『プライベートに仕事は持ち込みたくない』

(1)



 とある学校で、制服を身に付けたニ人の男子生徒が、歩きながら話していた。


「なあ別に昼休みでもよくねえ?」

「俺昼休み委員会あるんだよ。今取りに行かないと、午後困る」


 どうやら忘れ物をしたらしく、どこかに向かっているようだ。一人が人差し指で、くるくると鍵らしきものを回している。


「回収されてたりしてな」

「だったら俺らここ来た意味ないじゃん」


 他愛もない話に笑いながら彼らは体育館の鍵を開け、大きな扉を開き、中に入る。

 それからもう一つ、中にある扉を開けて、とても広い空間広がるその場に入り、電気をつける。

 高い天井に取り付けられている灯りが一瞬でその場を照らす。


「おーあったあった」

「……なあ」


 一人は忘れ物をすぐに見つけ、そちらに走り出そうとするが、もう一人は違う方向を見て目を離せないまま友人を呼ぶ。


「何、何かあった?」

「あれ、誰か倒れてねえ?」

「え?」


 もう一人もその言葉に顔が固まり、同じ方向を見る。


「う、うわああああああああ!?」


 そこに倒れているものと、それから出ているものの色に叫んだ。



 *



 私が通っている学校の生徒は、ほとんどが人間で、たまに混血の人もいる。

 他の学校事情には詳しくないけれど、その関係もあってか、歴史の時間にはほとんどが人間側の観点からのことが多い。

 また、学校に勤務する教師も同じくほとんどが人間である。だから、学校においては他の種族と交流することは中々ない。


「遅刻する遅刻する」


 どんよりと曇った空の下、歩く人々の間を一人忙しく走っていた。何しろ、あと少しで校門が閉まってしまう時間。


「よしぎりぎりセーフ…………でもない、か」


 学校の正門に走り込んでから時計を見ると、余裕があった。走った分、どこかで時間短縮されたらしい。

 間に合っているのはいいことなので、そこからは歩き出す。他にも今登校して来ている生徒がちらほらいる。


 そういえば、今日は何か課題があっただろうか。教室についたら友人に確認しよう、ともはや悠長に廊下を歩く。


 でも、歩くにつれ、何だかおかしいことに気がつく。

 人が多い。

 遅刻していない時間とはいえ、もうすぐホームルームだ。それにしてはかなりの人数が、ある方向に向かって、何やら話しながら走っている。

 その顔は、別に良いことがあるような顔でもない。どちらかというと、何か悪いことがあったような……。


「お、ハルカ!」


 さすがに疑問に思って立ち止まっていると、声をかけられた。

 見ると、現在教室で隣の席、去年からずっとのクラスメイトとその他にも数人の友人がいるではないか。

 見たところ、人波の進行方向と同じ方向に、彼らも行く途中だと分かる。


「ねえ、何これ。何かあるの?」

「いやさ、実は……」


 どうやら大きな声では話し辛いことらしく、友人は、周りを見てから小声で話し出した。

 その話の内容を聞いて、私は目を見開く。


「殺人!?」


 声が裏返った。

 殺人?

 人が殺された?

 大きな声を出したため、友人全員が人差し指を口の前に当てて「しー」と言ったので、慌てて口を塞ぐ。


 いやいやそれより、何だって一体平和そのもののこの学校で、そんなことが。そもそも本当なのか。友人のブラックジョークか。それなら許さない。


「嘘ならさっさと吐いた方がいいよ今ならビンタで許すから」

「ええ!? いやいやいやいや……こええよ!」


 つーか、マジみたいだし、と友人は顔の前で両手を振って、真面目な表情で言う。

 片手で廊下の先を示して、自分の情報を主張してくる。


 ……情報が本当に正しいかどうかは実際に見なければ分からないが、どうやら何かが起こっているのは本当らしい。

 殺人だったらどうしよう。


「とりあえず野次馬は止めておこう」

「いや行くぞ!」


 引きずられた。

 やめて。別に野次馬根性はないし、仕事でもないのに本当に事件だったら厄介だ。それより誰かに課題の有無を。なのに。


「離して、課題があったら間に合わなくて私の成績下がる」

「課題? ないわよ?」

「あ、そう」


 引っ張ってくる隣の席の友人とは別の友人が答えてくれて、結局一緒に行くことになった。




 どうやら事が起きたのは、体育館らしい。

 体育館には、すでに多くの生徒が詰めかけていた。野次馬根性すごい。

 どんな感覚で詰めかけているのか。もしかすると、殺人という情報が伝わっていない生徒もいるのかもしれない。


「それで、殺人が起きたなんて誰が?」

「いや何か、隣のクラスの奴が興奮状態で話してたからこっちまで聞こえてさ、まじかよ! ってそこら辺のクラスがなって、こうなった」

「大雑把すぎてよく分からないんだけど」

「とにかく発見者が隣のクラスの奴なんだって」

「職員室にかなり青ざめて入ってきたんだって。ちょうど職員室にいて、一番に聞いたのが隣のクラスでわめいたその子」

「……情報早くない?」


 我が友人ながら、野次馬根性がすごい。


 発見者と、聞いたことを広めたのが隣のクラスの人か。彼らはどこにいるのだろう。

 生徒の中を上手く進む友人と、相変わらず道連れにされる私。

 周りはかなり騒がしい。微かに聞こえる、先生が制する声がかき消されている。


「ねえねえ倒れてたの、最近学校来なくて行方不明って噂出てた子らしいよ」

「ええ、そうなの?」

「でもそれってアンドウさんでしょ? 私さっき、そのクラスメイトの子だって聞いたんだけど」


 憶測が、飛び交っている。


「アンドウさんって?」


 聞き齧ったばかりの名前を、他の生徒たちの間で押し潰されそうになりながら、やけくそで友人に尋ねてみる。


「アンドウ? ああ、うちの学年のアンドウさん知らね?」

「知らない」


 どんどん、どんどん、前に進んでいく。体育館の運動できる広い場所に繋がる、今は開け放たれている扉まであと少し。

 先生が立っている。生徒を必死に前に通すまいとしているようだ。今のところそれは成功している。


「超成績優秀。で、その他の面でもまあいわゆる優等生だったんだけどさ、一週間前から急に来なくなって、親が行方不明だって警察に届け出したとか出さなかったとか」


 そこははっきりしないのか。

 でも、何だか前に進むにつれて違う名前のほうが聞こえるようになる。


「タニグ……っうお」


 急に、後ろから押されて、弾みで一番前までおどり出る。

 転ぶ転ぶ危ない。ここで転んだら踏まれる。

 堪えることにいっぱいになって、これまた聞き齧った名前を、友人頼りに聞こうとするが失敗した。


「全員教室に戻りなさい!!」

「見ようとするな!」


 最前列にはロープが三本。即席で張られたものだろう。

 先生が数人叫んでいる。扉を閉めたいのだろうが、成功していない。

 先生が立っている隙間から、中が、見える。


 最前列まで来たのだ、どさくさに紛れて、私は中を覗き見てみる。

 ちら、と見えた。倒れた、生徒らしき、姿。スカートのタイプの制服だから、女子だ。それも、一人。

 ということは、あれがアンドウさんかタニグチさんなのだろうか。


 タニグチさんという方は、誰なのだろう。

 今度こそ友人に聞いてみようと口を開く。が、友人がいないことが判明する。


「ええ? どこ行ったの」


 最後の最後にはぐれた。

 そういえば、途中で答えてくれたときも、一人分の声だったような気がする。そのときから、一部とははぐれていたのかもしれない。

 私だけが最前列に着くなんて……。無欲がこんなところで発揮されるとは。戻りたい。

 ぎゅうぎゅうと後ろから絶えず押され、終いにはロープに押し付けられる。

 そこで、


「キョウコ! キョウコ! キョウコおおお!!」


 悲痛な声で叫んでいる声があった。


 これは誰の名前だ。名字ではなく、下の名前のようだが……。前の方で叫んでいるようだから、タニグチさんだろうか。

 しかし、前に行くにつれてタニグチさんの名前が多く聞こえてきて、タニグチさん説が高くなったからと言って、確定したわけではない。アンドウさんである可能性も残る。

 ともかく、叫んでいる人は相当錯乱している様子だ。私からは、その人は見えない。


「あ、ハルカ見っけた!」


 そこに、私を道連れにして、前まで導いてきていた友人が、相当揉みくちゃにされて登場した。


「提案なんだけど、出ない?」

「俺ももう出たい……!」


 すぐさま提案しながらも、すでにじりじりと腰を落とし、人と人の隙間、後ろに体重をかけていっている。抵抗しなければ潰される未来が見えたのだ。

 友人もここまでで嫌になったようで、すぐに同意してくる。彼を盾にして出ようか。私だって一応女子なのだ。


 ここにいたっていいことはない。

 けれど、問題は、入るのも難しければ出るのも難しい。人波に逆らっている分、出る方が難しいか。


「何分かかるかな……」


 周りの声にかきけされたぼやきは、自分にすら届かなかった。


 何分というレベルでは出られない気がする。今は何とかなっているが、その内押し潰されるのではないか。冗談抜きで。

 そんなことを現実逃避気味に考えはじめると、遅刻して来れば良かったなあと思いはじめたり……。



 チリーン

 チリーン

 チリン



 混沌とした場に不似合いな、軽やかな鈴の音が、不思議なくらい響いた。

 身体に、耳に、脳に透き通った音が、響く。


 気がつけば、その場は静まり返っていた。


 相変わらずぎゅうぎゅう詰めだけど、さっきまでの騒ぎが嘘のように、前に押し寄せる力はなくなっていた。誰もが止まったのだ。


 ちりん、最後に一度、鈴の音が響く。


 その直後、また人波が動くことを感じる。

 ただし、前に、後ろに、というのではなく、横に。さらに隙間がなくなり、人との間が詰まる。

 なぜかはすぐに分かった。

 人波の真ん中が割れて、人が通っているようだった。静寂の中、複数の靴音が響く。


 そんな中、私は頭を抱えそうだった。

 あの特殊能力を知っている。


 その証拠に、周囲にいる生徒たちより背が高いため、真ん中を通っている姿が見える。

 真ん中を通る数人が、一番前まで難無く到達したことが、まだまだ最前列あたりにいる私の目に映る。


「なあハルカ、」

「ちょっ」


 私に話しかけた友人の声は、別に大きいわけではなかった。普通だった。

 けれど、だ。

 瞬間、今まさに現場に足を踏み入れようとしている人たちの内、耳の良いニ人が一瞬止まった。


 黒いコートを着て、耳にピアスをたくさんつけている一番背の高いひとと、帽子を着用しているひとだ。


 ニ人の視線が、ほぼ同時にこちらの方に向く。正確には、一人の視線がこっちに向いたのは見えて、もう一人はほぼ帽子しか見えなかった。


「うそ、だあ……」


 いくら最前列近くにいると言えど、私は別に背が抜きん出ているわけではない。

 隣の友人の方が頭一つ分以上高いくらいで、さらには周りにはたくさん同じ制服を着ている生徒がいて、私はその中に埋もれそうになっている。

 確かにこちらからあの人たちが見えるといっても……。


 目が合った。

 数秒のことで、前に向き直り歩き出したレイジさんとテンマさんが軽く話し出した様子が見えた。

 前を行くリュウイチさんに声をかけたらしく、リュウイチさんが軽く振り向いた──ところまで、私の目は捉えた。

 生徒が静まっている内に、と扉が閉められて見えなくなった。


「なあなあハルカ、さっきの特殊能力だよな?  一気に皆静かになった」


 友人が何ら気にせずに、改めてのんびりと話しかけてくる。友人の興味も周りの興味も、現れた外部者に逸れているようだ。


「警察?」

「今の特殊能力……?」

「特殊能力保持者、初めて見た」

「え、今さっきの特殊能力なの?」


 扉が閉まる音と同時に、呪縛が解けたかのように、囁きが広がる。小さく小さく。しかしながら、まんべんなく。


「来た人の目、なんか細くなかった? あの帽子被ってた人」

「分かるー。獣人?」

「なのかな?」

「帽子被ってたからよく分かんなかったね」

「それより一番背高かった人の目、すごい赤かったよ」

「カラコンじゃないの」

「やっぱり殺人なのかな」

「えーやだな、怖い」

「自殺かもしれないじゃん。学校が連絡して来ただけで」

「それより、これから授業するのかな?」


 生徒たちのざわめきが生じるが、確かに混乱は収まった。周りの声は、明らかにさっきより小さいものだ。


「そうだね」


 周りの声を聞きながら、友人の言葉に一言、相づちを打った。


「全員教室に戻りなさい! 慌てずにすみやかに戻りなさい!」

「あとの指示は各教室で聞くように! さあ、移動して! 話はやめて、静かに!」


 先生の声が、今度はかき消されずに通る。

 この場にいる生徒全員の耳に入っただろう。体育館から出る扉の方からも、別の先生の声が聞こえる。

 徐々に、人の波がさっきとは逆の方向、私たちが行こうとしていた方向に進みはじめる。


 さて、私は結局、女子生徒らしき姿が倒れていたのを見ただけだが、事件なのは間違いない。

 果たして、噂になっているように殺人なのか、否か。

 私はこの事件に関わることになってしまうのか。もう通っている学校で事件が起きた時点で、多少は関わっていると言えるか。

 このあと果たして授業は行われるのか、とか考えながら、はぐれていた他の友人を見つけて教室へと戻った。








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