『誘拐はもっと穏便に』

(1)




  鬼が街中を道関係なく歩き回り、攻撃するものを薙ぎ払ったりした影響で、街の一部は酷く被害を受けた。

 死傷者の数は言うまでもなく、普段起こる事件より、何倍もの数が出た。

 倒れた鬼はその日の内に収容所に戻され、現在、破壊された街の修繕工事が行われ始めている。


 それらの影響で、通常の業務にも多少の差し障りが出る面もできることとなり、普段は事件の解決に当たっている班の責任者たちが集められ、詳しい現状の説明と班への影響の説明を受けていた。


 彼らが集まっている部屋、机と座席が、緩く弧を描いて一番前の中心に向かうように幾つも設置されている。

 ちょうど今、前方にある大きなモニターが消え、部屋に灯りが満ちる。

 話が終わったのだ。

 間隔を詰めることなく、ほとんどが空間を空けながらバラバラに座っていた者たちが、次々に立ち上がっていく。多くは人間ではない。


 その中で、人間の男も一人立ち上がる。いつも通り、シンプルな黒いスーツ姿の男だ。

 彼の班での業務は今からなので、すぐにでも班の部屋に戻るのだろう。腕につけた時計を見ながら、彼はその部屋を出る。





「……ということで、L班の業務内容は基本的に変わることはない」


 L班に割り当てられた部屋にて、リュウイチは先程の集まりでの内容を簡単に説明した。

 中身は鬼による被害状況と復興状況、それに伴う組織の動き等だった。


「それから、鬼の脱走した件で抗議運動が起きているそうだ。外に出る際は気を付けるように」


 鬼が脱走したことによる、甚大な被害。

 住民の非難の矛先は、鬼の管理責任があった組織に向けられていた。

 鬼を収容していた場所に問題があったのではないか。脱走してからの対応に、問題があったのではないか。

 そもそも、なぜまだ生かされていていたのか。収容するにしても街中ではない場所にすることは出来なかったのか。……など、様々だ。


 全ては、自分達の大切なものや場所を失い、奪われたと感じる人々から生じたものだった。

 今回の事件よってはじめて、犯罪者を収容する施設が街中にあることを知った人々も少なくはないようだ。


 そのことすらも事務的に淡々と班員に伝えるリュウイチは、次々に捲っていた資料を終え、顔を上げる。


「では、本日の業務に入る」


 今夜担当する事件の説明に移り、


「行こうか」


 業務内容に入るべく、班員が動き出す。

 ちなみに本日、サディはいない。どうやら他の仕事に忙殺されているようだ。その関係で、業務にあたるのは四名。


 立ち上がったはいいがすぐにドアには向かわず、獣人の青年が、何やら、班内で最も若い少女にちょっかいをかけている。

 それを横に、その場で一番背の高い男がゆっくりと立ち上がる。その男にリュウイチが目を向け、目を向けられた男が気がつく。


 リュウイチはレイジを目線で軽く促し、二人はソファの一角から外れた場所に行く。


「何か分かったのか」

「先日精密検査をしたばかりだ。そろそろ結果が出る頃だろうが……」


 リュウイチは、ソファの側で(彼から見ると)じゃれあっている二人に背を向け、話す。


「レイジ、今は待つしかない」

「んなこと分かってる」


 短く会話は終わり、レイジがリュウイチから離れる。リュウイチは手に持ったままだった資料を置くために、机に向かう。


「おら行くぞ」

「うわ」


 二手に分かれるため、レイジがハルカの頭をくしゃりとしてからドアに向かう。

 ハルカは後ろからの突然の手に驚きの声を上げてから、ドアに向かう背中を追いかけ始める。



 *



 外はすっかり暗くなり、三日月より少しだけ大きな月が空に浮かんでいる。

 月の光は地上の道を十分に照らすまでの光は持たず、周りが少し窺える程度。

 しかし、その代わりに、街灯が道と周りを明るく照らす。


 そろそろ、けっこう寒くなってきたことがあって、私は厚めの生地のコートを着て外に出てきた。

 吐いた息は白くないものの、髪をくくっているため、むき出しの耳やら首筋の辺りを冷たい風に撫でられ、寒い。

 マフラーもいるかな。


「この辺りのはずですよね」


 今夜対処する事件は珍しく……と言うと何だが、死者は出ていない。怪我人は出ている。

 私は今、普通の住宅街に来ていた。


 ここで事件は起きた。

 まず、これまでの被害件数は四件。

 被害内容は、夜中に家――の壁を壊すひとがいるらしい。目撃情報によると、獣人である可能性が高い。

 その方法は、大きなハンマーで壁から叩き壊していくのだそうだ。それだけならばハンマーによる破壊行為と、それによる騒音と家の主の恐怖だけに終わるのだが、この事件の犯人はそれだけでは終わらなかった。


 一件目は家の中に誰もいなかった。二件目は突如響いてきた破壊音に住人が怯え、家の中でじっとしていた。

 ところが、三件目において、犯人が壊しにかかった家の主がそれを止めようと外に出て、犯人の元へ行ったのだ。

 すると犯人は家の壁を砕くことを止めて、ハンマーを、出てきた家の主に向かって振り抜いたのだという。さらには、壁に叩きつけられたその人をハンマーで叩き、去っていた。

 家の主は、命は助かったものの、骨は折れ、潰れた箇所もあり、意識不明の重体。


 四件目には、被害を耳にしていた家の住人は、家の中にいて過ぎ去るのを待っていた。

 しかし、たまたま通りかかった何も知らなかった人が、声をかけただけでこれまた同じ目に遭い、重体。

 命は今一応あるらしいが、気は抜けない状態である。


 そしてこの事件、今のところ同じような区域で起こっている。

 何しろ三件目は、一件目と道を挟んで斜め向かい。

 二件目は離れてはいるが、まあ同じ通りに位置する。四件目も、通りは違えど一つ隣の通り。


 さすがに、これまでの情報はくまなく近所に回っているだろうから、不用意に出てくることはないだろう。

 しかし犯人の目的が分からない以上、事件は続く可能性が大いにあり、何も知らない通りがかりの人が巻き込まれてしまう恐れはある。

 また、死人が出てもおかしくはない。

 今重体である二名の命があったことの方が不思議かもしれない。

 彼らは、犯人が去ったあとに近所の人に助けてもらったのであり、人目がないところであったのなら、時間が経ってしまい死んでいてもおかしくなかった怪我なのだ。


 私とレイジさんは現場近くに来ており、リュウイチさんとテンマさんは、一つ向こうの通りを見張っている。


「壁が破壊出来るくらいのハンマーだって言うなら、事前に探せそうだな」

「そうですね。犯行も短時間のわりに、壁の破壊のされようはすごいですし」


 ハンマーはけっこうな大きさだろう。

 私とレイジさんは、特に姿を隠すわけでもなく道を歩く。


 今、一件目の事件の家の前を通り過ぎた。

 壁に派手に穴が開き、周りが崩れている。

 家の中は見えないように、内側に幕のようなものが張ってある。外側に張っていないのは、修復の途中だかららしい。

 事件が起きたときには散らばっていたであろう、穴がある場所を埋めていた部分の煉瓦の欠片などは、すでに片付けられていて、ない。

 ちなみに、一件目が起こったのは四日前だ。


「それにしても、どうして家の壁を壊すんですかね」

「知るか。考えても意味ねぇだろ」


 どうせ理解できないと分かっているのだ。

 私はそれを理解して頷く。

 それはそうか、今までの事件でだって理解出来なかったのだから、考えても仕方がない。


 ところで今、三件目の前を通った。

 こっちはつい二日前のことなので、修理はまだ始まっていない様子。

 外側から見えないように、大きな灰色の布で覆ってあって破壊された箇所は見えない。

 ここの家の主は、現在入院中だ。

 一人で暮らしていたようなので、穴は近所の住民が善意で覆ったのか、それとも親類が事件を聞き付けて来た際にしたのかは不明。

 二件目は、歩くと少々時間がかかる向こうの方だ。


 事件の資料の他、この辺りの地図……一件目から四件目の場所に印がつけられた地図を見ながら、歩く。

 脳内には、地図を見ているときにだけ現れる、リアルタイムであると思われる地図が開かれている。

 これは、私の特殊能力の一つだ。私の。

 

「……!」


 地図を握り締めていると、ビッ、という音を立てて、一気に地図が引き抜かれた。

 その感触と音にびくっとしてから、私は目をぱちぱちさせる。何が起こったか、瞬時には飲み込めなかった。


「いつまでもこんなもんとにらめっこしたって変わんねぇだろ。ハンマーでも探してろ」

「……はーい」


 見上げると、私から取り上げた地図を持ったレイジさん。彼は、紙を雑に折って、自らの服のポケットに入れた。

 赤い眼が私の目を少し覗き込むようだったのはなぜかは分からないが、私はレイジさんの言葉に、その通りだと思って前を見る。


 今のところ、ハンマーはなし、と。

 少し、静かな時が流れる。


「レイジさん、質問があります」

「なんだよ、四年くらい前は『吸血鬼が十字架が苦手なのは本当か』なんて質問急にしてきただろうが」

「そ、それは……ちょっと思い出してそのまま口に出しちゃったというか何というか」


 恥ずかしい思い出である。

 普通に切り返される分、ダメージが大きい。おまけに十字架モチーフのピアスまで目に入ってくる始末だ。礼儀正しくお伺いを立てただけで……。


「レイジさんって何歳なんですか?」


 さっきの答えで、私は質問が許可されたと判定した。

 気を取り直して、話しを続けた。


 今のところハンマーは見当たらない。目だけは周りに向けているので、関係ない話でもいいだろう。思い付きで聞いた感は、当の私にも否めないけど。


 私の唐突の疑問。それは、横を歩くひとの年齢だった。

 ふと、今まで何ら疑問に思わなかったことを考えたのだ。正直、レイジさんの外見は、私が幼いときに会っていたときとあんまり変わっていない、と思う。


「えーと、レイジさんってあんまり変わってないですよね、なんか」


 その顔をじっと見て、幼い頃の記憶と擦り合わせながらの感想を混ぜて、尋ねる。

 目の前のレイジさんの姿は、わずかにどこかが変わってはいるが、些細なものだろう。雰囲気なのかな? とりあえず外見年齢は変わっていない。

 出会ってから十二年、人間なら相当の変化をしている。


 あなた何歳ですか?


「吸血鬼の血が大部分だからな。ここまでくると変化は遅い。お前が中身が成長せずに、身体だけ成長するより合理的だろうが」


 へえ、吸血鬼ってそうなのか。私の中のメモ帳、吸血鬼の欄に付け加え。吸血鬼は外見の歳が、ある程度で取るのが遅くなる。

 個人差ありってとこかな、っていうのは個人的な予想。


 それはそうとして、だとしたら、私が思っている以上に歳を取っているという可能性があるのでは?

 思わず、しげしげとレイジさんを見つめながら、続けて問いかける。


「じゃあ、実際おいくつですか」

「おいくつって……歳なんざまた突拍子もねぇこと聞いて来やがって。んなこと聞いて何が面白い」


 本当に呆れたような口調になったと同時に、それでも私の期待している目を見て、考えるみたいに口を閉じた。


 ……考えるほどなの?

 それとも数えていないだけなのかな。

 そういえば、歳を重ねるほどそれを数えることがどうでもよくなってくると聞いたことがある。学校の先生が言っていたのだったか。


 レイジさんはとりあえずは、五十一歳は越えていないはずだ。

 なぜなら、世界が交わったのは五十一年前だから、混血である人たちが生まれたのはそれ以降だ。

 だからと言って、五十を越えていると言われると、複雑だ。何て言ったって、彼の外見は二十代そのものなのだから。


「俺の記憶だとな」


 記憶だと? どうやら答えてくれる気であったそうなレイジさんが、口を開く。

 私は内心ちょっとわくわくしている。さあ、どんと来い。心構え(?)は出来ている。


「確か――待て」

「……へ」


 突然のストップ。

 止まったのは、レイジさんが続けようとした言葉だけではなくて、私たち自身の動きもだった。

 レイジさんの腕が前に出されたことによって、私は止まる。腕の主が止まったから、前に進むことは出来ないことによる。

 よって、足音が止む。

 代わりに、何か固い音、正確には固いものを叩いているような音が、前方から。


 私は、レイジさんに向けていた目を、音の方へ向ける。いつの間にか、ハンマーを探すことを止めてしまっていた。

 通りが真っ直ぐに続く先を、見る。

 通りの先には、今夜、私たちが解決すべき事件のせいか人っ子一人いなかったのに、一つの家の傍に誰かがいた。


 手で、かなり大きなハンマーらしきものを振りかぶって。


「あ」


 犯人。





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