第62話 首都クララック

 アルハラの首都クララックは、国のほぼ中央に位置する。

 アルハラの国土の大半は平野である。北のルーヌ山から流れる何本もの川が十分な水を運び、実り豊かな土地だ。

 たくさんの村が国中に点在し、人口も多い。気候もよく、危険な魔物が出ることも少ない。そのため街壁の外にある農地でも、多くの人が活動できる。

 栄えることが当然のような国ではある。だがしかし、その豊かさと安全を支えているのが、実は多くの奴隷だということは、アルハラの国民には意外と知られていない。


 かつて、この豊かな土地は、人の数よりも多くの魔物や凶暴な獣が闊歩する危険な場所でもあった。人々は魔物たちから逃れるために高い街壁を築き、その中で堅実に生活する。その傍ら、勇猛な若者が冒険者を名乗り、外で魔物を狩る。かつての勇者であったアルハラ国王が目指した、自分たちを鍛える方法だ。

 豊かな土地に少しずつ陣地を広げながら、将来必ず復活するであろう強大な魔物を倒すべく、屈強な若者を育てる。それこそが、かつての仲間たちと相談し決めた、元勇者の理想だった。


 しかしその勇者の想いは、いつしかいびつに形を変える。

 国王は代替わりを重ね、勇者の想いは薄れる。国王自ら先陣に立って戦うことはなくなり、いつの頃からか、ひとつの宗教が国を動かすようになった。

 国民のほとんどが信仰するハルン教。それによると、人族だけが神に祝福される。その祝福は髪の色に現れた。輝く金髪はその信仰の深さを表し、黒髪は魔の象徴だ。

 真っ黒い髪を持つ魔族は、隣にすでに強固な国を築いていた。そのため、迫害は魔の森にすむ民に向けられる。

 魔物の代わりに狩られた森の民は、人数こそ少ないものの有能な戦士だった。一人一人が膨大な魔力を持ち、その特性である身体強化は恐るべき脅威だ。しかし、数の力で抑え込めばなんということもない。そして彼らを同族の命で互いに縛り、命令を聞かせるのは簡単な事だった。


 奴隷となった森の民の多くは、国中の魔物や獣を狩る兵器として使われ、国土はいつしか安全に暮らせる、普通の豊かな土地になった。余力が余ればその中の幾人かが、魔国ガルガラアドへの刺客として育てられるようになる。ガルガラアドは、かつて共に戦った勇者の仲間が作った国。しかしそんな過去はもう、昔話にすら残っていない。どちらの国も過去は歴史の中に沈み、互いを疎ましく思っている。


 アルハラがガルガラアドに送り込む刺客は、使い捨ての勇者。

 いつか隣国と本気で戦う日の為に、少しでも力を削ごうと、定期的に作られる兵器。

 それが俺だった。


 もっとも、これは今まで見聞きしたことや、リリアナやアルフォンスの話を聞いて俺が思う事だ。

 実際にはもっと違う事情があるのかもしれない。物語はいつも、伝わる過程で変化していくものだから。


 ともあれ、俺はかつて勇者と呼ばれ、そして今また、新たな勇者がアルハラから旅立とうとしている。

 首都クララックは、新しい勇者の話題で沸き返っていた。一年もたたないうちに新しい勇者が誕生するなど、これまでに無かったからだ。もちろん、それは神託が下りなかったなどという表向きの理由ではなく、本格的にガルガラアドと対決するのを避けるためだったのだろう。しかしそのわずかばかりの遠慮すら止めたということは、そこまで二国間の関係は悪くなっているのか……。


「勇者は魔王を倒しに。ということは、また新たに捕まった同胞が……おるのかのう」

「リリアナの仲間が、そんなにすぐに捕まるか?存在さえ幻と思われているくらいなのに」

「そうよのう」

「これからどうしますか?」

「そうじゃの。すぐにガルガラアドへ向かって、できることならあの冠の魔道具について調べたいと思ったのじゃが、勇者の顔を確認して行こうかの」

「向こうで会うかもしれんからな」


 町中を歩き回って、小さな安宿にどうにか寝場所を確保する。

 俺達は勇者の出立の日まであと数日、クララックの町を眺めて過ごすことにした。


「やあ、お前さんら。部屋が取れたのかい?運がよかったなー」

「この宿は安くておんぼろだが、酒だけはうめえんだよ」


 入り口を入ってすぐの食堂で、昼間っから酒を飲んでるオヤジが声をかけてきた。


「よ、兄ちゃんらは、夫婦かい?どっちの奥さんも、若くて美人だなー」

「い、いや、私たちは……」

「まあま、こっちに来て一緒に飲まねえか?美人と一緒に飲む酒はうめえ」

「人妻を口説きゃしねえって。俺にも怖えカアチャンがいるからな。ははは」

「しかし、そっちのチビッこい娘さんは、ちょっと若すぎやしねえか?」

「若けえ嫁ってのは、それだけでイイもんよ。なあ兄ちゃん。がははは」


 席も埋まっていたので、結局オヤジたちの席に相席することになった。カリンは嫌そうだが、リリアナは夫婦認定を否定することもなく、楽しそうに話している。


「そなたらはアルハラの国民かの?」

「お、古風な言葉を使うねえ。そうよ、俺たちゃ近くの村から、勇者様を一目見ようと出てきたのさ」

「滅多にあることじゃねえからな。と言いつつ、前の勇者様の時も来たんだがな」

「ほう」

「兄ちゃんたちは、イデオンから来たんだろ?勇者様はアルハラの誇りだからな。しっかり見ていってくれよ」

「前の勇者様は、そりゃあ勇猛な方だったらしい。遠目でしか見てないが、女みたいにお綺麗な顔でな。しかし片手でカプロスの突進を止めるほどの力持ちだったとか」

「魔王と死闘を繰り広げて、相打ちで倒れたらしいぜ」

「そうか……。その魔王というのは何者だ?」

「他国の人間は知らねえのか。この国の北にはな、神の祝福を拒んだ途方もねえ罰当たりな一族がすんでいるのさ」

「そいつらは信仰のかけらも見当たらん真っ黒い髪をして、頭に角が生えているんだとよ。そいつらが崇めているのが魔王さ」

「悪の権化のようなもんだな。そいつさえ倒せば、奴らも目が覚めてまっとうな信仰を取り戻すことだろうさ」

「そのための勇者様だ。今度の勇者様はお若いらしい」

「本当はあと何年か修行してから出立なさるのが普通なんだが、神託によるともう十分に強いんだとさ」


 好い加減に酒が回っている二人は、聞きもしないのに勇者の話をしてくれる。

 その勇者の一人はここにいるんだが。ついでに魔王もな。

 オヤジたちの話に怒りで肩を震わせるカリンを、抱き寄せるように抑えた。


「分かっています。馬鹿なことはしない」


 俺にしか聞こえないくらい、小さく呟くカリン。今はごく普通の人族にしか見えない彼女の表情は、眼鏡の内側に覆い隠されていた。

 このオヤジたちが悪いわけではないのだ。これが彼らの真実なのだから。

 ひとしきり勇者について楽しそうに語った後、二人は村の話で盛り上がり、いつの間にか嫁の話になった。聞きもしないのにあれやこれやと愚痴をこぼしている。


 飯がまずい。いや、作ってくれるだけまだましだ。昔は細かったのに今じゃあ樽のようになっちまって。この前、うちに泥棒が入ったんだけど、カカアが叩きのめしたんだよ。最近じゃあ魔物も倒せるんじゃないかと思うぜ。お前さんたちは、夫に優しくしてやってくれよ。

 杯を重ねながら大声で陽気に話していた彼らだったが、まだ暗くなる前にそんな楽しい時間も終わりを告げられたようだ。背後に忍び寄った二人のオバサンが、容赦なく彼らの耳を捻りあげたのだ。


「お兄さんら、うちの人が迷惑をかけたね」


 そう言い残すと、オヤジたちの反論も許さず、そのまま耳を引っ張って前を歩く。そしてオヤジ二人はすごすごと部屋に帰っていった。


「いろいろ言ってましたが、案外仲が良さそうですね」

「そうだな」


 シモンの言葉に相槌を打ちながら、心の内では新しい勇者について、思いを巡らせた。

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