第六節 新入生代表の、優雅な日常茶飯事。 その四
青一郎の担任・
静まり返る男子側の六面コート、中央付近に士紅は居た。
青一郎が貸したラケットを抱え、コート中央の仕切り網越に、士紅は空いた白い手袋に包まれている手を差し出している。座り込む赤毛の部員へ、試合終了時に交わす握手を求めていた。
「無礼を承知で相手をしてくださって、
士紅から発せられた〝
その証拠に、ソバカスが目立つ顔には、憑き物が落ちたような表情が浮かんでいた。
それから少々の間の後に、立ち上がった赤毛の部員は差し出された白い手に触れた。彼は表情を笑顔に変え、しっかり握手を交わす。
シャートブラムは意気込みが空回りし、五球を挑むもラリーにもならず顔色を失い、早々に取り巻きと一緒に退場しており、既にいなかった。
「……
人垣に、同じ組の相手を見付け呼び止めた礼衣は、青一郎と昂ノ介を残し、聴取へ向かった。
一種の見せ物と化している状況は、隣で部活動をしていた女子庭球部や、屋外部活動組が集まっている。
そのうねりは、下校途中の生徒をも呼び込んで防護金網を囲み、練習場が見える校舎からも、顔を見せる生徒で鈴なりの窓もあるくらいだ。
そんな時、無責任に歓声を上げていた音の
「ふざけんじゃねェよ! こんなもの、誰が認めるもんか!!」
一言が火を
「大体、おかしいじゃねェか! 俺達は、こんなボロボロにされたってのに、コイツは息も切らしてねェし汗の一つも流してねェんだぞ!」
「この
次第に野次馬達の声が引き、部員の声が内容が内容だけに際立つ。確かに、士紅の姿に乱れがなさ過ぎる。
およそ一五〇人を相手に一球勝負をしたとは考えられなかった。汗を拭った形跡も、
野次馬の好奇から、不審に変わりつつある視線。憶測は口々に乗せられ、
「想いたければ、想えば善い」
あっさり泥を被る士紅に、仕掛けた側が絶句する。
「大汗を流して、熱暴走を起こすのは無駄な動きばかりだからです。コーラット先輩」
会った事もない新入生に、コーラットは名前を差され、本人は流れる汗が冷える心地だったらしい。落ち着きを失い、その表情には焦りが見て取れる。
「その手の薬は、こちらでは高額なので私の小遣いでは買えません。ウォレンデ先輩」
相場を心得ている方が異常だろう。などと、この場の空気で指摘出来る
士紅の
「あーァ。やってらんねェよ。こんな事」
「同感ー。やりたきゃ勝手に一人でやれよバーカ」
士紅の相手も、反論も放棄し、服装も態度も悪い部員達は行動を共にする。
「お、おい、どうする?」
「ここで突っ立ってても、仕方ないだろ。流れで、続けばイイんだよッ」
他の男子部員が、お互いの顔色を
「え、なになになにー?」
「もう終わっちゃったー?」
「でもでも、最後ワケ分かんなかったけど、面白かったよねー」
「だよねー」
部活動に戻るよう促す声。帰りを確認する声。寄り道の行き先を問う声。遠ざかる生徒達の靴音が、冬の大気に乱反射した。
「これは、これは。無理を言って出勤した甲斐がありました。
主に生徒で構成されていた人垣が散り、薄くなった
中肉中背の四肢を、紺のシングルスーツに包む男性だった。冬の季節にも関わらず肌は陽に焼かれ、少しだけ茶色掛かる黒髪に、黒色い瞳の典型的なリュリオン人。年格好は青年以上、壮年未満。
印象的な、厚みのある藍色の縁をしたオーバル型の眼鏡。その奥には、見る物全てが楽しいと言わんばかりの
「この話し、受けて正解でした」
感情は口元を浸食し、実年令よりも若い笑みが浮かぶ。過去の経験と、未来に描く予想図に
「
運動不足も手伝い、息切れを起こしている中年女性教師が探しに来たようだ。
「済みません、生徒達の集まり方が気になってしまいまして」
困り顔を作り、
「集まるだなんて、何があったんです? こんな所で、本当に、止めてくださいよ、縁起でもない」
酸欠で陰るだけではない顔色に変え、中年女性教師は怯える素振りを態度に表す。
この庭球部は、教師すら距離を置きたがる場所だと証明しているようだった。
「あはは~、縁起でもないなんて言わないでください。もうすぐ、私の居場所になるのですから」
「先生、悪い事は言いません。特に、男子庭球部には口出しは無用でお願いしますよ。適切な距離を保つのが、先生のためでもあるんです」
ようやく整った息で、中年女性教師は妙な忠告を語る。
「医薬品搬入口が分からないと困るのは、
「あはは~。済みません、そうでした」
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