(6)
ある部屋の中、円になっている机についている者たちがいた。
全部で七名。
現在、最も問題になっている事件のために特別に編成された班の構成員たちである。
編成されてから今日で四日目。
昨日まで、事件が起これば現場にすぐに駆けつけられるように警戒態勢を敷いていたが、全て失敗に終わっている。
そんな状況の中、救いだと考えられる点は、死人が出始めてから出没エリアがどのくらいの範囲かが判明してきていることか。
それに、昨日に関しては、実は姿を追うところまでには至っていた。結果的には、挟み撃ちするはずが出来なかったため、逃げられてしまった。
であれば、勝負は今日。
……と言いたいところであるが、今この場に集まっている時点で彼らは今日の勝負をやめている。
おそらく今日も一人犠牲者が出るだろう。
しかし、あと一歩二歩のところであったとしても、悔しがり、慌てているばかりでは精度が上がるとは限らない。
今日は編成された初日から決められていた通りにみっちり会議をする予定で、予定を予定通り行っているのだ。
明日、確実に逮捕に至るために。
会議が始まって三時間。
一度、休憩が挟まれることになった。
「意外と長いね……」
円卓の一ヶ所で、無駄に緊張しっぱなしだったフェイが、疲れたように肩に入っていた力を軽く抜く。
元々彼は、それなりに長い期間を共にしなければ、他人の前ではいつも緊張している性格なのだ。
この特別編成の班の中でも変わらない。
しかし、彼の隣……というほど近くはないが、実質隣に位置する椅子に座っている男とは中々の付き合い。
「レイジ?」
休憩に入っても、会議中と変わらぬ姿勢でテーブルの上の資料を見ている男がいた。
「あ?」
不思議に思ったフェイの呼び掛けに応じたものの、レイジはまだ資料を見ている。
「どうしたの?」
椅子から立ち上がり、レイジの元へ歩いていくフェイは不思議そうに首を傾げる。
フェイが来たことに当然気がつき、レイジはようやく視線を上げた。
目を、手にしていた資料に戻し、彼はおもむろに口を開く。
「俺たちは獲物を張っておくどころか、絞れねぇ」
「う、うん」
「これは嗜好か?」
「……そうかも?」
開かれている資料のページには、会議ではまだ話題にされていないことが書かれていた。綴じられている資料の後半であることから、このあとの会議内で触れられるのだろう。
しかし、あまり深く触れられるとは考え難い事項だった。
犠牲者の種族と性別、年齢。
そこに多少の規則性が見つけられたところで、当てはまる者は幾人もいて、そこからさらに絞ることも、全員を張ることなんてもちろんできないからだ。
話題にしたところで、無駄。作戦を話し合った方が良い。
だがレイジは、何かが引っ掛かっていた。
「……そうとしか考えられねぇよな」
命までも奪われるようになってからの犠牲者は、全て種族が同じ。人間。
性別には、ばらつきがある。
一件目と二件目が男性。
三件目と四件目は女性。
年齢は一件目は二十代。二件目は十代。三件目は二十代。四件目は十代。
貧血ぐらいに留めていた、もしくは成り損ないになっている、それまでの事件では種族にこだわりはないようだった。
しかしここに来て固定された。人間のみ。
好みが出てきたのだろうか。
性別にしてもそうだ。
前半が男性。後半が女性。今夜犠牲者が出て、また女性であれば、女性に固定されるのだろうと考えられる。
年齢においても、四件だけでも規則性が出てきた。二十代、十代、二十代、十代。これも好みなのか。
類似性や偏りが出てくると、好みとしか考えられなくなる。
奪われたものが血で、それを奪った者は吸血鬼なのだから。
「ったく、試飲じゃねぇんだ」
レイジは、元々窮屈なことは苦手だ。
座りっぱなしで、心なしか凝ってきた身体をごきりといわせながら、一言ぼやいた。
成り損ないは出なくなったが、血を致死量失った死人ばかりが出るようになった。
どういうつもりなのか、全く読めなかった。単なる挑発か?
犯人の思考が読めるはずもなく、それでも考えるレイジが、結局立ち上がりもせずに後半の会議に臨むことになるまで、あと三十秒。
後半の会議も、終わった。
会議の大半は、明日の作戦──配置、連携の仕方の新案と確認に費やされた。
解散し、それぞれ部屋を出ていく中にレイジの姿もあり、その後をフェイがついて出ていく。
フェイは何か話したげで、しかし、前を行く男の背中に中々話しかけられない。
そのとき、急に、前を行っているレイジがぽいっと、先程まで会議で使われていた資料をフェイに放った。
「……え、あ、え!」
口では危なっかしげだが、さすがの反射神経で落とさずに受けとるフェイ。赤い目を真ん丸くしている。
「れ、レイジ、これ。も、持ってないと」
「いらねぇ。処分しとけ」
「え、ええぇ」
作戦について書かれているのに、必要はないというレイジ。
一方、二つ手にすることになった資料を交互に見ていたフェイは、最終的には、まあいいかと諦めた。
まとめて持って、距離が少し空いてしまった先の背中を、また追いかけ始める。
「明日が、勝負みたいだね」
今日を犠牲にしたからには、明日必ず。責任者であり、リーダーである者の言葉だ。
元から、次仕留めるための会議だったのだが、一層それを引き締めるかのような言だった。
フェイは、自分で言っておきながら、今から緊張した様子になる。
「負けるケンカはしたくねぇな」
それに対し、レイジがぼそりと言った。
「ま、負けるって、レイジ」
「普通に考えりゃ負けるだろ。俺もお前も、完全な吸血鬼じゃねぇ」
混血は、本物の吸血鬼には勝てない。一般論であり、事実でもあると言える。
昨日、あと一歩二歩で惜しかったのは、『追いつくこと』に関してだった。
捕まえるためには、戦わなければならない。
一番の問題は、果たして戦って勝てるのかどうか。
まだ、実際にその段階に達していないため、分からないと言えば分からない。相手の吸血鬼が、どの程度なのかが分からないからだ。
だが、普通に考えれば、『勝てない』だ。
「そ、そうだけど……」
レイジの言いたいことを理解した弱気な混血吸血鬼の声は、気弱になる。
フェイの中に流れる血の割合も、レイジと同じく吸血鬼の方が勝っているにしろ、レイジほどではない。
「他の吸血鬼が力を貸してくれるとも思えないし……」
「だろうな」
この組織に、レイジとフェイが属しているのは、混血であることが関係している。
多くの吸血鬼は無闇に人の前に姿を現すことも、他の種族に関わることも、基本的には
他がどうなろうと、知ったことではないというスタンスで、簡単には動かない。
「……でも、そのための編成でしょ?」
フェイの声から、少しだけ気弱さが飛んだ。
いつの間にか、下の方に向けられていた顔も上げられている。
「ヘタレにしては前向きじゃねえか」
レイジはその様子を見はしなかったが、感じとり、薄く笑う。
「……一番穏便に終わる方法は、当然、とっとと動いてもらうことなんだがなぁ」
ややこしい世界だ。
通路の左手、窓の外に、薄明かるくなってきている空が見えた。
朝日が昇りはじめている。
今日は帰りだ。
……休みの日でもお構いなしに来ている少女は、さっさと帰っているだろうかと、レイジは考えた。
そういえば、数日、会っていないことになるのか。以前までもあった空白が、やけに大きく感じられた気がした。
その日、また一名犠牲者が出た。
種族、人間。性別、女性。年齢、十代。
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