。するはずがない。

 目を瞑ると、もっと強くその存在が感じられた。伸ばしたままだった手でレイジさんにしがみつくと、力強く抱き寄せられた。


 きっと、あなたと生きる。






 ――雪が降った、今年一番寒いこの日。私はレイジさんに噛まれた








 

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