第12話 開拓村①
夢を見た。よく見る悪夢だ。
いつから見始めたのかはよく覚えていない。
昔から見ていた。
ただ昔はあんなにはっきりとはしていなかった。
もっと朧なものだったのに。
開拓村の規模は大きい。
村と呼ばれてはいるが村の規模ではない。
ここは開拓団が基地を構えたのが始まりで、それが段々と拡張していったのだ。
周りを起伏のない平坦な森に囲まれた小高い丘の上。集団行動をとる魔獣や大型の魔獣が少ない、他の場所に比べて魔獣の脅威が薄い場所。
この比較的安全な場所を発見したのが開拓団の前身となる探検隊で、その発見を受けて開拓団が結成されたのである。
それが今から二十数年ほど前になる。
来る日も来る日も魔獣との戦闘。
基地を作るまでにも長い年月がかかった。
この丘に住まう魔獣との掃討戦。
何匹も殺し、何人も殺された。
基地を建てる度襲ってくる魔獣。
何度も壊され、その度に建て直してきた。
少しずつ少しずつ強固にして、ようやく魔獣の攻撃を防げるようになったのだ。
周辺の地図を作り、魔獣の脅威を排除し、少しずつ少しずつ勢力圏を広げていった。
そうしてやっと、未踏破領域の本格的な調査に乗り出せたのだ。
それからはさらなる戦闘の日々だった。
未知の魔獣。未知の植物。未知の土地。さらには先史文明の遺跡。
次第に求める物資が増え、必要な人員も増えていった。
幾人もの人が開拓団に名乗りを上げた。
入団したのはほんの一握り。単純にここで生き残れる強さが必要だったからだ。
そうやって人を増やし、力をつけていった。
いつの間にかここから一番近い村は「補給都市」と呼ばれ、様々なものが集まるようになった。
補給都市は当初の何十倍もの規模になり、一層開拓は進んでいった。
ここに開拓団ではない住人が住むようになったのはその頃で、当初は引退した団員が中心だった。
鍛冶場や細工師。開拓団で補っていた部分が次第に独立していった。
そうしていつしか村のようになっていったのだ。
もちろん生活は苦しかったが、皆で協力して大きくしていった。
それが今や新しい住人の受け入れもしているほどである。
村と呼ばれるのはその名残で、今は小さな町ほどの規模がある。
町といっても見た目はそう見えず、遠目にはまるで要塞のように見えるだろう。
開拓村の周りは魔獣の骨や鉄を混ぜ合わせ強度を上げた特製の分厚い防壁で覆われており、さらにその周りには堀が掘られていて、出入り口は4つ。いずれも跳ね橋が架かっており、魔獣の侵攻時には橋を上げる手はずになっている。
その西門と南門の間くらいの壁際にバードンの家がある。
それなりに大きく、正方形を横に3つ並べてその上に2つ乗せたような形をしている。
周りは防壁と植木で囲われていて外から中の様子は見えない。
元は倉庫がここにあって、何年も前に一度外から魔獣の攻撃を受けたことがあった。
魔獣はすぐに討伐され、壁は崩れたりせずほとんど無傷だったのだが、衝撃で倉庫の中に置いてあったものが軒並み倒れた。その時に念のため中に置いてあったものを別の場所に移したのだ。
それ以来使われなくなった倉庫をバードンが引き取り、改装して使っている。
その為ここには住人はほとんど近づかない。
二階から下りてくる足音にバードンは声を掛ける。
「おはよう。千夏」
「おはよう。バードン」
昨日の夕方、千夏がバードンの家にやってきた。
セレスが用意してきた夕食を三人でとり、家の中を案内した。
二階にはバードンの荷物部屋と作業部屋。それに客室が二つあり、千夏の部屋はその一室。
一階には大きな荷物置き場とキッチンが併設してある広いリビングがあり、トイレは一つ。さらに小部屋がいくつかと、バードンの寝室がある。
外には庭があり、庭にせり出すように風呂場と洗濯場がある。
水は村の水場から水道を引いていて、バードンは基本的には一階で生活している。
トイレや風呂の使い方はセレスが教え、セレスも一泊していったのだが、朝早くに仕事に向かった。
バードンはお茶を飲んでおり、朝食の準備は済ませてある。
千夏を待って一緒に食事をしようとしていた。
薄くスライスした肉に、卵、昨日セレスが持ってきてくれた野菜とスープ。
千夏が頷いたのを確認するとさっそくそれに火をかける。
千夏は身支度を部屋で済ませたのか少し顔がはっきりとしており、ちょっと赤い。
さっそく席に座るとすぐに朝食が出て来た。
もちろんバードンの加減だから量が多い。バードンに至っては特盛りサイズだ。
(量多いな!!でも美味しい)
覚えたての言葉でさっそくそれを表現する。
「旨い。ありがとう」
基本的にバードンの言葉づかいを聞いているため、傍目にはややワイルドな言葉を喋る。
バードンはそれを聞いても何とも思っていないようで笑って返した。
千夏はもちろん食べきれなかった。
手を振ってお腹をさすり満腹だとアピールする。
(明日はもっと早起きして料理は私がやろう。それに先に顔洗いたかったー!!)
目覚ましもないのにどうやって起きればいいのかと、しばらく頭を捻った。
「ちーす!調子どうー?」
朝から調子が狂いそうなことを言ってゲーコレードは、ノックもせずに家の中に入り込んで行った。
朝食を食べ終え顔を洗っていたバードンが体を向けて答える。
「ゲーコか。昨日は助かった。今日はどうしたんだ?」
昨日バードンは家の掃除をしていた。
家の中は元から綺麗に片付いてはいたのだが、とにかく荷物が多かった。それもバードン以外のだ。
というのも、ここは元々倉庫だったので中は広く、周りには何もないため、騒いでも文句を言われる心配はない。さらに人目にもつかないとあって団員たちのちょっとした溜まり場にもなっていた。
危ないものも多く、溜めこまれた荷物を整理しようとしたのだが、どれが誰のかさっぱり分からなかったため、こういうことが得意なゲーコをバードンが呼んだのだった。
「セレスさんに頼まれてな。ちょっと様子をみにきたのさ」
「朝っぱらからか?」
「朝っぱらからよ。それで噂の卵ちゃんは何処にいるんだ?」
ゲーコレードは女に目がない。村に娼館ができてからはそこに入り浸っている。
そんな事だろうと当たりをつけていたバードンが答える。
「何処って俺の後ろにいるだろう。」
自分の名前を呼ばれた千夏が、ひょっこりバードンの後ろから顔を出す。
「お~そんなとこにいたのか。やいバードン!お前のでけぇ体のせいで卵ちゃんが可哀想だぞ」
バードンが顔を洗っていた場所は風呂場の脇にある洗面所でバードンが入ればそれだけで窮屈そうな感じになる。
「むっ。そんなつもりは無い。洗面所の使い方を教えていたんだ」
そんな言い合いがしばらく続くと、千夏がおかしそうにクスクスと笑いだす。二人の言い合いが何だか楽しそうに見えたのだ。
毒気を抜かれた三人はリビングに移っていった。
「にしてもチカちゃんはちょっと見たことのない顔立ちだね。猫族の奴らに雰囲気は似てるかな」
猫族というのは猫のような丸顔で猫の様な耳と鼻を持つ種族で、顔は人間と同じような作りだが、総じて愛らしい姿をしている。いたるとこに寝床を作る癖があり、二日続けて同じところでは寝ないと言われている。残念ながら開拓村にはいない。
「あぁ。卵から生まれたからな。親に似たんだろう」
「お前はまたそんなことを。そりゃ俺だってお前が嘘をついてるとは思わねぇが、それでもなぁ」
そこでバードンが立ち上がりお茶を入れようとキッチンの方へ歩いていくと、千夏もその後に続きお茶の入れ方を教わった。
千夏が木で出来たお盆にお茶を乗せて運ぶとそれを配る。
「おぉ。ありがとう。で、俺がここに来た理由なんだが」
「様子を見に来たんじゃないのか?」
「それもあるが、セレスさんからの伝言だ。二人ともしばらくは家から出るなってさ。飯も自分で作れと」
バードンが驚愕した様子で答える。
「俺もか!?食料ももうないぞ。」
「そうだ。食料は後で届けるってさ。どうにも変な噂が広まったみたいで、しばらくはな。それでお前はどうするんだ?」
その言葉にバードンは少し考え込む。
「ならしばらくは家で作業をする。ちょうど片づけたせいで色々溜まったものが出てきたからな」
「違う違う。チカちゃんのことだ」
お前の私生活なんてどうでもいいよと、心底思っているように問いかける。
これにバードンはさらに考え込む。
千夏は自分の名前が話に出たのを敏感に察知して、考え込むバードンを不安げな顔で見る。
「……様子見だ。拾った手前、下手に放り出すようなことはしたくない。それに千夏は頭がいい。ここに慣れれば、出来ることを見つけるだろう」
そう言って恐らく帰る場所のない千夏の頭を軽く撫でる。
千夏は安心したように息を吐いた。
幸いにも千夏に出来ることはすぐに見つかった。
料理である。
昼食を作るバードンの様子を見て、同じものを千夏も作った。
野菜と肉の卵包み。
バードンの作る様子をみて、これなら作れるなと千夏は思う。
ひき肉とピーマンの様な野菜と葉っぱに根菜。
下ごしらえは一緒にやったため、あとは炒めるだけ。
バードンが一人分作ったところで、千夏は名乗り出た。
初めて使う高さのあるキッチンに最初は戸惑ったが、すぐに慣れてあっさりと料理は完成した。
さっそく三人で食べ比べると半熟気味の卵が好評だったようで、バードンよりも美味しいとゲーコレードは大喜びしていた。
読んで頂いてありがとうございます。
初めて小説を書きました。
感想やご指摘など是非聞かせてください。
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