第32話 大陸へ

「お、そういえば、あれ食べてみようぜ!」

「あれ?ああ、あのお化けクラーケン!」

「いいな」


 浜辺で保存食を食べていたら、そんな声が上がった。

 船の修理にもう少し時間がかかるので、危険が少なそうなこの島で一晩過ごすことにしている。

 となれば、時間に余裕もある。さて宴会だ!


「宴会っつってもラビは我慢だぞ、お前たち! ポチのお友達だからな。がはははは」

「船長、ひでえっ。ポチの友達は食べられねえよ」

「カワイイですよねえ」


 ピョンピョンとラビに乗って辺りを跳ねまわっているポチに、船員たちもシモンも大喜びだ。

 ラビも普段食べない野菜を貰ってご機嫌にみえる。人の背を楽々と超えるほどジャンプしては、拍手をもらっていた。

 さて、船倉から持ってきたあの巨大なクラーケンの足の一部だが、冷凍したら透明だった身が白くなっている。


「毒は無いのは確かめました」


 レーヴィが言う。鑑定系の魔法は少し特殊で、魔法使いと呼ばれる魔法の専門家たちの使う技だ。自分の魔力と対象の魔力を混ぜ合わせて、その反応を見て判断するらしい。精度を上げるには経験と繊細な魔力使いが必要だ。


「毒がないなら、あとは味だが……」

「焼いてみようぜ」


 ゲルトがそう言って、端を切って鉄板の上に乗せた。

 ジュワッと音を立てて身が縮まる。宿屋の特製ソースを掛ければ、さらにジュウジュウという音とともに、香ばしい匂いが広がる。


「ほう、うまそうだな。どれどれ」

「あ!俺が焼いてたのに、ひでえ!」

「がはははは。お、おおお、これはうまいぞ!」


 船員の一人が口に放り込んだのをきっかけに、どんどん切り落として焼き始めた。

 お化けクラーケンの身はこれまでに食べた他のクラーケンよりも匂いが少なく淡白だ。歯ごたえがよく、噛みしめると甘みも感じられる。

 癖が少ないのでソースの味と合わさることでソースとクラーケンのどちらの味も引き立つように感じられた。


「刺身だとどうだ?」

「いや、ここは塩だけでシンプルに!」

「スープに入れてみるか」


 今まで食べたことのない食材を囲んで、皆で騒ぐ。出来上がった料理はうまいのもあれば、これは失敗だというものもあり、失敗もまた笑いのネタになった。


 その後は船の修理の続きだが、大きな損傷がなかったのは幸いだ。

 夜は島の岩場から釣った魚で、また宴会。この辺りだと船から釣りをするとどうしてもガブリが多くなるが、磯釣りは小魚が釣れて、船員たちにとっては逆に新鮮らしい。


 笑いながら夜が更けていく。見張りを残して眠りにつくのは、久々の揺れない地面だった。


 ◆◆◆


 海岸にはたくさんのラビたちが集まっていた。餌をくれる人間に警戒感もなく懐いたようだ。


「この島は普段船が立ち寄るような場所じゃねえからな。お前らもこのまま静かに暮らしていけるといいな」

「そうですね。みんな元気でねー」


 出航する船の上からこころなしか涙目になってラビに手を振るシモン。夜もラビに囲まれて野宿して、「ああ、この天国のような島!」って叫んでたからな。


 しっかり修理された船は、軽やかに海面を走る。いくつかのポイントで漁をした結果、念願の金クラもしっかり釣り上げることができた。一応補足しておくと、金クラは、金になるクラーケンのことだ。


 アクシデントもあったが航海は予定通りに終え、出航してから十五日後にネヴィラに帰港した。ネヴィラの町では、豊漁と無事を祝って、今度は大衆酒場で打ち上げだ。

 そんなこんなで、すっかり仲良くなった漁船の船員たちだったが、冒険者ギルドに金を振り込んでもらい、またの再会を約束しつつ別れた。

 豊漁と、思いがけずお化けクラーケンの足を何本か手に入れられたことで、しっかりとボーナスも付いている。これで大陸に渡航する費用は充分に賄えるはずだ。


 町に宿を取り、ポチは久々にリリアナの姿になった。数日後の、大陸行きの船に乗るまでの間に、町で装備を整えないといけない。


 お化けクラーケンと共に巨大な怪物に飲み込まれた剣は、少し財布に余裕が出来たため、ワンランク上の剣に買い替えることができた。もちろんそれでも汎用品だが。

 傷んだ革製品を手入れして、靴も新しいものを買う。


「服は、大陸に渡ってから買い揃えた方が良いでしょう。向こうはこちらと気候も違いますし、その土地の服を着たほうが何かと都合が良いですからね」

「そうか。ところでシモン。お前、本当にこの国を離れてもいいのか?」

「もちろんです! リクさん、連れて行ってくれるって言ったじゃないですか」

「あ、ああ。それはお前がいれば何かと助かるが」

「僕は、冒険の旅に出るのです。リクさんとリリアナさんと、そしてポチと一緒に!」


 ポチは別枠なんだな。


「それにしても、ラビたちは可愛かったですねえ」

「そうじゃな。また会えることもあるかものう。ふふふ」


 歩きながらあちらこちらの店先を覗いていたが、土産物売り場にちいさな木彫りのラビの飾り物が置いてあった。

 紐がついていて、ベルトやカバンに結び付けられる。

 リリアナが黄色、シモンは赤、俺は緑色の紐がついたラビをそれぞれ買って、腰に下げた小物入れに結び付けた。


「それにしてもこの国の者たちは、みな陽気で気の良い者たちばかりであったのう」

「いつかまた、ここに帰ってきたいな」

「そうですね!」

「ふふふ。そうじゃな」


 リリアナがにこにこと笑いながら、木彫りのラビを撫でた。


 船のチケットはもう買ってある。出航前日には保存食も買い込んだ。船内では食事が出るが、旅に出るときは食べるものだけは持ち歩くべきだろう。

 船は月に二回、大陸とこの町を往復する。クラーケン漁船のような高速船ではないが、およそ四日で大陸に着くらしい。

 大きいので揺れも少なく、旅慣れぬ者も気分が悪くなることなく過ごせると、チケットを買うときに言われた。


「チケット見せて。はい。船内じゃあ剣を振り回したり魔法を使ったりは禁止です。特に火魔法使ったら海に叩き落としますからね。はい、次の方、チケット見せて」


 乗船時にいちいち確認しているところを見ると、客同士のトラブルもあるのだろうな。

 部屋に荷物を置いて甲板に出ると、そこには見知った顔がいた。


「レーヴィ!お前もこの船に乗ったのか」

「おや、リクさんにシモンくん、それと……」

「リリアナという。よろしくの」

「リリアナさんですか。レーヴィと言います。こちらこそよろしくお願いします」


 ポチさんが見当たりませんね……と小さな声で囁くレーヴィ。

 何やら一人で頷いているが、さてどうなることやら。

 旅はまだ始まったばかりだ。

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