第6話 奥さまはカンストしている

 ユリウスは文句と小言が多い。でも、顔はイケメンである。

 マネキンのことでガッツリしかられたけれど、驚く彼の顔はものすごく可愛いのだ。虐めたくなるのである。


「ごめんなさい」

 口先だけで謝罪をしたけれど、私はその後もマネキンを使用した悪戯を続けた。

 出し入れが簡単にできるので、夜ちょっと廊下に展示しておくだけなのだけれど。

 夜トイレに起きただろう彼の叫び声を聞いて私は目覚めた。彼が状況を理解し私の部屋に怒鳴りこんできたときは最高だった。


「廊下にこんなものを置いておくなんてどうかしている。何の嫌がらせだ」

「ごめんなさい、部屋を片付けるように言われたので整理のため一時的にだしていたのですが、一つだけしまい忘れたようです~」

 などとしらじらしく言っておく。

「2回目だぞ」

「ごめんなさい~、だってつまんなかったし。ユリウスって怒った顔最高に可愛いね」

「君の愛情表現はねじ曲がってる。普通の愛情表現はできないのか?」

「ユリウスだって、嘘と偽りにまみれた愛情表現しかしてくれないじゃない。おあいこよ」

「…………わかった、明日は遠出をしよう。君を家に閉じ込めておこうとしたのがそもそもの間違いだったんだ」




 そんなこんなで、私達は次の日街の外のエリアにいた。

 初心者の街なので、街の周りにはザコモンスターが沢山沸く。けれど、ほっておいても特に困るものではない。


 そう言えば戦闘って、この世界にきて初めてかもしれない。ゲームでは散々してきたけれどできるのかしら。


「援護するから、家ではなく外で暴れてくれ」

 真剣な顔でそう言われた。



 私は屈伸をしてから、近くをぴょんぴょんと跳ねる一角ウサギに狙いを定めた。

 HPは低いが素早さの高い敵だ。

 狙う、殺す。

 走り出した私はホンの数歩でトップギアに切り替わった。後は簡単だった。逃げようとフェイントするウサギになんなく蹴りを一発お見舞いした。

 私の蹴りが入ったウサギは派手に吹っ飛び地面に叩きつけられ消えた。地面には角が1本残るのみだった。

 所詮ザコモンスターだから1発か。

 ゲームの時のように、こうしたいと思えば身体がその通り動く不思議な感覚だった。


「なかなか鍛えているようだな、ここではなくもっと奥のほうに行こう」

 そう言われて森の奥のほうに入るが、どの敵もワンパンだった。




「ちょっと待て……いったいどうなっている」

 ユリウスが何がきても1発で難なく倒してしまう私にそう切り出した。援護する気はあったようで杖を構えてくれているけど、今のところ1度も彼の出番はない。

「この辺の敵ならほぼワンパンね」

「いやいや、『ほぼワンパンね』じゃない。尋常じゃない速度で狩ってるじゃないか」

 そういうユリウスの後ろの木から蜘蛛の魔物がツーっと垂れてきている。

 これは危ない。



 ひとっ走りして狙いを蜘蛛に定める。

「おい、何だ。何を」

 蜘蛛に気付いてないユリウスは私になんかいろいろ言っていた。

 彼の頬をかすめて後ろにいる蜘蛛を殴った。

 蜘蛛ははじけて消え、後ろにあった木の幹に拳がめり込んだ。


 蜘蛛を殺すだけのつもりが壁ドンを決めてしまった……。

 顔が近くなって、ユリウスも照れてるのか真っ青だわ。

「あっ、青くなった。壁ドンされるのは初めて?」

「いやいやいやいやいやいや。何が『あっ、青くなった』だ。ときめいて顔が青くなるっておかしいだろ」

「えっ、顔色が変わるくらいキュンとしたんじゃないの?」

「心臓がキュっとなったんだ」

 どんなふうにときめいたとか言うとは思わなかった。

「心臓がキュンとしたと……少女漫画みたいなことでときめくとは意外」

「違う、ときめいてない。死んだかと思って心臓がキュっとしたんだ。心はキュンとするどころか死んだかと思ったぞ」

 ユリウスは少々大げさである。



「壁ドンで人は死なないわよ」

「壁ドンっというのは、壁に女性を追い詰めて手を壁にドンとつくあれだろ。今のは壁ドーーーーーーーーーーンだ、壁ドーーーーーーーーーーン。自分の手が今どうなってるかよく見てみろ、木にめり込んでいるし、木のくずがパラパラ落ちるのが壁ドンだと言い張るのか君は」

 そう言われて意識してみると、私の拳は見事に木にめり込んでいるし、蜘蛛ははじけ飛んで消えていて下にドロップ品が散らばる。


「ユリウスにあたってないから、ちょっとめり込んでいるけれど壁ドンじゃない? 自分ではわからないかもだけど、ユリウスの顔も真っ青だし」

「ちょっと? 木に拳で穴をあけておいてちょっとと言い張るのか君は。この血の気の引いた私の顔をよくみてみろ、どこがときめいてるというんだ。怯えて真っ青だわ」

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