第78話 急所


 ダメもとで弓を手に取ったレンカがドラゴンに向かって矢を射た。石の体に普通の矢が刺さりはしないだろう。だがあるいは目や口の中ならば。そんな話をしながら用意した弓矢だった。

 普段は剣を使うことが多いレンカだが弓も見事な腕で、矢は狙いたがわずドラゴンの顔に向けて飛ぶ。

 しかしドラゴンは背中で閉じていた羽をバサアッと広げて、飛んできた矢をその羽で弾いた。そしてそのまま両の羽を広げて大きく羽ばたく。

 猛烈な風が大広間の中を舞った。


「まさかこいつ、飛びやがるのか?」

「嘘だろ、石の魔物だぞ?」

「下がれ、下がれ!」


 見るからに重い巨体が、やがてふわりと宙に浮く。

 何か魔法の力が働いているのか?風か?重力か?

 しかしそれにしても、風が酷すぎる。

 全員が後ろに飛ばされまいと必死で踏ん張って、動きが止まった。そのタイミングを見計らったように、ドラゴンは狙いを定めて猛然と突っ込んでくる。


「レンカっ!」


 いくつかの声が重なる。

 宙に浮くドラゴンは牙をむきだしてレンカをかみ砕こうと頭を伸ばした。


「レンカ!」

「あ」


 キーーーーーンッ。

 耳をつんざくような甲高い音が大広間に響いてビリビリと空気を揺らした。

 そしてそのすぐあとに、ドラゴンの悲鳴と地響きが続く。

 重さを失くしたように浮き上がっていたドラゴンが、いきなり地面に墜落したのだ。その衝撃で突風が吹き荒れて土埃をまき散らす。かろうじて踏みとどまっていた俺たちも全員が吹っ飛ばされた。


「わ、わあああ」

「みんな大丈夫か?」


 リリアナの魔法が発動したんだな。

 魔法は見えない手となって、ドラゴンを地面に押さえつけている。

 そのまま押しつぶしてしまえっ!


 その隙に俺たちは慌てて体勢を立て直し確認した。

 ドラゴンは首も羽もべったり地面につけて横たわっている。だがよく見れば頭や羽が小刻みに震えている。どうにか体を動かそうとしているらしい。

 一方こっちは、近接戦組はもうみんな武器を構えているな。レンカはドラゴンの頭のすぐ前で尻餅をついているが、怪我はなさそうだ。ゾラはヨルマが支えている。そのそばでシモンが、リリアナ共々転がっていた。


「シモン、リリアナ、大丈夫かっ」

「大丈夫じゃ。シモンが受け止めてくれたからの。ドラゴンは魔法で押さえつけておる。今のうちに頭を切り落とすのじゃ」

「おう。首に楔を打ち込むぞ。エリアス、ヨルマと尻尾に鎖を使え!」


 俺とアルが首に穴をあけ、クリスタとレンカがヨルマから楔を貰って埋め込む。

 ヨルマはありったけの楔を渡してから、鎖を持ってドラゴンの後方に走った。

 世界一丈夫と言われる鎖には、均等に何十個も魔道具が括りつけられている。これも楔と同じで、魔法で起動するものだ。それを尻尾の根元に巻き付け、端を楔で固定した。


「準備ができたら下がれ」


 全員が下がったのを確認して、魔法使いたちが一歩前に出る。

 ヒューとレーヴィは首の楔に向かって、カリンは右の羽に刺さった楔だ。


「トゥルエノヴェロス、トゥルエノヴェロス、トゥルエノヴェロス」


 楔は小石をまき散らしながら、ドラゴンの太い首へ食い込んでいく。

 そしてリリアナは尻尾の鎖へと無言で魔法を飛ばした。


 パンパンッと小さな破裂音がいくつも響き、固い石の尻尾が震える。鎖は何度も起動する魔道具をしっかりと支えて尻尾に巻き付いたまま。ドラゴン自身も必死に動こうともがくが、押さえつけられた魔法の効果はまだ効いている。

 終いにはバキッと音を立てて尻尾が本体から切れた。


 それとほぼ同時に、首に埋め込まれた楔もメキメキとヒビを広げ、ついにドラゴンの頭が胴体から離れた。


「やったか!」


 打ち込まれていた魔法が止む。俺達は壁際からドラゴンに向かって歩き出した。

 牙をむきだしたまま胴から切り離された首は、もうピクリとも動かない。

 そして胴もまた……いや、まだだっ!


「レーヴィ、離れろ!」


 レーヴィは羽の近くに立って、楔に魔法を打っていた。そして今はその場で、落ちた首の方を見ている。

 首が落ちてもピクピクと小刻みに震えていた胴体が、ぐわっと大きく動いた。胴体はまだ生きている!そして、抑え込んでいた魔法の効果が消えてしまった。


「うわああああああああ」


 急に動き出した羽が、側にいたレーヴィに当る。

 羽の先はまるで鉈のように、やすやすとレーヴィの体を切り裂いた。

 ぱさっと小さな音を立ててレーヴィの腕が地に落ちたのが見えた。


「レーヴィっ!」


 ゾラが倒れ伏すレーヴィに駆け寄る。その横を風のようにリリアナが追い越していった。


「ゾラ、そこで待っておれ。私が運ぶゆえ」

「分かったわ。リリアナ、気を付けて!そいつ、まだ動いてる」

「分かっておる。リク、ドラゴンを!」


 リリアナは身体強化で軽々とレーヴィを抱え上げると、落ちた腕も拾ってゾラの待つところまで高速で戻った。

 シモンが上着を広げて待っている。その上にレーヴィを寝かせると、落ちた腕も並べて置いた。


「あとは私に任せて。こんな時のための治癒師よ」

「私も手伝おう」

「頼むわ。じゃあ今から腕を繋ぐわね。繋ぎ終わったら彼女に魔力をゆっくりと流して。シモン、ここ、持ってて!」

「う、うう……」


 治癒魔法が苦手な俺達には、レーヴィの側に行ってもどうすることもできない。

 それよりはドラゴンだ。

 胴体から切り落とされた首と尻尾と足は、全く動いていない。ということは急所は胴体のどこかにあるはずだ。


 右の羽には四本の楔が刺さっている。さっきまでレーヴィの魔法を浴びていたんだ。ヒビが入って今にも落ちそうだ。


「右の羽は私が」


 カリンが魔法を打ち始めた。


「俺たちは左の羽だ。絶対奴の羽に当たらないように気を付けろ!」


 こうなったらあとは、少しずつ削り取っていくだけだ。

 全員が一丸となって、ドラゴンに最後の攻撃を加えていく。

 戦闘が始まってもう何度目か分からない。カリンとヒューの杖から、雷が楔の青い魔石に向かって横に走っていった。


 羽を落としても、石のドラゴンの動きは止まらなかった。

 だがそれはもう、脅威ではない。

 俺たちは動きの鈍い石の塊である胴体に上り、その背中の中心に手元に残っていた数個の楔をすべて打ち込んだ。

 そのまま飛び降りて、広間の端へと避ける。

 みんなが見守る中、ヒューとカリンの杖の先から飛んだ雷が、轟音をとどろかせて楔に落ちた。


 真っ二つに割れた石の胴体の中心には、巨人族の頭ほどもある魔石が入っていた。


 ◆◆◆


 瓦礫となったドラゴンはもう動かない。しかし消えることもなく、そのまま広間に転がっている。

 そしてそのがれきの下にある魔法陣から、淡い魔力光がこぼれだした。

 幻であるイリーナは、まるで瓦礫に下半身が埋もれたように見える。けれどもそんな見た目などお構いなしに、彼女は俺たちに話しかけてきた。


「あなた方の戦い、見せてもらいました。千年の間にあなた方と同等の力を持った者たちは何人もいましたが、この石のドラゴンが倒されたのは初めてです」

「試練には合格なのか?」

「紛い物の魔物では十分に模擬戦としての役割は果たせなかったかもしれません。けれども、この結果はあなた方の実力がそれなりのレベルであることを証明しました。試練は終了とします」


 そして壁際でなおも治療を続けていたゾラの方を向く。


「怪我をした方をこちらへ連れてきてください。私が治療します」


 ゾラが今更何をという顔つきでキッと睨む。しかしそれを押しとどめて、ヨルマがレーヴィを抱きかかえた。

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