『血を吸う者にも好みがある』

(1)




 人魚による事件と、その他一件による遠征から、早一週間。


「……いやーやっと一段落ついたよ。待たせてごめんねレイジくん。資料持ってきたよ……あれ? レイジくんいない?」


 通称「L班」に与えられた部屋。

 部屋に入る前から喋りながら、サディがドアを開けた。

 手には数枚の紙があり、ぴらぴらさせつつ話しかけたが、彼が入った部屋の中に、話しかけた肝心の男の姿はなかった。


「レイジなら、先程ジュリアンに呼ばれて行った」

「ジュリアンくんに?」


 きょろきょろと、四つの目で部屋の中を見回すサディに、ただ一人、机で束になった紙を捲るリュウイチが教えた。

 四つの目が、すべてリュウイチに向き、きょとんとする。


「今問題になりかけている事件が、場合によってはジュリアンの管轄になるようだ。それから、その資料は俺がレイジについでに頼んだものだからくれるか」

「あ、そうだったんだ、はい。おそらくそれで不足はないと思うんだけど、足りない部分があったら言って。それより今……? そんなに問題になるような事件あったかな」


 サディがリュウイチに近寄り、資料を手渡す。


「ありがとう。そう、今だ。まだそんなに問題にはなっていない。死人も出ていないからな」

「死人が出てないけど、これから問題になりそうな……あ、通り魔のことかな」


 見ていた書類を後回しに、受け取った資料をパラパラと捲って流し見るリュウイチの机の前に、サディが近くの机から椅子を引いて机の前に座る。目を上の方に向けて考えていた彼は、思い当たったひとつのことを口に出した。


「そうだ」


 資料には不足がなく、リュウイチは軽く確認した資料を書類の脇に置き、同僚の言葉を肯定した。


「僕はよくは聞いてないんだけど、そんなに厄介になりそうな事件なのかな? 死人も出てないんだよね。ちょっとだけ聞きかじっているところによると、たいした怪我も負っていない。病院には運び込まれているとは知っているけど」

「その通りだ。まだ死人は出ていない。たいした怪我もない。病院に運ばれている理由は何だと思う」

「たいした怪我ではないのに……うーん、そうだね。何か特定の病気? その通り魔が、病院に運び込まれることになった人の体内に入れたとか。で、それが特殊な病気で、一度体内に入れば病原菌が活性化して感染するようになって、感染力が強くなるとか。だから死人が出ない病気であれ、これから問題になりそうなのかな? 未知の病気だとどう転ぶか分からないからね」

「なるほどな」


 サディはペラペラと少々偏った推理を喋るが、対するリュウイチは一言相づちを打っただけだった。さっきの条件なら、そんな考え方も出来るな、という風に。


「違うんだね。まあそういう話なら人手が必要になるだろうから、僕も駆り出されることになって話も入っているだろうしね。じゃあ何で被害者は病院に運び込まれてるのかな? これは守秘義務ありで話は洩らせないのかな?」

「あまり広めない方向でとは言われたが、義務だとは言われていない。──よく考えてみろ。未知であれどうであれ病気の類いのことなら、医療研究室関係が動くはずだろう」

「ああそれ忘れちゃってたね。ジュリアンくんの管轄になりそうなんだったよね。ジュリアンくんの管轄になりそうで……レイジくんが今止められているのも、その関係だとすれば」


 再びサディは首を傾げる。

 今まで交わした会話を含めて、彼はもう一度ぐるりと頭の中で考えて、目もぐるりと回して、口を開く。


「ずいぶん武闘派だね」


 二人の共通点を見つけて、改めて目をリュウイチに向ける。


「そうだな」


 その言葉と視線に頷いて、また目を通し始めていた書類にペンで何事かを記してから、リュウイチは視線を上げる。

 ペンを置き、話しはじめる。


「近く、ジュリアンの管轄になりそうなその事件においての被害者の共通点がある。血を吸われているらしい、ということだ」

「血を? ということはまさか……」


 リュウイチの話し始めで何かを悟ったサディは、浮かんだ憶測を口に出そうとするが、手を上げられて口を閉じる。

 手を上げたリュウイチはまあ聞けというような様子。まず話してしまいたいらしい。


「血を吸われているというのも、連想されるであろう、だと完全に確定したわけではないからだそうだ。彼らではない他の線ももちろんある。が、その線が有効かつ、そうだとすれば早急に手を打たなければならないから、ジュリアンに話が行っているのだろう」


 足を組み、背もたれに軽く背を預けるリュウイチは一端言葉を止め、さらに付け加えるべく口を開く。


「被害者の首筋には、噛みつかれた痕があったそうだ。病院に運ばれた理由はそんなに重いものではない。先程言ったように、怪我はその噛み傷くらいだからな。理由は貧血、急速に血を失ったことによるものだ。致死量に至るほどではない。だから、死人は出ていない。犯行時間もごく短い間だったようだ」


 そこまで言い切ってどうぞと言うように、リュウイチはサディの目を見返した。

 じっと聞いていたサディは、ぐるりと目を回してから、声を出す。


「僕の理解が正しければ、今立てられている犯人像は吸血鬼っていうことかな」


 慎重に、短くまとめたサディの導いた答えに、そこでようやく事件の推理に対して肯定の頷きを返すリュウイチ。


「確かにまだ死人が出ていないといっても、彼らが相手ではどうなるか、それこそ予想が出来ないもんね。今はもしかするといたずらのつもりなのかもしれないけど、死人が出てしまう可能性なんて十分にありえる。まあ見えるように噛み痕をつけている可能性もあるだろうけど、その辺はもうハッキリしてるだろうね。混乱を招かないために、その部分はまだ濁して守秘義務が課せられているのかな」


 なぞなぞが解けたようにうんうんと頷き、サディはどこかスッキリしたような表情になった。

 しかし少しの間だけで、今度は事件について質問をいくつかし始める。


「それはそうと、もう一般人が病院に運び込まれている事態になっている時点で問題行動だ。被害者は今のところ何人?」

「六人だ」

「中々だね。犯行の日にちはそれぞれずれているのかな?」

「そこまでは聞いていない」

「そっか。まあジュリアンくんに任されるのも頷けるし、レイジくんに声をかけるのも納得だね。大事にならないといいね。犯人の気まぐれなり、いたずらであり続ければ。ま、もっといいのは止まることだけど。ああもう一つだけ聞いてもいい?」

「何だ」


 締めのような言葉に入り、質問は終わったかと思われたが、リュウイチは首を傾げてサディを促す。


「被害者の種族は異なるのかな?」


 六人出ているという被害者。彼らに共通点はあるのか、とサディが推理を続けるかのように尋ねる。いや、単なる好奇心か。


「獣人、魚人、人間……獣人が三人、魚人が一人、人間が二人だったな確か。加えて獣人は同じタイプではない。残念ながら共通点らしい共通点はないと言える」

「あれあれこれはいたずらの線が濃くなって来たね。ジュリアンくんも大変だ。万が一を考えると仕方がないのかもしれないけどね」

「そうだな。それも、捕まえようとするならば至難の業だろう」

「そうだね。ターゲットにばらつきがあるんじゃあ罠も張りようがない。嗅覚にでも頼るか、起こるときを待つしかないだろうね最悪。

 犯人がいたずらのつもりなら、その内犯行が止む。けど、こちらは安全の保証が見えない限り捜査を止めるわけにはいかない。無駄に長引く可能性がある。無駄に長引きそうな場合は担当は代わるだろうけどね」


 サディは、くるりと椅子を一回転させながら他人事のように今後の展開の一つの可能性をつらつらと述べる。彼の中では、そんなに深刻になりそうではないとの見方になっていた。

 リュウイチも今度はパソコンの画面に目をやって、


「何にせよジュリアンが出てそれなりのメンバーが集められることになれば、業務が多少滞るかもしれない」


 と流れていく文字を目で追いながら淡々と言う。


 と、そこに。


「そうだね。――あ、レイジくんだ。ジュリアンくんとの話は終わったかな?」


 レイジが入ってきた。

 椅子をまだ回していたサディが、通り過ぎそうになった四つの目を椅子を止めて彼を捉えた。


「ああ。面倒くせぇことになる前に止めてもらいてぇな」


 その声に、レイジは少しも目を向けることなくソファに向かいながらぼやく。

 どうやらレイジは、ジュリアンから事件の内容も聞いてきたらしい。とても面倒そうな表情をしている。


「あっははレイジくんらしいや。まあそうなったとしたら頑張ってと言う他ないね」


 その様子を見たサディは、元々資料を届けにきただけついでに「雑談」に花を咲かせていたわけで、笑いながら出ていった。


「ジュリアンの管轄になりそうか」


 サディがいなくなった室内で、リュウイチがレイジに確認する。

 レイジがL班から、一時とはいえ抜けることは大きな問題で、それならば色々とそのときに合わせて動かさなければならないからだ。


「さあな。今は様子見を続けるらしい。被害が酷くなれば召集がかかるだろうな」

「そうか」


 どうやら細かい時期は絞れないということは分かったリュウイチは、特に何の感情も込めずに、理解を表す言葉のみを発した。


「吸血鬼の犯行かもしれない、と聞いたが本当か?」

「ああ」

「噛み痕があったと聞いたが」

「今病院に運びこまれてるっていう被害者の傷口を見た。明らかに吸血鬼が直接噛んだ痕だった、が、吸血鬼にはなってねぇ」


 吸血鬼の直接の吸血行動、それが何をもたらしてしまうのかは、広く知られているところではない。


「傷が浅かった。詳しいことは言わねぇが、吸血鬼にするには少なくとも、首にかなり深く牙を入れる必要がある。今回の犯行時間は、他の通行人にさえほとんど気がつかれねぇほど短時間だ。つまり、『手間』をかけてる暇はなかったってことだ。単に血を少し吸われただけ」

「全員か?」

「人間で一人だけ血を求める症状が出てるが、あれは『成り損ない』だ」

「成り損ない? 吸血鬼、ではないのか」

「違う」


 吸血鬼になれなかった人間。

 吸血鬼にさせられなかった人間。

 吸血鬼は、血の摂取が必要だが、定期的に摂り続けていれば、血を求める『吸血衝動』は起こらない。


 しかし、吸血鬼に成り損なった人間は違う。中途半端に血を求め、吸血欲に蝕まれていく。理性はなくなり、ただ血を求めるだけの生き物となる。

 そして、吸血鬼になる変化に身体がついて行けなかったパターンのように突発的に死ぬことはないが、その内死んでゆく。


 人間を吸血鬼にする力もない、まさに吸血鬼でも人間でもない中途半端すぎる存在になってしまったもの。


「死人が出てねぇのにいたずらで済まねぇのは、成り損ないが多数と、理性なく無差別に血を求めることになるからだ。で、当然より問題なのは、その成り損ないを作ってる奴がいるってことだ」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る