魔導士認定と枕 6
私たちは、魔道ギルドから近い、小さな食堂へと入った。店主はロバートの顔をみると、私たちを二階の別室へと案内してくれた。こじんまりとして庶民的なのに、雑多な感じはしない。
聞けば、イシュタルトがこの店を非常に気にいって、懇意にしているらしい。
遅めの昼食をとることにした私たちは、部屋に置かれている丸テーブルを囲み、柔らかなクッションのおかれた木の椅子に腰かけた。
「イシュタルト様と初めて会ったのは、三年前になる」
焼き立てのパンと、美味しそうなシチューが運ばれてくると、ロバートが口を開いた。
「僕は、魔道学校の高等科の進学がほぼ決まっていた。でも、本当はずっと迷っていた……」
ロバートの話に、私はびっくりする。ロバートが進学を迷っていたなんて、知らなかった。
「レグルス様も知っての通り、ラムシード家は魔力付与の職人の家です。父は、どうしようもないところがありますが、職人としての腕はぴか一です。父は、幼いころから、自分の技術を姉には厳しく仕込んでいました。でも、僕には、そうしなかった」
「それは、ロバートが優等生だったからだわ。プールポワンの職人以外の選択肢も選べるようにしていたいって、いつも言っていたもの」
父は、あまりに優秀なロバートをその手に留めたくはなかった。だから、私を跡継ぎとして仕込んだし、私も、そう願った。
「僕は、父の技術が失われるのは嫌だった。でも、アリサに全てを押し付けるなんて。僕だけ好きなことをして良いはずがない、そもそも、僕自身が何をしたいのかわからなくて、ずっと悩んでいた。そんな時、高等科の研究室で、事件が起こった」
ロバートはゆっくりと回想を続ける。
「高等科の研修室の魔力結晶を狙った強盗が立てこもった日、たまたま見学に行った僕は、事件に巻き込まれた。その時、事件を解決したのが、当時、治安維持部隊にいたイシュタルト様だ」
ああ。そうか。だからイシュタルトは、ロバートのことを知っていたのだ。
そう言えば、「先に会ったのがロバートでよかった」とか、よくわからないことをイシュタルトが言っていたことがあった。
私がイシュタルトと初めて会ったとき、ロバートは同席していなかった。おかしなことを言うなあ、と思っていたのだ。
「僕は、人を救うために力を使うという意味をその時、初めて知った。イシュタルト様が、身を持ってそれを示したのを見てね」
「なるほどね」
レグルスはにやりと笑った。
「ロバートの忠誠は、金や権力で買ったものじゃないってことだな」
面白そうにそう言った。
「そうなのですが、実際には、我が家には借金がありまして」
ふーっとロバートがため息をつく。
「うちのバカ父が作ったものですが、僕は、その借金の期限を引き延ばすために雇われたという、形式になっているのです」
形式……本当は、イシュタルトは借金そのものをなしにしていいと言ってくれたから、それを鵜呑みにすれば、借金代わりに買われたというのが正しいのだが……それは、内緒だ。
「ロバート」
私は、ロバートの顔を見る。
「本当に、嫌じゃないの? 私に遠慮して無理していない?」
「違うよ? 僕は、イシュタルト様を尊敬している」
にっこりとロバートは微笑する。
「借金を盾に、姉さんを囲ったりしないところも含めてね」
う。それは、私がこの前うった芝居への嫌味ですね。
「イシュタルトの野郎、結構、ヘタレなんだな」
レグルスが、私の顔をジロジロ見ながらそう言った。何が言いたいのかよくわからない。
「イシュタルト様はとてもマジメなんです。レグルス様と違って、女性の扱いに慣れてもいませんし」
「……お前、何気に、今、オレを落としただろう」
レグルスがムッとした顔をした。
私は、つい、思い出し笑いをしてしまった。
「そういえば、レグルス様、防魔枕がお役に立ったようでよかったです」
「何のことなの、アリサ?」
ロバートが不思議そうに首を傾げる。
「あのね、寝こみを魔術で襲われたのを、枕で防いだらしいの」
言いながら、つい笑ってしまう。
「レグルス様も、意外と、女性の扱いに慣れていらっしゃらないのですね」
私がそう言うと、レグルスは口にしていたものをのどに詰まらせ、苦しそうに水を飲みほした。
「それは、慣れとかじゃないと思うよ、アリサ」
ロバートが呆れた目で、レグルスを見ていた。
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