第7話 肉を食おう!

「なあ、ポチ」

「くあ?」

「お前、肉は生で食べるよな?」

「……ぐええ」

「嫌なのかよ!」


 巨大なカプロスをまずは皮だけは取ろうと奮闘した。

 使える刃物が刃こぼれした大剣だけではなかなか難しいのだが、魔力を使えばできないことはない。森に住んでいたから、解体は子どもの頃に何度もやらされたのを思い出す。

 手の爪からほんの2センチ、魔力を絞り出して刃物のように尖らせて使う。

 火や水を出すのと違って、要領はどちらかというと身体を強化するのに似ている。長さこそ足りないが、脂肪がついても手を降れば落ちるので、切れ味が変わらない。普通、刃物の切れ味というのは、案外あっという間に落ちてしまうものだからなあ。


 魔力は不思議だ。

 目に見えるものではないが体の中を巡っているのはわかる。集中すればじんわりと、そこが熱くなる。どんな仕組みかは分からないが、なんとなく使える。手や足を何も考えなくても動かせるのと同じように。


 魔力を外に出して使う火や水、氷といった魔法は、人族も魔族も得意だ。しかし俺たち混ざり……いや、森の民だったな。俺たち森の民にとっては外に魔力を出すのが、何故か難しい。

 しかし難しいとは言えど、まったく不可能なわけではない。俺だって体から絞り出した魔力にイメージを与えてあげれば、様々なものに形を変えることも出来る。小さな種火であったり、少しだけのどを潤す水や氷であったり。その規模が小さいので、攻撃手段には使えないが、野営にはとても助かる技術だ。


 それに、人族ほど上手ではないが、自分の魔力を人に流し込むことによって、怪我を治したり逆に害を与えたりすることも出来る。もちろん魔力を相手の体の中に送り込むなんてのは、俺には簡単には出来ない。まして害を与えようとすれば、その相手の体内魔力で対抗されるので実用的ではないんだが。

 そう言えば土や金属、木などを出すことは俺の知っている限りでは出来ない。魔法でナイフを出せれば、それが一番手っ取り早いのに残念だ。


 そんなことを考えながら巨大なカプロスの皮を剥ぎ終わったら、いつの間にか辺りはうす暗くなってしまっていた。

 毛皮の処理の続きは明日にまわして、そばの浅い小川に石を乗せて沈めておく。


 よし。次は肉だが……

 その前に大急ぎで、さっき拾ってきた木の枝や枯葉を集めて、地面に積み上げる。


「多少湿っぽい葉と生木も多いが、ま、どうにかなるだろ」

「くあ?」

「炎の魔法、苦手なんだよなあ」


  絞り出すように少しだけ指先から魔力を出して、小さな種火を作る。それで枯葉に火を付けようとするが疲れているからだろうか。それとも落ち葉に湿気があるからか、なかなか上手く火がつかない。

 と、その辺を駆け回っていたポチが、俺の方に来た。そして薪の山に近付くと、くえっ、くえっと鳴きながら、ポンと前足を乗せる。ボウッと音がして、大きな火がポチの前足から吹き出す。


「お、ポチ、お前すごいな」

「きゅっ」

「魔法、俺より上手だな!」

「きゅきゅっ!」


 鼻をツンと上に向けて自慢げに鳴いてから、ポチは火の周りでピョンピョン跳ねて遊び始めた。

 枯葉から枯れ木へと火は燃え上がり、急ごしらえの野営場所は明るく照らされる。その炎は燃えるように赤いドレスを着た少女と、その腕に絡みつき俺に襲い掛かった炎を思い出させた。しかし不思議と、あの時の痛みはぶり返さない。今はただ穏やかな気持ちで、その美しい炎を見つめていた。


 ◆◆◆


 そういえば、夏とはいえ夕方になれば気温も下がり、ひんやりと過ごしやすくなるものなのに、今日はいつまでたっても涼しくならない。


「こりゃあ、ずいぶんと南に飛ばされたかな」

「くえっ」


 ポチが分かったような顔でうなずく。


 俺が奴隷として働かされていたのは、大陸の南の端にある「神の国アルハラ」だ。ただ一柱の神ハランを信仰し、人族のみが人間であり、人族のみが正しいという国。あちらこちらから連れてこられた他種族たちは、人権を持たず奴隷として働かされている。大陸の国々の中では温暖な気候だが、冬には雪も降るし真夏でも夜は程よく過ごしやすい。北は険しい山、南は海。西と東で同じくらいの規模の国と接している。


 俺が勇者として送り込まれたのは、アルハラの隣国「魔の国ガルガラアド」。アルハラの東に国境を接している。ガルガラアドは、魔族と呼ばれる種族だけで作られた国だ。大きな魔力を持ち黒髪で頭にねじれた角が生えている。魔法の使い方に長けていて、他の種族を亜人と言って軽視している。国境を接しているからか、どちらも単一民族に近いからか、アルハラとガルガラアドは、ずっと昔から仲が悪かったらしい。

 ガルガラアド中でも王城があるのは北のほう。高い山地の麓で、魔王城への旅の途中は夏なのに夜の冷え込みに悩まされるくらいだった。

 ということは、だ。

 世界の裏側にでも飛ばされたんでなければ、ここはアルハラよりも南、つまり大陸ではないのだろう。大陸の南側の海にはいくつかの小さな島々と、大きな島国があるらしい。子どもの頃に習ったが、あまりちゃんと覚えていないのが悔やまれる。

 しかし、だ。どちらにしても、ここはアルハラともガルガラアドとも国境を接していない可能性が高い!

 それに思い至った俺は、この上なく気分良く、野営の準備を進めたのだった。



「ちなみに、俺たちの一族が住んでいるのは、アルハラの西の国境上にある広大な『イリーナの森』の中だ。人族には魔の森なんて呼ばれてる」

「くえ、くえ」

「なにしろアルハラ人に捕まれば奴隷だからな。危険な森の中にひっそりと隠れ住んでいたんだ」

「くあ?ぐええ」

「ん?ああ、隠れ住んでたと言っても、西側の国とは細々とではあるが、交易もあったんだぜ。俺は話に聞いただけだけどな。捕まった頃はまだ成人したてだったので、森の外との交易に付いて行ったことは無かったんだ」

「ぐああ……」


 ぽつんぽつんと、思いついたことをポチに語りかけながら、カプロスからどんどん肉を切り取っていく。

 食料は貴重だが、持ちきれないうえに食べきれないほど欲張っても仕方がないだろう。俺の体重の何倍もあるカプロスだ。どうせ全部食べきることはできない。切りやすそうな位置にある部位から、適当に、さっさと。


 火も起こせたので、次は肉を焼く。

 今日食べる分は、そのまま木の枝に挿してたき火にかざした。

 残りの肉は干し肉にする。塩はないが、できるだけ薄く切って今度はカラッカラに乾燥するまで煙でいぶすつもりだ。

 このまましばらくは森に住むことになるだろう。というか今はまだ、あまり人里に出たいという気持ちがない。明日には森を散策して、もう少しいい場所に居を構えよう。

 カプロスの肉も、持てるだけは干し肉にして持っていくことにし、残った肉は森の獣たちに処分してもらえばいい。


「ほれ、ポチ。お前も食うか?」

「くえっ」

「塩もねえけど好きなだけ焼いた肉が食えるんだ。文句は言えねえな」


 ポチは前足で焼いた肉を押さえながら、かなりの勢いで噛り付いている。

 俺もしばし無言で、味の文句など言う暇もないほどガツガツと食った。


 本当はこの後、残りの肉を薄く切って干さなければ……

 そんなことを考えつつも、まぶたが重く、瞳を覆い隠す。

 そのまま意識もどこか深くに沈み込んでいるとき、ふんわりとまた、柔らかい暖かいものが俺を包んだ。

 ポチか……

 すまんな。

 今日はもう寝かせてくれ。

 遠くで誰かの声が聞こえた気がしたが、俺の意識はそのまま、暗い暖かい場所へと落ちていった。



「ああ。ゆっくり寝るがよい。ここは安全だ。私が見張っておるゆえな。この顔の火傷の跡……少しは良くなればよいがの」

 火傷を負った頬に優しい魔力がそっと染みこんでいった。

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