NPCな貴方

四宮あか

第1話 ストレス社会

 最近の社会はストレスがたまる。

 顔の見えないネットの世界では普段抑圧されていた分、ストレスのはけ口となっている場面が多くみられると私は思う。と言う私も、ネットで憂さ晴らしする一人である。


 といっても、対人相手にやる度胸はないし、さらされるのは怖い。

 かといって、AI機能が備わったNPCに行った場合も名声がグーンとさがったり、ひどい時には、街中から総すかんになったりする。


 そこで目をつけたのが、始まりの街である、大きな街の城の中の一室にいる。

「用がないのならば、話しかけないでもらえないか」

しか話さないAI機能なし、金髪イケメンの名前すら『まじめな術師』としか表示されないNPCに私は目をつけたのだ。

 ここは一番初めに拠点になる街なのだ。

 大きな街でクエストもいろいろあったけれども、すでに大半のプレイヤーは次やその次の拠点になる街に移動してしまっている。

 ゲーム開始から月日がある程度たった今、初心者くらいしかいない街なのだ。

 最近は一人でレベルあげして次の街へではなく、ギルドに所属して手伝ってもらったり、リアルのフレンドに手伝ってもらってとりあえず次の街を拠点にして行く人が大半のためとにかくプレイヤーの少ない街だったのだ。


 そのため、城の一室などクエストにすら関係のない場所には人っ子一人いない。

広い部屋には、『用がないのならば、話しかけないでもらえないか』だけしか話さない……いや、話せないイケメンしかいない私にとってはストレス発散の穴場だったのだ。

「やほやほヽ(´ー`)ノ」

 ゲームのチャット画面特有のおちゃらけた顔文字で今日も彼に話しかける。

「用がないのならば、話しかけないでもらえるか」

「用ならありますよ~。ねぇねぇ、今日こそ名前教えてよ~。パンツって何色履いてるの? ずっと此処にいてつまらなくないの?」

「用がないのならば、話しかけないでもらえるか」

「そんな冷たいこと言わないでよ。ねっ、パンツ。色をいうのが恥ずかしいならちょっとだけ見せてよ。ねぇねぇ|ー゚)」

 パンツパンツパンツとパンツの色をしつこく聞いたり。


 名前教えてよ、何歳なの? 彼女いるの? ねぇってば~とセクハラ混じりに、延々と話しかけるなという彼に話しかけ、普通の人に同じことをしたら絶対嫌われるであろう卑猥な言葉を毎日投げかけ。

 ある時は、上司の悪口を酒を飲みながら4時間、いわゆる絡み酒したり。

 またある時は、あの客のクレームが理不尽すぎるという話を延々と聞かせたり。

 そして、またある時は、また友達の結婚が決まった~嬉しいけど私だけ独身は嫌だ、結婚して結婚しようよ、よし、今日は結婚するって言うまでログアウトしないぞと最悪の絡み方をしながらゲームを楽しむこと半年。


 その時はついにやってきたのだ。

 今日も私はビールを片手に、酔いが軽く回ってきた状態でほぼ日課になってる、金髪君へのセクハラを始めたのであった。

「職場の後輩がまた、私より先に結婚が決まったっていうんだよ……仕事散々フォローしてやってたのにさぁ。あいつ男とは会う時間あったんだよぉぉおおおおおお」

 もうしょっぱなから絶好調だった。

「もう、今日はパンツの一つでも見せてもらわないともう、納得できない。ログアウトせずに此処に居座ってやるもんね」

 今日の絡み酒はキレッキレだった。

 いつもであれば彼はこういうのだ。

「用がないのであれば、話しかけないでもらえるか」と。

 しかし今日は違ったのだ。

 彼の足もとに見たことがない金色の魔法陣が浮かび上がる。


「おっ、ついに私へのウザさと怒りがカンストしたって~の。残念でした~やられたってすぐに女神さまのところに戻されるだけだから、私は何度でも戻ってくる。アイウィルビーバックよ! そしてまた貴方に絡むんだからね」

 そう私が捨て台詞をはいた時だった。

 画面から黒い手が出てきたのだ。

 そして、私の胸倉をつかんだそれは私事またパソコンの中に入ったのだ。



 鈍い感触がして痛みが走る。

 痛い痛い、飲みすぎてハメを外してしまったか。

 そう思って私は身体を起こした。

「やぁ、やっと会えたね」

 普段無表情な彼がにこやかに笑う。

「嘘……嘘…嘘…嘘だ……」

 茫然として私を見下ろす金髪の男を見上げた。

 彼がいつも手に持っている杖が私の喉元にあてられる。

「君がほんとーーーーーーーーーーーーにウザくてウザくてたまらなくて。どうにかしてやろうと知識を総動員して君に絡まれている間も君を撃退するにはどうするかずっと考えていたんだよ」

「ちょっとまった、ちょっとまって、ねぇ。話し合おう、話せばわかるから落ち着いて」

「話しかけないでもらえるかお願いしていた私に君は何をしたかな?」

「……パンツの色を聞いたり、結婚を迫ったり、名前を教えろっていったり、日常生活の愚痴を延々と聞かせたりかな」

「冥土の土産に一つだけ教えてやろう、私の名前はユリウス。この世界唯一の賢者まで上り詰めた男だ。潔く逝け、ヘンタイめ」

 そういうと、まじめな術師あらためユリウスは杖を両手で持つと詠唱を始める。

 私の足元にはゲームでみたことがないほどの大きな魔法陣が私を中心に出現。

 この部屋では収まらないその魔法陣は壁で見えなくなっているけれど、隣の部屋にも続いているのだろう。


 出現する魔法陣の大きさは、使う魔法の威力と比例する。

 このレベルの物は見たことがないし、本気で私を骨のひとかけらどころか、消し炭にするつもりできてやがる。

 ヤバい詠唱を中断させないと死んでしまう。

 私はいつものキャラクターが腰にタガーを下げてるのを思い出し、構えてユリウスに踏み込む。

 しかし、すでに強化魔法と防御魔法が何重にもかけられていたのであろう。

私のタガーはあっさりと魔法の障壁に吹っ飛ばされてカランと音を立てて部屋の隅に飛ぶ。

 このままではまずい。

 どうしたらいいの? 私今死んだらどうなるの?


 ユリウスはざまーみろと虫けらを見つめるかのように私を見つめながら詠唱を続ける。

 形のいい唇が、迷うことなく長い詠唱呪文を唱えている。

 一か八かだ!

 私はユリウスに向かって全速力で走る。

 と言ってもほんの数歩の距離だけど。

 障壁があるから無駄と言わんばかりにユリウスは余裕があった。

 私が障壁を突破するまでは。


 私はユリウスにヘイトを向けてないし、少しでも攻撃するそぶりを見せれば、防 御魔法が反応して私は吹っ飛ばされるだろう。しかし、私の目的はそうではない。

 ゲームでは絶対的ない方法で私は彼を止めるのだ。


 大魔法で私を消し炭にするべく、言葉を紡ぐその唇にキスをしてふさいだのだ。

 






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