第63話 勇者の横顔
四日間、クララックの町を歩き回っていろんな場所で人々の話に耳を傾けていた。どこでも勇者と魔王の話でもちきりだったが、みんな大体同じような内容だ。
浮足立つアルハラの国民たちに交じって、他国からの旅人たちも祭りを楽しんでいる。しかしそれは皆、髪色の薄い人族であり、魔族や黒髪の人間の姿はどこにも見られなかった。
いよいよ、今日は勇者の旅立ちの日という朝、王城から北東へと延びる大通りには大勢の人が詰めかけている。俺たちは群衆からは少し離れて、大通りを見下ろせる高台から眺めていた。見通しはいいが普通だったらとてもじゃないがパレードは見えはしない距離なので、さすがに辺りに他の人の姿はない。
俺とリリアナは魔力を目に通して、遠見した。シモンとカリンには実況中継で我慢してもらおう。
眼下には早朝から良い位置を陣取ろうと頑張っていた人たちが、あちらこちらで小競り合いをしていたり、はたまた大声で勇者をたたえる歌を歌っていたり。その周囲には食べ物を売る屋台も出て、みんなが勇者の登場を待ち構えている。
「こんなに大きなお祭りは、なかなか見られませんね。リクさんの時も?」
「シモンは、聞きにくいことをズバッと聞くのう。しかし私も興味はある。どうじゃった?」
「俺の時も、こんな感じだったか……よく覚えてないな。パレードの時はあまり周りを見ていなかったんだ」
俺が勇者に抜擢されたのは、出立の日のほんの数日前だった。それまでは剣闘士として人や魔獣と闘技場で戦う毎日。そして同じような境遇の仲間たちの中から、ある日俺だけが呼び出される。その理由は強さではなく、四肢を欠損していないことや程よい若さで、見栄えの良いことが大きかったのだと思う。
国内や魔の森での魔獣討伐の仕事に駆り出されるときは、怪我をしても回収される。しかし魔王城へ送り込まれた勇者は、今まで帰ってきたことがない。
勇者に任命されてからほんの数日の間に、自分の役目を聞かされ、勇者らしく身なりを整えられる。防御のための宝具を首にかけられたが、それは身を守ると同時に俺の動きを制限する機能もあるものだ。
同行する聖女と槍使いと魔法使いに引き合わされたのは、まさに出立するその朝のことだった。彼らは勇者を無事魔王城に放り込むための護衛であり、俺を逃がさないための見張りでもある。ちょうど今頃、王城で新しい勇者と引き合わされているのだろう。俺の時からまださほど間がないので、同じ顔触れだろうか。
日が高く上り冷たい風も幾分かマシになる頃、ようやく城門が開いた。
飾り立てられたパレード用の馬車には、俺の時と同じく四人の男女が乗っている。槍使いと魔法使いは同じ奴だ。聖女は代替わりしたらしく、まだ幼い十代の小娘に見えた。そして伝統的な勇者の衣装を身に着けている者もまた、聖女と同じ年頃の娘……。
「ほう。此度のアルハラよりの刺客は、女勇者じゃの」
「女性ですか!それは珍しいですね」
「……クリスタ」
クリスタか。彼女が選ばれるとは……。
「知り合いかの?」
「ああ。剣闘士仲間で女は珍しい。あいつ、病弱な双子の弟がいるから、その弟を守るって条件でな。まだ子供のうちから荒事担当してたんだ」
今年で十五か、十六になっただろうか。クリスタは金髪に変えられた髪を風に揺らしながら、凛とした表情で正面を向いている。普段は黒髪をギュッと紐で括った姿しか見たことがないので、一見するとまるで別人のようだ。しかしまっすぐに前を見るその横顔は、危険な魔獣に立ち向かう時も崩れない、いつもの無表情だった。
そういえば俺の時も、きょろきょろせずに前を向いていろと、槍使いに言われたっけ。槍使いと聖女は大通りに集まった群衆に、愛想よく笑いかけて手を振っている。
「クリスタとクリストファーはこの国で生まれた子だ。さほど数は多くないが、奴隷同士の間に子が生まれることもある。立場は決して良いものではなかったな。あいつの父親は何代か前の勇者だったと聞いたことがある」
「……ほう」
「俺たちは成長してから捕まったのでアルハラを何よりも憎んでいるが、あいつにとってはアルハラと同じようにガルガラアドも憎い敵だ。それが勇者に選ばれた理由だろう」
「なるほどのう。私は親の仇というわけじゃな」
「お互い様だろ。リリアナも理不尽に命を狙われてきたんだから」
勇者一行の乗った馬車は、ゆっくりと大通りを進み、やがて視界から消えていった。集まった群衆は口々に万歳を叫びながら、まだ手を振って花をまき散らしている。
首都クララックを出るまでは、この馬車でのパレードが続く。町から出ると今度は質素な姿に身をやつし、いくつかあるガルガラアドへの侵入口へと向かうのだ。
そこから先は余計な戦いを避け、ひたすら身を隠して魔王城へと近付く。
「さて、どうするかのう」
「あっ……」
「ん? カリン、どうしたのじゃ?」
「いえ、あの、黒髪の人が見えましたので、珍しいなと」
カリンが指さしたのは、ここからだと通りの向こう側になる、群衆からは少し離れた場所だった。
眼に魔力を流して、そちらのほうを探すが、黒髪は見当たらない。
「あの、黄色い屋根の家のそばです。ぽつんと一人で立っている、多分女性だと思います。ここからだと顔までは全然見えませんが髪の色は目立ちますので」
「どいつだ……」
「おお、なんと。あやつはレーヴィではないか?」
そういわれて、よくよく見れば、レーヴィだ。真面目そうな三十ほどの人族の男性で、眼鏡をかけている。あのメガネは変装用で、そういえば幻影魔法を見破る力があると言っていた。カリンのかけている眼鏡もまた、同じような魔道具だ。
「カリンには、あれが黒髪の女に見えるのか?」
「女……かどうかは自信がありませんが、黒い髪なのはわかります」
「まだこのあたりで情報を集めていたのか、それともガルガラアドに侵入できずにいるのか」
「うむ。そのどちらなのかは、会って聞くのがよいであろう。せっかく見かけたのだし、行先もどうせ一緒ならばの」
「レーヴィさんですか!それは、久しぶりですね」
「知り合い……なのですか?」
「そうじゃ。同じ釜の飯を食った仲間じゃからな」
「それにしてもよくこんな人の多い街で、偶然見かけましたね。偶然って怖いなあ」
「そうじゃのう。じゃが、レーヴィにはお守りを渡しておったからの。あのお守りは縁を深めるゆえ。あ、そうじゃ。カリンにも渡しておこう。よく効くお守りなのじゃ」
そう言うと、リリアナは腰の革袋の中から無造作に、きらきらと光る魔石を取り出した。リリアナの髪の毛入りの国宝級魔石。
「なんと美しい……貰ってもいいのでしょうか」
「あばばばば……こんな場所であばばば」
不思議そうな顔をして受け取るカリンと、その横であたふたしているシモン。
これは後で説教だな。
焦るシモンの様子を見て笑っているリリアナは、夜に宿屋で正座させられる未来にまだ気付いていないようだった。
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