第3話 子狐?
赤いドレスの上にちょこんと座る、それは頭を血で赤く染めた真っ白な毛の狐だった。
現れ方からしても出血の位置からしても、おそらく少女が
「くえっ」
「なんだお前、本当に魔王か?実は獣だったのか?」
「くえっ!ぐえええー」
狐にしては、鳴き声がちょっとおかしい。そもそも、ただの狐が人に化けることは出来ないだろう。
ではこの子狐の姿こそ人が変化したものなのか。しかし、まるっきり動物のように変化する魔法など、人族や魔族だとしても知られていないはずだ。ここに来るときに俺に掛けられた目くらましの魔法は、せいぜい髪や肌の色を変える程度のものだった。顔を変えることすら出来ない。ましてやこの子狐みたいに、俺の肩ほどもある少女から、この小ささに変えるなどと……
いくら一人で考えても、魔族の魔法にはそれほど詳しくない。俺が知らないだけで、そんな魔法がもしかしたらあるのかもしれない。
しかし……狐だとしても、人だとしても変なやつだ。
「きゅ!ぐええ!」
「なになに?怒ってんのかよ? えー、どうすっかな、これ」
首根っこを掴んで顔の前まで持ち上げると、ジタバタと手足を動かしている。頭は怪我しているが、今では血も止まって何だか元気そうだ。こうして見れば、先程まで戦っていた少女とは到底思えないし、殺気もなく、ただただ可愛い子狐にしか見えない。
どうしたものか。
「俺が倒せって言われてるのは、魔王であって狐じゃないからな。うん。放っとくか」
「くああっ」
「なに言ってんのか分かんねーよ」
ジタバタして変な声で鳴いている子狐を、ポイっと赤い服の上に置いてこれからのことを思案する。俺がうけた命令は魔王討伐だ。この子狐を切って帰れば、はたして魔王を討伐したことになるのだろうか。
「魔王を倒した暁には、アルハラ国に戻って報告をするのだ。そうすれば奴隷から開放して晴れて自由の身になるであろう」
そんなことを言っていたな、俺の飼い主だった貴族は。
信用できるかってんだ。
のこのこ帰ったら絶対に殺される。またはどこかの戦場に放り込まれるはずだ。アルハラ国には帰らないほうが良いな。
そもそも、俺が魔王を切ったという証拠もない。今こいつを切って首を持って帰っても、それはただの子狐だ。まったく、魔族のやつらめ!なんていう罠だ。苦労して魔王を倒したと思ったら子狐に変わるとは。
しかし魔族は誰一人戦いを確認にすら来ないということは、戦いが完全に終わってあの少女がこの部屋から出て行くまでは、部屋に入って来ないようになっているのだろう。
つまり、今がチャンスだ。ここなら見張りはいない!扉は閉じたままで、内側にいる俺も安全だ。そして魔王は……子狐に変わったし。まったく訳がわからん。とにかくだ、窓か天井か、どこかから脱出して自由をつかみ取るんだ。
「逃げるなら、今だな。さてどこから……」
「きゅ!ぐあー」
「お、おい、なんだ? どうしたんだ」
狐がフラフラと足元に歩いてきて、俺のズボンのすそを噛んで引っ張った。
どこかに連れて行きたいのか?
もしかして餌か?何か食べたいのか?
さっきまで戦ってきた少女の面影はもうない。
毛並みがふわふわの子狐は、森に住んでいた頃に飼っていた犬を思い出させて、心が和んだ。
もう一度、ひょいっと掴み上げて、子狐の引っぱっていた方へと行ってみる。一段高くなっている立派な玉座の横を通り壁際近くまで進むと、子狐が身を震わせて俺の腕の中から飛び降りた。玉座の裏側は簡素で、何も置かれていない。
そして子狐は、その何もない床をちょんっと軽く前足で叩く。すると、みるみるうちに、綺麗に磨かれた床に複雑な文様の魔法陣が描かれたではないか。
「この魔法陣……どこかで似たものを見たことがあるな。そうだ、ダンジョンで。転移陣か!」
「きゅ!」
「なるほど、これで脱出できるのか。お前、賢いな」
「くええ!」
子狐は自慢げに鼻をツンと前に突き出した。
おそらくは魔王が脱出するときに使う隠し通路のようなものなのだろう。しかしこの子狐は囚われの身だったようだし、これを使って逃げようとは思わなかったのだろうか。あるいは転移陣の存在は知っていても使えなかったのか?今ではくええっとしか喋らないので、事情はおれには分からないのだが。
「なあ、子狐。お前も一緒に行くか?」
「くえっ」
「そうか。じゃあ一緒にな。行く先は分からんが、元々お前の為の脱出経路だろうし、まあどうにかなるだろ」
「きゅ、ぐああ」
「罠だったとしても……いまより状況が悪くなることはないだろうさ」
ドアの外にはおそらく大勢の魔族が、中から扉が開くのを待っている。どのみち厳しい戦いになるだろう。それに比べれば、行く先が分からない転移陣に飛び乗るのも悪くない。
せっかくだから豪華な調度品でもいただこうかと、部屋の中を一周、歩き回った。だがよくよく見れば、そこはきらびやかな玉座こそ置かれているものの、壁も戦闘に備えて強化しているだけで、絵の一枚も、装飾過多の武器の類も飾られていない。ドアは分厚いうえに素材もよく分からない硬そうなものだ。落ち着いて見れば、とても魔王の玉座のある部屋とは思えない。
その玉座ですら綺麗な色で派手に塗られてはいるものの、よく見れば高価な宝石など何一つ使っていなさそうだ。
金になりそうなものと言えば、ひとつだけ入り口のドア付近の床に転がっている。先程の戦いで魔王から弾き飛ばした、角型の王冠なのだが……
「これ持っていくと、なんか呪われそうだよな……」
「……きゅ」
そばでよく見てみると、それは冠にはなっていなくて、二本の魔族そっくりのねじれた角が根元で繋がっている髪飾りだった。キラキラと美しく黄金色に光る角で、見るからに高価そうなものだ。だがその下、頭につける部分からは赤黒い繊維のようなものが無数に伸びて、今もまだ床で
黄金の角の周りには血が飛び散っている。それは多分角が剥がれるときに魔王の頭から流れた血なのだが、蠢く繊維はどうやらその血溜りを探しているらしい。うねうねと、どうみても生きているとしか思えない動き方で、とても気持ちが悪い。
「焼いてみようかな?」
ふと、何気なくそんなことを思いついた。この気持ち悪い繊維みたいなのを焼き切れば良いのでは。
魔法はあまり得意ではないが、生活魔法程度の炎は出せる。周りを見て、ちょうど火がつけやすそうなものを見つけた。少女の着ていた赤いドレスだ。これに魔法で出した種火を付けて、息を吹きかけ火を大きくすると、そのまま角の上に乗せてみた。
「ギュエエエエォゥォウウオォ」
燃え上がるドレスの下で、角が悲鳴のような鳴き声のような、変な音をたてた。
「げっ、気持ちわりい」
「ぐあああああっ」
そしてほんのわずかな時間で、ドレスは燃え尽きてしまう。
火が消えた時、灰の下には角の部分の黄金すら跡形もなかった。
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