第2話 凡人、神獣に出会う

 ――――痛い。


 体中から痛みを感じ、意識が浮上する。視界は最悪だったが、何処にいるかは判断できた。視界の遥か先に切り立った崖が見える。そこから落ちて、助かったらしい。


 身体が動かない。全身が焼けるように熱く、針を刺したかのように痛み、首を絞められたかのように苦しい。僅かに顔を動かせば、両腕ともあらぬ方向に曲がり、血だらけだ。脚も酷い損傷らしい。血が今も流れている。


 ――――不味い。意識が朦朧としてきた。意識を必死に繋ぎ止める。帰らないと。皆が心配しているはずだ。


「……う……ご…………け……」


 動かそうとするが痛みが増すばかり。動きそうにない。それどころか、追い打ちをかけるように意識を刈り取ろうとしてくる。


「こ……んな……とこ……ろ……で……死んで……たま……る……か……!」


 しかし、動かすことは叶わず、僕はまた意識を失った。



◇◇◇◇◇



 何だこれは?


 目の前にあるのは血みどろの生物。手足はおかしな方を向き、呼吸もままなっていない。意識も既に無いようだ。


 私は上を見た。あるのは抉ったような岩盤にある崖。そこから僅かに獣の気配がする。襲われて落ちたようだ。


『もはや助からんな。安らかに眠れ』


 私はそう呟き、引導を渡すべく、ソレに近づいた。近づくほどに無残な有様を見せつけられる。むしろこの状態でよく生きていられると感心するくらいだ。


『ん?』


 私はソレの手が目に入った。骨が砕け、動かせるはずのない手。それが、意識のない今も草を握っていた。


 私はソレに僅かばかり興味が湧いた。ソレの顔を見る。黒髪で額から右頬にかけて大きな切り傷があった。その傷はソレの片目にも通り、治ることは殆どないだろう。

 この世界には魔法がある。人間の使う治癒魔法なら治せるかもしれないが、私は使えない。使えるのは水系統の氷魔法だけだ。


 そして、ソレの口。血を垂らしながらもいまだに歯を剥き出しにして食いしばっている。


『気を失いながらももがき、死から逃れようとしているのか。……面白いな』


 ――――このまま死なすのも勿体ない。コレの願いを叶えるとしよう。



◇◇◇◇◇



 ――――何処だ、ここは?


 意識が浮上し、目を開けると光が飛び込んでくる。どうやら生きているらしい。不思議なことに痛みを感じない。


 視界も悪い。目元に手を持っていこうとするが動かない。というより、全身が動かせない。


 仕方ない。今いる場所を見る。と言っても動かせるのは左眼だけだ。その視界には見慣れない天井があるだけだ。白く綺麗だ。村にこんなところはない。


 僕は確か、狼と戦って、気を失って……崖から落ちていたはずだ。そこと景色が違うことから誰かが運んだらしい。


 視界の端に窓が見えた。そこに集中して見ると、葉が見える。壁もよく見ると木目が見える。


 ――――まさか木をそのままくり抜いた家なのか?


 それにしても静かだ。狼に耳をやられたか? そうだとすると困った。ここに運んできてくれた人と意思疎通が難しくなる。




「む? 起きたか」



 声が聞こえた。良かった。聞こえなくなったわけではないらしい。視線だけを声の主に向ける。そこにいたのは、たらいを持った女性だった。


「まったく、よく無事だったものじゃ。奴の作った薬とはいえ、生き長らえるとはな」


 彼女が救ってくれたらしい。お礼を言わないと。そう思い、口を開けようとするが、接着されているかのように動かせなかった。


「今はまだしゃべれぬぞ? お主に蓄積した疲労は相当なものじゃ。傷は癒えても疲労までは消えぬよ」


 話そうとしたことを気づいたようだ。女性はそう話す。


 やはり、無茶をし過ぎたか。出来ればすぐに帰りたかったが、生きていることだけでも喜ぶべきだ。


 女性は近づき、頭にあったらしい布をたらいに入っていた濡れた布と交換した。冷たくて気持ちいい。


「しばらくはここでゆっくりするといい。そのあと、ここにいる者と話をしよう」


 女性は微笑みながらそう言い、部屋を出て行った。彼女の言う通りだ。早く帰りたいが、身体が動かない以上お世話になるしかない。



◇◇◇◇◇



 動けるようになったのは三日後だった。女性の看病のお陰で傷跡は残っているものの、問題なかった。


「えっと、助けてくれて、ありがとうございました」


 僕は彼女にお礼を言った。


「構わぬよ。さて、そろそろ話をしようかの」


 彼女の後を追って、部屋を出る。やはり木をくり抜いて作ったものらしい窓から見える景色は森の中だった。

 階段を降り、とある部屋に入る。


「連れてきたぞ」


 部屋に入ると、そこには六人の女性がいた。服装は統一性がないが、皆綺麗だった。


「貴様が人間を連れ帰ったときは正気を疑ったぞ」

「あそこまでの薬を作るの、楽じゃないんだからね~! 貸しだからちゃんと返してよね!」

「そうよ。ちゃんと説明してくれるんでしょう?」

「そういや、人間をまともに見るのは初めてかもしれないっすね。今のうちによく見ておこっと」

「止めなさい。失礼よ」

「そろそろ説明してくれぬか?」


 こちらの方々は歓迎ではないらしい。余所者が来たらそうなるか。


「わかっておる。ほれ、そこに立っていないでこっちに座れ。まずは自己紹介からじゃ」


 促され、席に着いた後自己紹介をする。


「えっと、僕はレイっていいます。崖の上の近くの村に住んでいます」

「私は神狼のフェンリルじゃ」

「私は神鳥のフェニックスよ」

「私は神霊のドライアドね~」

「私は神人のセイレーンよ」

「自分は神蛇のヨルムンガンドっていうっす。よろしくっす」

「……神竜のリヴァイアサンよ」

「我は神龍のバハムートである」


 思考が止まる。今何て言った? 神狼、神鳥、神霊、神人、神蛇、神竜、そして神龍? 聞きなれない言葉だが、聞いたことはある。


 村のお婆さんがよく話す神話の話。


『――――この世界はかつて邪龍ティアマトに壊されようとしていたのじゃ。そしてこの世界を救ったのは神と冠された七つの存在。神獣と呼ばれた存在。神狼、神鳥、神霊、神人、神蛇、神竜、神龍だ。彼らはティアマトを封印し、今もなおこの世界を何処かで見守っておる』


 邪神ティアマトから世界を救った存在。それが、目の前にいて、しかも僕を救ってくれた。

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