『囮捜査は自然体で』
(1)
本日の業務。いわゆるよくない薬をこっそり売りさばく者の取り締まり。
「薬の密売人ですか」
「そうだ」
実はこれ関係。初めてではない。
残念ながらこういったことは完全に絶ちきるのは難しいようで、取り締まっても取り締まっても、捕まえても捕まえても出てくる……らしい。
さらには、捕まえる度に新しい薬が見つかったりするというのだから大変だ。
「一応簡単な防毒マスクを持って行くように。どうも、強い薬品が回っているようで、路地に意識を無くして倒れている人間が多々見られるようだ」
リュウイチさんが、小型のマスクらしきものを取り出して投げてくる。
飛んできたものを受け取った私は、じろじろと見る。
「質問っす」
手を挙げたのは、私のちょうど向かい側に座っている人だ。
オレンジをベースに茶色や黒の混じった……メッシュが入ったような髪をしているひと。
確か年齢は二十いくらか。頭に三角の獣耳が生えているこの人は『獣人』という種族のひとで、テンマさんと言う。
L班の構成員で、例にもれず、私のことをハルと呼ぶ。
「何だ」
「おれ今日、ハルちゃんとっすか」
「いいや」
「え。ハルちゃん一人っすか」
「いいや、サディが来る」
「サディ先輩が?」
「はずなのだが、来ていない」
サディさんの遅刻発覚。
まあ、今に始まったことではない。元々あまり現場には出ることが他に比べて少ない人だけれど、今日は来るらしい。
あの人、分析関係もやっているそうなので、今回薬だからだろうか。
「仕方ない。本当は俺とテンマが一人行動だったが、ハルとテンマで一組。サディは俺が引きずって行こう」
「了解っす」
「分かりました」
どうやら、今夜はテンマさんと行動することになった。
帽子を被ったテンマさんに続いて部屋を出ていく。
ああ、ちなみに今日はレイジさんはいない。
街を歩けば、様々な姿形のひとたちとすれ違う。
それはもう、見るからに怖そうな、どでかい牙が口からはみ出ているひととか。
人間とか他の種族からは、獣人という種族に纏められている、所謂言葉を話さない動物とは違って、言葉も通じるし人型で二足歩行なひととか。
全く人型でない方とか色々いらっしゃる。もちろん人間も歩いている。
「とりあえず、ここら辺でぶらついとこうかね」
情報にあった暗い路地裏に来ると、売人を探すべく歩き続ける。
……思っていたより人が多い。多いと言うべきなのだろうか。
建物と建物の間の細い道の所々に、人が壁にもたれかかったり、横たわったりしている。
「テンマさん、テンマさん」
「うん?」
「生きてますよね」
夜目のきくテンマさんについて歩く私は、すぐそこに倒れている人たちから目を離せないまま、テンマさんの服を引っ張り、一応確認する。
「生きてる生きてる」
軽い。ちらりとそれらを一瞥して、テンマさんは軽く答えてくる。
「リュウイチ先輩が言ってた強い薬品じゃねーの?」
路地に、意識を無くして倒れている人間が多々見られるって言ってたじゃん、と言われて、ああそうだったと思い出す。
実際に見るのと、ただ聞くのとでは印象が違う。一発KOされたように、ぐったり動かない。
「……でもそうだな、起きてるやつに話聞くのもありかも」
一人で頭の中で何か納得したような独り言が耳に入ってきた。
起きている人が全く見当たらないのですが。
「待てよ? それよりいいこと思い付いたかも」
「いたっ」
急に立ち止まることなかれ。
テンマさんが急に立ち止まったことで、顔面を前の背中で打った。
鼻を擦っていると、いつの間にかテンマさんと向き合う形になっていた。
らしくもなくと言うと何だけれど、彼は顎に手を当てて私をじっと見ている。
「ハルちゃんよ」
「何ですか?」
「リュウイチ先輩は確か、『昏倒している人間が多々見られる』って言った」
「そうですね」
「『人間が』」
「はい」
読めてきましたとも。
「売人は、人間をターゲットにしているかもしれないっていうことですね」
「かも。まあただ単に人間がその薬に弱いだけかもだけど。可能性は高いっしょ」
だが、ここで話が終わるようならテンマさんはいちいち止まったりしない。
私の肩に手が置かれる。
暗闇の中で、テンマさんの猫特有の目と合う。
「ハルちゃんレッツゴー」
斯くして、テンマさん発案囮作戦。
囮は、私。
まっ暗闇の中、一人、あてもなく歩く。
……何これ罰ゲーム?
テンマさんは近くにはいると思うけど、上にいるのか下にいるのかは分からない。
私が一人で歩き出して早十分程度経つ。まだ売人らしき人影は見当たらない。
さすがに灯りがないとどこかにつまずいてしまいそうなので、懐中電灯を最低限の光にして、足元を照らして歩いている。
一人で転ぶことほど恥ずかしいことはない。厳密にはテンマさんが近くにいるので、後で笑われることが目に浮かぶ。
それにしても、この辺りは廃墟ばかりのようだ。中に人はいるかもしれないが、定住している人ではないだろう。
行くところのない人、加えて現実から目をそらしたいがために、危険な薬に勧められるがままに手を出してしまった結果が、今私が見ている光景なのかもしれない。
「それにしてもここまでとはね……」
倒れているにもほどがある。大丈夫だろうか。ちょっと呻き声も聞こえることが恐怖を駆り立てる。これこそ一人肝試し。
「――もうし、そこの人」
「うおぉ」
囁き声がすぐ側で聞こえて、身体がびくりと跳ねてしまったほどに驚いた。
きょろきょろと辺りを見渡すものの何の姿も見えない。
何これ幽霊? それとも背景と同化してるの?
「ここですよ、ここ」
「どこ……!?」
「下ですよ」
再びの囁き声に従って、びびりながら下に目を向ける。と、私の腰よりちょっと上くらいの背丈のすっぽり布を被った人を発見した。
随分と近くにいた。幽霊の類ではなくて一安心した。
「おねえさん」
「は、はい」
その布の中からこっちに向けられた目は……一、ニ、三……八つ?
小さな目が八個、こちらに向けられている。もしかすると布で隠れた部分にまだあるかもしれないにしても、とりあえず八個。
「おねえさん、何か悩みはありません?」
「な、悩みですか」
突然の問い。一瞬思考がぐるりと回る。悩みだと?
「……最近」
「はい」
「睡眠時間が足りてないからか、学校で熟睡しちゃって……」
「はいはいなるほど」
思わず真面目に考えてしまって、そのままぽろりと口に出す始末だ。
八眼のおじいさんがすごく相づちを打ってくれる。
「いやでも別に睡眠時間は私のせいなんですけど……」
「はいはいつまり短時間で良質な睡眠を行いたいというわけですね」
「え、あ、はいそうなりますか」
おじいさん何を取り出すの?
何かごそごそし始めた。
「私はね、薬を作って売る仕事をしているんですがね」
「あ、そうなんですか」
テンマさん来た! 薄々勘づいてたけどテンマさん来ました! このおじいさん絶対そう! 薬取り出す!
心の中で叫びつつ、今度は私が相づちを打つ。
囮作戦効果あり。こんなにすぐ釣れるとは……あちらもあちらで味をしめているのかもしれない。
「ちょうど良く眠れるお薬があるんですよ、ここに」
「良く、眠れる薬ですか」
さっきまで見てきた、倒れている人たちの姿が頭をよぎる。
「おねえさん何だか顔色も良くないようですしね、栄養分がいっぱい入った栄養剤もありますよ。どうですか?」
顔色が悪いのは夜で光がないせいか、おじいさんと鉢合わせたからだろう。
「え、ええでもお高いんじゃないんですか? 私学生だし……」
「大丈夫、大丈夫ですよ! お試しして頂くことも可能なので! それから気に入って頂ければ私ここに大抵おりますので」
「はあ……」
おじいさん商売熱心だ。
もしかして、こうやって私みたいに悩みを聞き、それに合わせて栄養剤だとか病気の薬だとか言っているのだろうか。
それは捕まってしまう。そうして、一回使わせればあっちのものだ。欲しくて欲しくてたまらない状態になれば。
「じゃあ、一回分くれますか? 良く眠れる方」
使おうなんて思っていない。
ここでもし捕まえられなかったとしても、これはサンプルとして残るから。睡眠の方を取ったのは、別に栄養面では今のところ困ってないからだから。あれ、そんな問題じゃないか。
「はいはい畏まりました。どうぞこちらになります」
「ありがとうございます」
「いえいえ。……では、明日もここにおりますので……どうぞご利用下さい」
おじいさんが笑ってお辞儀をして去っていく姿を見送る。
最後の言葉は、まるで必ず明日もここに来たくなる、来ざるを得ないと言っているかのようで。
おじいさんが見えなくなってから、私は受け取った小さな袋を見た。
中身が透ける袋で、雲から逃れた月の出た空に向かってかざす。色がついている……
「……っ」
直後、中に入っているものが粉状のものだったようで、袋から飛び出して顔に降りかかる。
おじいさん、封はちゃんとしておいてほしい。
「……けほっ」
ちょっと吸い込んでしまって、下を向いて咳き込む。
これ大丈夫か。一回摂取じゃ変わらないか。一回どころか四分の一もこぼれてないし。若干パニックだ。
ひとしきり咳き込んで、空気を吸い込んだそのとき。
「ハルちゃん」
ずるずるという音と一緒の方向、おじいさんが去っていった方から声がした。
咳をして少し痛む喉をさすり、目を凝らしていると、暗闇の中現れたのは声の主、テンマさんだ。
何かを引きずっている。ずるずるという音はそれが原因か。
「捕まえた」
「うわお、さすがですね」
「だろう。それよりなんでそんな声してんの?」
「ちょっと咳が」
「急に風邪? ……うん? ハルちゃん、これ薬じゃん」
どうやら私に薬を勧めたあと去ったおじいさんを追ったようで、引きずってきたのは先程のおじいさんだった。さすが行動が早い。
回収されたおじいさんはというと、テンマさんが殴りでもしたのか気絶している。ぴくりとも動かない。
そんな小柄なおじいさんの襟のあたりを掴んで引きずってきたテンマさんは、私のコートの襟のあたりを指で撫でて一言。
指に鼻を近づけ、においを嗅いで、その正体を当てて見せた。舐めたよこのひと。
「テンマさん、どうもないですか?」
「なんにも。つーか人間には強すぎるだけかもで、おれらにはそんなに効かないものなのかも。で、ハルちゃんは摂取してねーよなさすがに」
「あー……ちょっと吸い込んじゃったんですけど、何か大丈夫みたいです」
「だめじゃん、ハルちゃん。でも、ってことは偽物? 今回のじゃねーってことかな?」
「売人であることは間違いないないですし、一回持って帰りませんか?」
とにかく一人それっぽい売人は捕まえたので、私とテンマさんは戻ることにした。
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