軍事法廷で裁かれる悪女ですが、死刑判決は避けられますか?

名瀬口にぼし

軍事法廷で裁かれる悪女ですが、死刑判決は避けられますか?

プロローグ

第1話 帝国の終わる日

 その日、リラ帝国のセターレ宮殿では、防衛線を越えて首都に接近する敵国ディヴィンヌ共和国軍の脅威を前にして、指導者たちによる会議が行われていた。


 何年も続いた長い戦争が、ついに終わろうとしている。

 午後の日差しに照らされた気だるい空気が包む広間の中で、黒く艶やかな石の円卓を囲む軍人や大臣。彼らは渋面で顔を突き合わせ、それぞれの都合で発言していた。


 若い将校が戦況についての説明を終えると、海軍が陸軍の不手際を責める。首都の市長は軍が包囲戦にどれだけ耐えられるかを問い、陸軍は外務大臣の同盟国への援軍要請の失敗を非難した。


 長々とした報告に無意味な追及、責任転嫁、結論を先延ばしにするための質問。亡国の危機に瀕しても、会議は長くて退屈なものであるという現実は変わらない。


 円卓の後ろに控えるように置かれた椅子に秘書官として腰かけ、ヴィーダは男たちの議論の応酬らしきやりとりを眺めた。


(もう敵がすぐそこに来ているっていうのに、長々とよくやれるよね。私も主戦派だったけど、最終防衛線を破られた今はもうどうやって負けるかの話をする段階だって思うよ)


 何度も繰り返されてきた言い争いに辟易し、ヴィーダは小さくため息をつく。


 今この会議室にいるのはリラ帝国の中枢を支える少数の人間で、優秀な者もいるにはいる。だが残念ながら、それで無駄なやりとりが無くなるというわけではない。


 しかしその空虚な話し合いの時間は、前方の上座に座る国王代理の王女アフシャーネフが言葉を発したことにより終わりを迎えた。


「……あなたたちの意見はよくわかりました。今日の議題はこの国の未来を大きく左右する問題ですから、議論は尽きないでしょう。だけど我々に残された時間は少なく、もう決断の時が迫っています」


 二十代後半と君主としてはまだ若いアフシャーネフは、苦しげな表情で臣下を見回した。数少ない女性の側近としてすぐ近くに座っているヴィーダには、アフシャーネフの細い肩が震えているのがよくわかる。


 会議の出席者は皆静まりかえって、アフシャーネフの話に耳を傾けた。


「だから私は亡き父に玉璽を託された国王代理として、命令を下します。我が国は降伏勧告を受け入れます。ディヴィンヌ共和国へ受け入れの通知を、早急に打電してください」


 冷静であろうと努めるアフシャーネフの凛と澄んだ声が、重々しい空気の部屋に響く。


 アフシャーネフの言葉は、何百年と広大な東方の地域を治めてきたリラ帝国が敗戦により完全に滅亡することを意味していた。


 先ほどまであれこれ言っていた者も含め、会議室にいる者は誰も何も言わない。


 本当のところはほとんどの人間が、最後は降伏するしかないことをわかっていた。だがその敗戦という答えをはっきりと口にできるのは、リラ帝国の天子であるアフシャーネフだけである。


 無条件降伏したこの国は今後敵国の占領下におかれ、王朝は廃され帝国は解体される。勝者である共和国による支配の中で、王女は最後の君主として裁かれる。


 そして王女の側近であるヴィーダもまた悪女として、戦争に関わった罪人のうちの一人となるのだ。

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