(2)



 そして、『緊急会議』から一週間後の今。

 私は、所謂デートスポットなる場所にいる、のだ。二人の友人と共に。

 前方には、恋をした友人がいる。


 あの日私のスケジュールを見て、ここだとか、ほんとだとか言って指差して話していたのは、これだったのか。ついさっき、合点がいった。

 一週間後の友人のデート。その尾行に、私も巻き込むつもりで。


 昨日電話がかかってきて、仕事も急な手伝いバイトも入らなかった私は、ラフな格好で待ち合わせ場所へ。

 そこには、二人の友人がいた。先日店に集った内の二名である。

 私が着くやいなや、彼らは私の格好を見て頷き合った。「これなら周りに溶け込めそうだ」と。

 何に溶け込む必要が?

 それから移動すること十分。ようやく私は、何をするために呼び出されたか知った。


 現在、私たちは背の低い植木に隠れて、噴水前で誰かを待っている友人を見ている。


「これ、本人は知ってるの?」

「知ってるわけないじゃん。秘密秘密」

「ええぇ」

「だってハルカ、あそこまで聞いといて気にならねー?」


 私はここに来て思い出したよ。ああ、あれから一週間かって。

 同じようにしゃがみこんだ友人がしれっと言った言葉に、恋した友人に同情が止まらない。

 黙って見守るという選択肢はなかったの?

 確かに本人には黙ってここにいるようだけどね。


「あ、来たぞ」


 一人木に隠れるようにして立って、噴水の前を窺っている友人から報告が飛んできた。

 それより、それで隠れられてるのか疑問だ。スパイみたいだーと思うことにする。


 とりあえず、報告に、私たちは揃って植木から顔を覗かせ、視線を前に戻す。

 普段の私服の倍おしゃれをしたであろう友人に、ぱたぱたと小走りで近づくワンピース姿の女の子の姿を発見した。

 服装以外には黒いロングヘアーだということくらいしか分からず、あとは見えない。雰囲気的に、とても可愛い感じがひしひしする。


 その女の子が来たことに気がついてか、恋した友人が一気に緊張したのがここからでも分かった。背筋が伸びて、ちょっとだけ見える表情が、もっと固くなったからだ。


 合流した二人は、私たちからは会話が聞こえないが何かやり取りをして歩き出す。距離がぎこちない。


「よし、追うよ!」

「了解であります」


 すごくノリノリな二人に引きずられ、私もその後を追う。

 ほどよく距離を空けた先には、まだカップルではない二人。まだ、と言えども、結末は分からない。

 そんなことより、私は気がついてしまったことがあった。


「ねえここ、カップル多くない?」


 待ち合わせ場所から歩き出して、何分か。

 天気いいなあとか思いながら歩いている私は、周囲と自分たちとの差に気がついてしまったのだ。

 そう、カップル――かはさておき男女ペア――しかいない。


「だってここ、デートスポットだし」

「そーそー、あの噴水なんて、定番の待ち合わせ場所ってやつだから」


 カップルが多くなるのは当たり前。と、知っていた様子の友人二人が、こっちを向いて言ってくる。

 何だと。

 ……知っていてカップルを装おうとしないで三人で来ようと画策して、実際来たきみたちを、私はある意味すごいと思う。


「……私たち、浮いてない?」

「浮いてる」

「浮かない方がおかしいっしょ」


 三人だというだけで、もはや目立つレベル。人生でこんなにカップルさんを見たのははじめてだ。

 なので、そう、目立たない方がおかしい。だから、服装を見て溶け込めそうだとか言ったのか。いや、けど、


「溶け込めるわけないよね」

「散歩しに来た風で」

「何かペット的な動物連れてこれば良かったかなあ」


 私は抑えめの声に、すべての感情を乗せたけど、やっぱり横の二人は楽観的というか何というか。


「でもそうかもね。何かの拍子で顔見られるとさすがにマズいから、帽子でも被っとく?」

「お。俺もそう思って、一応持ってきた」

「ハルカどうせ持ってないんでしょ、はい」

「ありがとう」


 カバンから、帽子を取り出し被る二人。

 私にも用意していてくれていたらしく、受け取って被る。が、ここでも気がつく。


「いや、三人全員帽子被ってたら、怪しい怪しい。別の意味で目立つよ」


 しかも私の帽子、何か変におしゃれだし。服に合わないんだけど。

 帽子を取って、細かく帽子の位置を調整している友人に言う。

 すると、顔が帽子のつばの影で隠れるくらいに深く帽子を被った友人がこちらを見る。

 それ、前見えてる?


「言われてみれば……周りに帽子被ってる人少ないしなー」

「止めよっか」


 ここは理解がもらえたらしく、私の手の帽子も回収されて、荷物の中に消える。

 結局帽子はなし。元の服装に後戻り。


「あ、対象がカフェに入る模様です」

「中々おしゃれなカフェですね」


 こんな中でも尾行は続けていて、尾行対象の友人と、その想い人はカフェで一休みする様子。

 きっと友人が前もって調べていたのだろうと思われる。


「いい席取るぞ!」

「え、ちょっ待っ」


 小走りになった友人を追いかけて、私もまた、その外観からしておしゃれなカフェに吸い込まれるようにして入ることに。







「絶対浮いてる」


 カフェの中も、カップルさんだらけだった。

 尾行対象が店内ではなく外の席を選んだので、私たちも他のカップルたちのテーブルに混ざり腰を下ろす。

 こちらからは恋した友人は横顔、情報によると先輩の女の子も横顔が見えるくらいだ。雰囲気のみではなく、美人だった。

 ただ、テーブルをいくつか挟んでいるため、遮られるときがある。


「ホットケーキがハートの形だとは予想外だった。場違い感をこれで味わわされるとは思ってもみなかったわ……」

「カップルをターゲットにしてるなこの店」


 呑気に思いっきり注文まで済ませた私たちのテーブルはと言えば。

 友人がつついているホットケーキは、見事なハート型。シロップはピンク。

 もう一人が食べているパフェもピンク要素が強い。

 カップルより、女の子ターゲットのお店かも。じゃないと、カップルでも色々厳しいと思うんだ。

 それに、外はカップルが多いが、店内を含めると女の子だけのお客さんも三割くらいを占めている。

 まあ、ここにも女子がいてそれであまりいい顔をしていないけど、例外だろう。


 かくいう私は、ポテトを食べている。

 ちなみにこれはサイドのサイドのメニューらしく、メニューの一番下に小さい文字で書いてあった。数少ないノーマル品だと思われる。

 ホットケーキが来たときには、まさかピンクのポテトが来ちゃうんじゃないかという考えが過ったが、いらない心配だった。


 店内のお客(特に外の席)のカップル率七割以上より、メニューで場違いを感じたらしい二人は、そうは言っても美味しそうに味わっている。


「話盛り上がってるわよね」


 この店に来てから、かれこれ四十分となる。

 私たちが、店を出る瞬間を逃さないようにと目を配るお二人は、結構盛り上がっている様子だった。

 時おり見える顔には、笑顔が絶えない。


 どうもメニューの奇抜さは障害にならなかったようだ。

 よかったよかった。なぜだか私はほっとする。見ている方が緊張することもあるよね。


「何が振られたらどうするー、よ。全然脈なしじゃないじゃん」

「心配して損したなー」

「え、心配してここまで来たの?」


 追加注文し始めた友人たちは、尾行対象の様子を見ながら、ぼそりと溢した。

 その言葉に、私はびっくりだ。


「そりゃあね。まあ、けど九割は」

「ただ見物したかっただけ」


 でしょうね。

 心配していたというさっきの言葉が台無しになる野次馬根性丸出しの言葉。残念ながら、こっちが本音だろう。

 予想していた答えがそこで不意打ちにやってきて、私は脱力しそうになる。

 まあ、それでこそ、この友人たちだと思うんだ。


「あ、来た来たーオムライス」

「もう予想してたから構わないぜ」


 店員さんによって運ばれてきたオムライスには、ハートのマークが描かれていた。スパゲッティは薄いピンク。


「目玉焼きもだなんて……」


 私の前の白い皿には、サラダとハート型のハンバーグと、ハート型の目玉焼き。こういう型があるんだろうな、とフォークを手にとる。


 場違い感に小さくなっていた肩も、そろそろ何だか慣れてきた。

 ハンバーグおいしそう。

 時々店員さんの目が哀れみを宿しているような気がするけれど、気のせいだと思おう。友人たちに倣って。


「──あ、ちょっと待て。嘘だ、動き出したぜ」

「今料理来たばっかりなのに!?」

「お先っ」

「え、ハルカ早っ」

「サラダ食ってけよ!」


 私にも野次馬根性が芽生え始めたらしい。手早くハンバーグと目玉焼きを平らげて、笑って席を立った。

 さあ、友人を見守ろうではないか。



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