第79話 宝物庫

 ヨルマがレーヴィを抱いたままイリーナのすぐそばまで行った。

 レーヴィの腕はゾラによってしっかり繋がれ、今はもう出血もしていない。だが治癒魔法は流れ出た血液を補えるわけではない。顔色は悪く、ぐったりとして意識を失っていた。

 リリアナが側に立ち、手を握って魔力を流し続けている。魔力は血管に沿って流れ、血液の代わりに細胞にエネルギーを巡らせる役割をはたす。だが血液を巡らせるのに心臓が必要なように、魔力を体中に巡らせ続けるには常に繊細な魔力操作をし続けることが必要だ。レーヴィが意識を失っている今、リリアナが外部からその役目を果たしていた。ゾラも付き添って並んだ。


「賢き獣よ、私が魔力を与えますので、その者の手を放してください」

「……うむ。そなたを信じてみよう」


 リリアナが手を離すとイリーナがレーヴィに向けて、その透き通った手を差し伸べる。

 そうしていくばくかの時が静かに過ぎて、ふと気付くとレーヴィの頬に赤みが戻っていた。


「ん……」

「レーヴィ!」

「これでおよそ三日の間は、私の魔力が血液の代わりをするでしょう」

「手を放しても魔力が巡り続けるとは……」

「しばらくの間はゆっくりと休ませてあげてください。三日の後には徐々に魔力は消えますので、それまでに体力をつけるとよいでしょう。血が補われるまでは完全に治っているわけではありませんので、気を付けて」


 レーヴィの意識が戻った。

 ヨルマの腕の中で、目を開いて、慌てて起き上がろうともがくのを、リリアナとゾラが押しとどめた。


「傷口は綺麗に塞がっていました。素晴らしい治癒の術ですね」

「落ちた指を繋いだことは何度かありますので。けれど手を放しても魔力が巡り続ける術など、私は知らない……」

「心臓が動いていれば、方法はあるのです。治癒師の娘よ、私には魔法について考察する長い時間がありましたから」


 イリーナは苦笑いを浮かべて、自分の透き通った手にちらりと目を向けた。

 千年の孤独はいくつかの有用な魔法と、想像もつかない苦悩を彼女に与えたのだろう。何でもないように笑っているけれど。


「魔法に関わる技術のなかには、今はもう失われているものがありそうですね。私にはそれを伝える時間はもう残されていませんが、その部屋の中に、いくつかのヒントがあるでしょう」


 イリーナはすっと手を上げて、広間の壁の一か所を指した。

 磨かれた石壁には今まで何の模様もなかったのだが、今見ると扉のような形に魔法陣が浮かび上がっている。


「約束の報酬はその部屋の中にあります。一人につきひとつ。自分の求める力を選びなさい」


 指さす方へと向かう俺たちを、イリーナは広間の中央に立ったまま見つめている。

 イリーナ自身は、足元の魔法陣からは動けないんだな。

 扉のような魔法陣にそっと触れると、俺たちは壁の中に吸い込まれた。


 隠し部屋の中にはたくさんの武器や防具、装飾品が無造作に置かれている。

 見るからに古い、ボロボロの剣があるかと思えば、今作ったばかりのように曇りひとつない全身鎧もある。様々な色の魔石が美しい模様を作っている杖、よくあるような弓矢、何に使えばいいのか分からない棒。

 本も何冊もある。豪華な装丁のものもあれば、眺めているだけで呪われそうな不気味な表紙の本も。


 装飾品もまた数多く置かれている。

 その中で一つだけ、やけに気になるものがあった。細かい模様が彫り込まれた精巧な作りの指輪。武器や防具もいろいろと見比べてみようと思うのに、ついついその指輪を見てしまう。

 他の奴らも俺と同じように、あまり歩き回ることもなく一つの物の前にじっと立ち止まっていた。


「これが我々に見合った武器のようじゃな」


 彼女は鈍器にしか見えないゴツい杖を手にしている。

 リリアナの声に背を押されるように、俺も手を伸ばして指輪を掴み、左手の中指にはめてみた。

 指輪から流れ込むほんの少しの魔力が、俺の魔力に絡みつく。

 それはリリアナと手を繋いだ時の感覚によく似ていた。


「なるほど」

「俺は……これか」


 アルが手に取ったのは俺と同じように金属でできて模様が彫り込まれた、二本のアンクレットだった。


「もっと強そうな武器が、聖剣のようなものが手に入るって思ったのによ……」


 ぶつくさと文句を言いながらも、嬉しそうにさっさと両足にはめた。はめてみたら使い方が分かったのだろう、軽く飛び上がっては奇声を上げている。

 他のみんなも次々と、気になったものを手に取る。レーヴィもヨルマに支えられながら青く輝く短剣を選んだ。


 ◆◆◆


 大広間に戻ると、そこにはまだイリーナが静かに佇んでいる。

 目が合うと、意外なほど柔らかく微笑んだ。


「それぞれに相応しい物が見つかったようですね」

「ああ。多分これが俺に合っている物だと思う」

「そこにあるのは古くから伝わるもので、どれも大きな力を持っています」


 だが、伝説の凶悪な魔物を倒すためには、一つと言わずもっとたくさんの武器を配ったほうが良いんじゃないのか?俺達にも、そして他の人にも。

 そんな俺の考えを読んだかのように、イリーナが言葉を続ける。


「けれども、どんなに大きな力を持とうと、物は物。使う人によってその強さは変わります。そして善悪も。たくさん持っていれば良いというものでもありません。人によっては聖なる鏡を漆黒に染めてしまうこともあります。現存する魔剣とて、存在自体が悪なわけではないのですよ」

「使い方……か」

「そうです。それはあなた方が今から探すのです。何のために、どう使うのかを。手に取ってその効果は分かったのでしょう?」

「ああ、分かった」

「できることなら……。いえ」


 そのまま途中で言葉を止めて、しばらく下を向く。そして顔を上げると、今度はこんなことを言い出した。


「一つお願いがあります。皆様の名前を教えていただけませんか?」

「俺たちの?」

「ええ。千年目にして初のことですから」

「俺は、リク。リクハルドだ」

「リリアナじゃ」

「アルフォンス」

「カリンです」

「クリスタ……です」

「僕はシモンです」

「私は西の鳶のゾラ。そして、レンカ、エリアス、ヒューよ」

「レーヴィです。そして……」

「お、俺もか?ヨルマだ」


 一人一人、順に目を合わせて頷く。


「こんなに多くの種族が共に戦ったのも、ここで待っているうちで初めてのことです。外の世界がどうなっているのか、ここから動けない私には想像することしかできません。けれども、あなた方を見ればわかります。きっと素晴らしい世界が築けているのでしょう」

「……ああ」

「あなた方でしたら、あの魔物もきっと倒せるはず。これで私も安心して、仲間たちに報告できます。本当に、ありがとうございます」

「イリーナ?」

「心配しないで。すぐに封印が解けるわけではありません。私もまだここにいます。聞きたいことがあればいつでも」


 イリーナは深々と頭を下げて、そのまま消えてしまった。


「何というか……こりゃ、先に報酬を渡されて、礼まで言われて」

「逃げるわけにもいかないか、って思わせる作戦ね」


 手に入れたローブを見ながらぼやくヒューの背中を、バシバシと叩いてゾラが笑った。

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