(8)
レイジが地面に降り立ったそのとき、正面から何かが飛んできたため、とっさにそれを受け止めることになった。
次いで認識した前方に、吸血鬼の姿を見る。
吸血鬼を追っていたはずの、さっき姿を屋根の上で確認したフェイの姿がない。ちらりと見下ろすと、飛んできた
「こっちに飛んでくんなよ」
「そ、それはちょっと僕にはどうしようもないよ……」
うめき混じりの声とやり取りしながらも、レイジは今から捕縛するべき相手を見据える。
怪しくその色を放つ一対の目が、見返してくる。こうして正面から向き合うのは、初。目、雰囲気、感じるもの全てで、雑じり気のない
レイジは、軽く息を吐き、受け止めていたフェイを傍らに放り投げた。
そして、先に仕掛けたのは、レイジの方だった。
──それから攻防すること十数分。他の人員が来ることを待つこともなく、吸血鬼はその場を去ることになった。
「……やってらんねぇ」
レイジの姿は、壁際にあった。座り、ごきりと首を鳴らす。
頭からは、一筋血が垂れている。
それだけではない。顔には殴られたような痕がうっすらと見られ、顔は痛みによるものか、軽くしかめられている。
その全身も心なしかぼろぼろに見える。土や細かい石などがついているからか。
それに加え、服に覆われた部分にも、戦闘を物語る痕があるだろう。
レイジが立ち上がっている状態ではなく座った状態なのは、つい先程壁に思いっきり叩きつけられた影響だ。
亀裂の入った壁を背後に、レイジは息を吐く。
上から、ぱらぱらと細かい石が降ってきた。先ほど叩きつけられたことで、壁が壊れているらしい。
「おい、生きてるか」
後ろに吹っ飛ばされた後、途中復活したものの、最後には地面に沈むことになった男に声をかける。
「……な、なんとか」
レイジの斜め前方、数メートル離れた場所からくぐもった声が発された。
顔面から地面に叩きつけられたフェイだ。
「そりゃあ上々だな」
石を退けた地面に手をつき、立ち上がるレイジは顔を軽くしかめる。
逃げられ、追いかけられなかった要因だが、思ったよりもやられている。
が、すぐに顔は真顔に戻し、レイジは地面に力尽きたまま突っ伏しているフェイの元へ歩いていく。蹴る。
「いたっ! れ、レイジ……響くんだけど……」
「だろうな。
蹴られて軽く身体を跳ねさせたフェイだったが、すぐに起き上がる気力はないようだ。
突っ伏していた顔だけは横に向けて、目は自分を蹴ったレイジを見上げた。声は少し恨みがましそうだ。
そんな様子にも、蹴った方であるレイジはしれっとしている。
「……やっぱり生き血を飲んだ後だからか、すごく強かったね」
身体の横に手をついて、のろのろと起き上がりながら「元々ある能力差以上に開いてた感じ……」と、力ない声で感想をもらすフェイ。動くたびに、表情が歪む。
彼の方が、より酷くやられているのかもしれない。
「毎日馬鹿みてぇに飲んでんのもあんだろ」
「レイジまでそんなにやられちゃうなんて、相当だよ……」
「は、悪かったな」
皮肉げに笑ったレイジは、壁に背をつけた。あるものを探しながら、話題を変える。
「通信機あるか。俺はなくした」
「ある、あ、ない。飛んだかも……」
どうやら二人共、耳につけていた通信機を戦闘中に落としたらしい。
全く気にしていないレイジに対して、フェイは耳に手をやってないことにはじめて気がつき焦りはじめ、服のポケットを急いで確認したりしている。
それを横目に、レイジは、先程の戦闘の際にしか見れていない吸血鬼を思い出しながら、その中で瞬間だけ感じていた違和感を口に出す。
「あいつの目、おかしくなかったか」
「……それ、レイジも思った?」
目を皿のようにして、落としたであろう通信機を探しているフェイが、言葉に反応した。作業を止めて、振り向く。
どうやら、どちらともが感じていたことらしい。
「なんか、上手く言えないけど焦点合ってなかったときあったし……なんていうか、イッちゃってる感じ。何でだろうね、血を飲みすぎるとああなっちゃうのかな……?」
気弱そうな口調と見た目に不似合いな言葉が出てきた。
全体的に表現に困っている様子だったが、同じものを見たであろうレイジは頷く。
そこでフェイに作業に戻れというかのように顎を動かし、レイジは自身はあぐらをかいて座って考えにふける。
L班にいるときには、細かな思考はリュウイチにほとんど丸投げしているのだが、通信機を探し出すのを待つ間、この際引っ掛かっていることを考えることにした。
レイジには、通信機を探す気はなかった。
「あいつは、なんで急に人間ばかりに獲物を絞った」
それも致死量の血を吸う獲物に。人間、その種族ばかり。
「好みでしょ?」
立って下を向いて歩き回りながら、フェイが答える。
「それまでは、他の種族も混ざってただろうが」
「それは……生き血を飲み始めると変わった……とか」
普段は生き血ではないのに、生き血を飲んでみると……みたいな、と一度足を止めて言ってから、フェイはまた歩き出す。
「あ、そ、そうだ。すぐに戦闘になっちゃったから忘れてた……」
しかし、一歩も歩かない内に再び足を止めた。何かを思い出したようで、フェイはレイジを振り返る。
「何だよ」
「あの吸血鬼、言ってたんだ。追い付いたときに、掴む前」
視線を向けて促すレイジに、フェイが言う。
「『あの血じゃない。あの血が欲しい』……って」
「あの血?」
「う、うん」
フェイの思い出した、吸血鬼の言葉を聞いて、レイジは黙り込む。
フェイはと言うと、通信機捜索を再開する。
「ないなぁ。壊されちゃったかな……」
そんな呟きを聞きながら、レイジは考える。
まるで何かを求めている、中毒者のような言葉ではないだろうか。
あの血とは、特定のものを示す、のか?
言葉と、実際に自分でも見た、普通ではなかった目を思い出す。
「中毒……」
だが、求めている血ではなかったような言葉だ。ならば、なぜ人間ばかりを狙うのか。
「……通信機あるじゃねぇか」
偶々向けていた方向、瓦礫の下に小さなものを見つけた。
レイジは、一旦思考を止めて立ち上がる。
「ヘタレ、通信機あったぞ。もう一個なくてもいいだろ」
「え、あったの? 本当? 良かったぁ」
通信機を拾い上げたレイジの言葉を聞き、安堵を表したフェイは、随分と捜索範囲を広げていたのか、少し遠くから戻ってくる。
レイジは、早速通信機のスイッチを入れる。壊れてはいない。
「ジュリアン聞こえるか」
『――レイジか。応答がなくなったからどうしたのかと思った』
「吸血鬼は逃がした。悪い」
『そうか。戦闘に入ったのか』
「ああ。フェイが追いついて先に戦闘に入ってたところに俺が入った。が、返り討ちだ」
『ふむ、今度はその辺りも含めて練り直すしかないな』
「もしくはそろそろ動いてもらわなくてはならないな」と、機械の向こう側の声は、最後は独り言のように言った。
「そうだな」
最後の独り言も含めての言葉に対して、仕方ねぇだろうなという声音で、レイジは相づちを打つ。
内心はさっさと動けよと思い、もしかするとこちらが確保するのを待っているのかもしれないとも考え、息を吐く。面倒だ。
「ヘタレ」
「え、わ!」
詳細は後として、するべき報告をしたレイジは、傍に来ていたフェイに通信機を放る。
フェイがそれを受け取ったことは見ずに、痛む身体を認識しながら、戻るかと、足を進め始める。
「れ、レイジ待ってよ」
「痛っ」と言いながら、レイジよりダメージがが多いであろうフェイが追いかける。
今日も惨敗か。
実際に戦い、歯が立たなかったことを考えると、昨日までより悪いか。そんな風に、戻るしかなかったときだった。
「うあああああああああああ!?」
突然、本当に突然の声が、彼らの耳にははっきりと聞こえた。
辺りに響く声。方角を違わず聞き取った二人は、ほとんど同じ方向を見上げる。
「――仕方ねぇな……第二ラウンドになりそうだ」
もしや吸血鬼が、血の補給に入ったのか。
まさにさっきの今で、レイジは少々面倒そうなものを滲ませた表情をする。
犠牲者が出そうなところに駆けつけるのが面倒なのではない。今のこの状態で駆けつけたところで捕縛の可能性は低い。それなのにまたやってくれやがって、完全に舐められている、という面倒さだ。
「え! レイジ早……」
「出来るだけ早く来いよ」
走るだけでも身体に響くらしいフェイを尻目に、レイジは屋根の上に上がり、走り出す。
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