第8話 凡人、父と妹と再会する
僕が帰郷した知らせはすぐに村中に広まった。あの後母さんが家から飛び出して大声で言いふらした。今村人ほぼ全員が家の前に集まっている。
「流石にやり過ぎじゃない? 夕方に皆に謝ろうと思ったのに」
「こういうのはすぐに知らせた方がいいのよ。報告してきなさい。それと、その顔についても教えてもらうからね?」
「それなら、夜は皆に集まってもらおう。その時に報告と謝罪をするよ。今はとにかく疲れた……」
主に精神が。
家に入った後は母さんがまた泣き始め、あやしながら今まで何をしていたのかを話した。顔に傷があることは話したが、見せていない。顔の半分を覆う布で隠している。魔法で俺以外は外せないようになっているから安心である。
神獣たちのことは話していない。助けてくれた恩人としか伝えていない。
問題はその後だった。母さんが甘え始めた。僕の膝に頭をのせて撫でるのを催促してきた。しばらく撫でていると今度は抱っこを催促してきた。原因は僕なのでやったら、今度は逆に抱かれた。母さんの胸に僕の頭が押し込まれた。母さんはそれなりにあるので柔らかい。だけど、これは駄目だと思う。
必死になって剥がした。そしたら突然外に出て、僕のことを言いふらしに回った。で、今に戻る。
「ごめん、少し休んでるから、皆に伝えてくれないかな? お詫びというわけじゃないけど猪とか持ってるから」
「猪!? レイが狩ったの?」
「そうだよ。恩人たちに鍛えられたんだ。狼までなら勝てる」
「そう……」
僕は自分の部屋に戻るために立ち上がる。
「母さんの料理食べたいから、お願いね」
「……わかったわ。期待していなさい!」
夕方まで寝よう。あと、父さんとエリに謝る準備をしておかないと。
◇◇◇◇◇
「――――い――ん!」
何か騒がしい。まだ休みたい気分だったから僕は寝返りをうった。
「お兄ちゃん!」
「ぐふっ!」
今度は声がはっきりと聞こえ、衝撃も一緒にやってきた。お陰で目は完全に覚めてしまい、僕は原因となった人物の方を見る。
「……エリか?」
「お兄ちゃん!」
起き上がる前に抱き着かれた。五年も経ち、身体はそれなりに成長している。
「えぇっと……苦しいんだけど?」
「お兄ちゃん!」
聞く耳を持たない。まぁ、心配をかけたのは僕だ。このぐらいは甘んじて受けよう。自由の利く右手で彼女の頭を撫でる。
「心配かけてごめん。それと、ただいま」
「お帰り! お兄ちゃん!」
しばらくの間、エリは僕から離れようとしなかった。ずっと僕の胸に顔を埋めていた。
「そろそろ時間なのだけれど……」
入口から声がかかる。見ると母さんが立っていた。いい匂いがするから料理の下準備をしていたんだろう。
「わかった。――――エリ、起きるから離れてくれ」
エリが張り付いたまま一階に降りる。父さんはまだいないようだ。
「お父さんなら外で準備を手伝ってくれているわ」
窓から外を覗くとかなりの大人数が集まっていた。それが俺のためだと思うと嬉しく思う。
「猪は皆の前で調理するからその時にお願いね」
「わかった」
母さんが扉を開ける。その音に視線が集まる。少し怖い。促されてエリを付けたまま外に出る。
「おい、あれ……」
「レイか……?」
「顔、どうしたんだ……?」
「だが、元気そうだ」
困惑する者、涙を浮かべる者、安堵の表情をする者を懐かしい顔と共に見ることが出来た。
「えっと、レイです。今朝に帰ってきました。お騒がせしました」
気の効いた挨拶なんて出来ない。
「おぉ! やっぱりレイだ!」
一人の声を皮切りに歓声が上がる。寄ってきて、背中を叩いたり抱き着いたりしてくる。
……良かった。今の自分を見て怖がられるかもしれないと思っていたけど、実際は多少の戸惑いがあっただけで忌避されなかった。
今まで狩ってきた猪や狼を捌き、焼いていく。僕が狩ったことに驚かれた。元々弱かったし、仕方ないことだ。一通り焼き終わる頃には母さんの料理も完成した。他の主婦たちも手伝ったようで相当量あった。
飲み食いが始まり、僕は大人数に囲まれながら料理を食べた。神獣達に作っていたが、母さんの腕には敵わない。久しく食べていなかったせいか、涙が出そうになるほどだった。
ふとした時、周囲がどよめいた。つられてみてみると一人の男がいた。
「父さん……」
「……」
終始無言だった。父さんはしばらく立ち止まっていたが、やがてこっちに向かって歩き出した。
「……」
何も言わずに父さんは僕の頭を撫でた。
「父さん……?」
「……よく、戻ってきた」
もう耐えられなかった。涙が溢れ、しばらくの間僕は泣いていた。
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