侯爵令嬢のご依頼 1
初夏の日差しを感じる季節となった。
ジュドー・アゼルから、三日おきに、花やらドレスが贈られてくる。アゼル家からではなく、お店から直接届けてくるので、その場で受け取り拒否もできず、一度受け取ったのち、リゼンベルグ家経由でお返ししている。非常に面倒極まりない。
しかし、うっかり受け取るわけにはいかないし、私や父は直接返しに行かないほうが良いと、ロバートに厳しく言い含められている。私はともかく、父もダメというのは、父は魔道具コレクションで、借金を作った前科があるからだろう。
とりあえず、父も外出を控えてくれているし、おそらくレグルス経由で事情を知ったリィナとダリアが、しょっちゅう様子を見に来てくれるようになった。
レグルスも注文やら、枕のメンテナンス(枕ってメンテナンスするものなのか?)など理由をつけて、何かと来店してくれている。前のように突然迫られるようなことはなくなった。
おそらく私は、彼の恋愛ゲームの相手に相応しくなかったのだろう。しかし、手のかかる『友人』として庇護欲は掻き立てられるらしい。面倒見のいい人だなあと思う。
今日は何も贈られてこなかったので、父は奥で昼寝をしており、私は父が受けたオーダー品のための中綿の準備をしていた。
「アリサ!」
店の扉をノックするなり、ジーナが飛び込んできた。
「どうしたの? ジーナ」
気温の上昇とともに、ジーナのドレスの露出が激しくなってきた。美しく豊かな胸元は大きく開いて、胸の谷間がチラチラ見える。
他に客はいないからいいけど、うちの店にそんなセクシーな格好してくると男性諸君の目の毒だと思う。
「売れているの! 涼感枕。ほら、ここの所、夜とても寝苦しくなってきたでしょう? 追加で注文しようと思って」
「本当! ジーナ、ありがとう!」
私はジーナに抱き付いた。
「わっ。アリサったら、普段は感情が出ないのに、嬉しいと弾けるタイプなのね」
ジーナが戸惑ったように私を抱き留めた。
「ご、ごめんなさい」
私は、慌てて謝る。そう言えば、初めてのプールポワンを受け取ってもらった時は、イシュタルトの頬にキスをしてしまった。
どうやら、私は喜ぶと我を失うタイプのようだ。
「別に謝ることじゃないわよ。でも、むやみに男の人にやらないようにね。絶対に勘違いされちゃうわよ」
「そ、そうかな」
ジーンはにっこり笑った。
「アリサは普段、あまり表情が出ないせいもあって、笑顔の破壊力は相当なの。私もクラクラしちゃうくらい」
「破壊力って……」
たぶん、褒めてくれたのだろうから、なんか兵器扱いされたような気がするけど、気にしないでおこう。
「とにかく、涼感枕の追加、お願いね。青系の売れがいいわ。それから、防魔枕なんだけど……あれ、可愛い系が出ているの。それもお願いしたいわ」
私はメモと生地の見本を用意し、ジーナと具体的な商談を交わした。
忙しくなった。私は、コルの実で糸を染める作業をし、隙間をぬって枕の生地の裁断を始める。
ちなみに、父は、オーダーのプールポワンの仕事が詰まっている。何しろ、『皇族御用達』という箔がついてしまったので、帝国軍の騎士様たちがこぞって注文してくれるらしい。父のほうも、涼感タイプのプールポワンの注文がかなりはいっているらしく、レキサクライに行った意味はあったようだ。
夕方近くまで、夢中になって作業していると、ロバートとイシュタルトがやってきた。
「アリサ、お茶は要らない。すぐ支度をして」
お茶を入れようとしたら、ロバートにそう言われた。
「支度?」
「そう。ジュドー・アゼルが明日から一週間、魔道ギルドに休暇願を出した」
「一週間も?」
私は目を丸くした。
「ど、どうしよう。仕事が入っている……五日後が納期なんだけど」
「全部、持ってくればいいだろう? 仕事場くらい用意してやる」
イシュタルトがそう言った。確かに道具さえ持っていけば、どこでもできる。
「一週間毎日来るほど、アレも暇ではないと思うが、念のためだ」
今、お貴族様たちは社交シーズンである。イシュタルトも午前は議会、午後は近衛隊の訓練、夜は、夜会がある日もあって、超忙しいらしい。
ジュドー・アゼルも男爵なので、それなりに忙しいはずだ。
「じゃあ、着替えを……」
「着替えくらい、こっちで用意する。それより、仕事道具を用意しろ」
う。なんか夜逃げするみたいな急かされ方だ。
「父は一人で平気かな?」
私がポツリというと
「俺は、大丈夫だ。心配するな」
と、今日は針を離さずに応える。父も相当に忙しい。
「仕事の手伝いは出来ないけど、アゼル避けにひとり来てもらうつもりだから」
と、ロバートが父に言った。
「助かる。そんな変な奴と応対しているヒマがないくらい、忙しいんだ」
父はふーっと息をついて、イシュタルトのほうを見た。
「お世話かけてばかりですみませんが、アリサをお願いします」
「任せておけ」
私は魔道ミシンと、自分のいつも使っている魔道具を含む裁縫道具と、生地や糸などを大きな木箱に放り込んでいく。
「……そんなにあるの?」
ロバートが荷物を呆れて見る。
「うん。できれば、仕事道具以外も少し持っていきたいけど……」
「馬車で、出直す」
私の荷物を見てポツリと、イシュタルトがそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます