第86話21話 慢心 side誘拐犯

 

俺は小国の諜報員として、ユグドラシア王国に長年潜入していた。

ユグドラシア王国は、この大陸で有数の大国だ。

対して俺達の国は大国に挟まれた小国で大した特産物もなく、他国の特産物を別の国に運んで売ることで細々と成り立っているような国だった。

ユグドラシア王国と俺達の国との間には、月とすっぽん程に国力に差がある。

比べるのも烏滸がましいレベルだ。

俺も幼少時代は貧しい生活を送っていた。

だからこそ、俺達のような小国は、常に周辺国に気を配り社会情勢を逸早く察知する必要がある。

それが出来なければ、国はあっという間に滅ぼされる。

そもそも、保有する魔眼持ちの数からして違う。

俺達の国には1人もいないのに対し、ユグドラシアには9人もの魔眼持ちがいる。

仮に戦争になれば、うちみたいな小国なんて簡単に蹂躙し尽くされることだろう。

それくらい魔眼持ちの影響力は凄まじい。

ユグドラシアの魔眼持ちで特に有名なのはシュトロベルン公爵家だ。

その能力の詳細は明かされていないものの、近隣諸国から遠く離れた国々にまでその悪名は響き渡っている。

同じ一族で同時に4人も排出していること事態あり得ないことだ。

他に聞いた事がない。

9人もの魔眼持ち、そしてシュトロベルン公爵家……その力を前に、ユグドラシア王国に喧嘩を売る国は殆んどなかった。

たまに大国同士で小競り合いがあるくらいだ。


しかし、最近になってユグドラシアに大きな変化があった。


その人数を更に1人増やしたというのだ。

その情報は直ぐに近隣諸国だけでなく大陸中に知れ渡った。

しかもその人物は、武勇で有名なウェルザック公爵家の人間だと言う。

ウェルザックの魔眼持ちが、過去の戦争で活躍した話は有名だ。

近隣諸国は是が非でも戦争にならないように、小国はその力の恩恵に預かろうと、ユグドラシア王国に取り入るのに必死になった。

幸いなことに、現王は穏健派で戦争を好まないという態度を取っている。

だから、他国を侵略しようという動きは今のところみられない。

戦争の有無はうちにも関係なくはないが、今のところユグドラシアとの関係は良好だ。

俺達の国には特産物も何もなく旨味もない以上、戦争を吹っ掛けるなら別の国だろう。


だから、問題はそこではない。


魔眼持ちの噂が広まって少し経ったころ、それは起きた。

病や飢えに苦しむルーベンスの民に、王都から大量の支援品が送られたのだ。


“空間魔法”によって。


もしかしたら、此方の情報の方が周囲に与える影響は大きいかもしれない。

空間魔法を使えるものはこの大陸では珍しい。

下級の空間魔法を利用した鞄は、高額だがそれなりの数が出回っている。

だが、移動となると転移出来る質量は限られてくるし、また距離も魔力に依存するので精々数km程度しか移動できない。

大量の支援物資を、数百kmも離れた場所に送るなど考えられない事だった。

そんな中、ユグドラシアではその魔法を使用した魔導具を各地域に配置して、貿易や交通に利用する計画が国王の名により発表された。

この情報は俺達の国にとって非常にまずいものだった。

国内のみであるのならまだいい。


“これを大国同士で、近隣諸国同士で行われたらどうなるか?”


それは火を見るより明らかな事だった。

俺達の国は、中間貿易や通行量を他国から徴収することで成り立っている。

もし仮に空間魔法でその国同士が直接取引するようになったら、我が国の経済は大打撃を受ける。

それこそ完全に自給自足も出来ていない状態なので、他国に併合されるしか道はなくなってしまう。


故に、本国からは使用者を暗殺もしくは誘拐するよう命じられたのだ。


空間魔法の使い手はまだ6歳との事だったので、洗脳可能と国の首脳部が考えた結果だ。

また魔眼持ちを自国に引き入れることで、大国と肩を並べる事を期待したのだろう。

ターゲットの少年の名前はリュート・ウェルザック、父は宰相を勤める名門ウェルザック公爵の当主で、ユグドラシア王国10人目の魔眼持ち。

噂に聞くところによると、頭脳は大変優秀で容姿端麗、性格も穏やかで心優しい聖人君主とよいものばかりであった。

彼が噂通り聖人君主というのなら……付け込む隙も十分にあるだろう。

人を従わせる手段など数多くある。


だが、彼を狙うのは俺達の国ばかりではない。


ウェルザック公爵家の周囲には、おびただしい程の暗殺者や各国からの間諜が潜んでいた。

それこそ、毎晩血が流れ無いことはないというほどだ。

数々の魔法陣トラップや凄腕の兵士達により守られた屋敷は、最早鉄壁要塞と化し王宮の警備を上回る堅牢さかも知れない。

少なくとも、俺達の母国の王宮よりは警備が厚い。

今までどの国々も侵入に成功していないのが、いい証拠だろう。

俺達諜報部隊も屋敷に間諜を忍び込ませようとしたり、何とか接触を持とうと様々なアプローチをしたが、全て失敗に終わってしまっている。


だが、このまま見過ごす事など出来ない。


そこで俺達は別の方法を模索した。

少年の周囲を徹底的に調べ上げ、そして確実性は低いが一か八かの方法を選ぶことにした。


“ターゲット、リュート・ウェルザックの専属侍女であるリオナ・メイソンの妹であるレナの誘拐。そして妹を人質として利用し、リュート・ウェルザックを誘拐する計画”


レナの誘拐は簡単だった。

子爵家で暮らしているとはいえ、使用人として置かれているだけで警護は全くといって良いほどない。

ウェルザック公爵も、息子とは接触がなかったので警戒していなかったのだろう。

そして、レナの存在は子爵家でも疎まれていたので、内部からの協力も簡単に得られた。

俺達の真の目的を知っていたのなら、流石に協力しなかっただろう。

下手をしたら、国家反逆罪にとられかねない。

しかし、リオナは義母や義姉達から邪魔な存在に思われていたので、金を出せば簡単にレナを此方に売り渡した。


あくまでこの作戦は元々一か八かのもので、成功する可能性は低いものだった。


何故なら、リオナが此方の要求に従ったとしても、厳重警戒の中リュート・ウェルザックを連れ出すのは非常に難しいと考えられるからだ。

それにリオナが此方の要求に従うとも限らない、穴だらけの計画。

それでも、リターンは大きい。


──だから、俺達はその時浮かれてしまったんだ。


──敵に回したのが、どれ程の化け物だったかを知りもしないで。


リオナ・メイソンが此方の要求に応え、リュート・ウェルザックを護衛も付けずに指定の場所に連れてきた時、幸運の女神は我が国に微笑んだと思った。


──所詮は幼い子供。


──俺達は計画が成功し、リュート・ウェルザックに魔力封じの手錠を付けたことで慢心していた。


──しなければならない警戒を怠っていた。


──だから、これはその結果なのだろう。


やって来た2人を背後から攻撃し、気を失わせたのち連れ去った。

その際、意識を失わせた子供2人に魔力封じの手錠をつけ手足を縛った。

武器を服の中に隠し持っていない事も確認し、レナを閉じ込めていた部屋に一緒に放り込んだ。

これで魔力は使えない、のこのこ来て馬鹿な子供(ガキ)共だと仲間達で笑ったものだ。

所詮6歳の子供だと。

計画は成功した。

リオナはリュートを連れてくれば妹を解放して貰えると思っているようだが、そうはいかない。

リュート・ウェルザックはお優しい性格のようだから、2人はいい人質になるだろう。

後はタイミングを待って、この国から出るだけだ。

俺達は成功した気になって、祝杯を上げた。









◆◆◆◆◆◆◆◆










「起きたか子供ガキ共?」


リオナの妹を呼ぶ声が聞こえたので様子を見に行くと、3人とも意識が戻っているようだった。

床に転がされている今回のターゲットの少年が、こちらを見て睨んでいる。

その無様な様子を見て、口元が弧を描く。

俺達を常に脅かして来た存在が、手も足も出ない姿に溜飲が下がった。


「お前達はこれから俺達の国へ行くんだ。そして、リュート・ウェルザック。お前は俺達国の為、これからは力を使うんだ。もし抵抗するようなら……分かっているな? 大事な侍女共がどうなるのか?」


「…………」


リュート・ウェルザックは、体を起こし顔を下に向け俯いた。

よく見ると、肩を小刻みに震わせていた。

リオナ・メイソンは妹を庇うような背に隠し此方を睨み付け、レナはこれからの事を恐怖したのか嗚咽を溢している。


「ククッ! ビビってんのか? まぁ、温室育ちの坊っちゃんだもんなぁ? でも安心しろよ。お前らがいい子で命令にしたがっている限り、こっちも荒くはしないからよぉ?」


祝杯として飲んだ酒に、少し酔っていたのだろう。

俺は子供ガキ共の恐怖に染まった顔を見たくなり、側に寄り手を伸ばした。


「なぁ、聞いて――」


「くっ……ははっ! ……あーダメだ。我慢出来ない」


笑っていた。

心底おかしくて仕方ないといった風に。


子供ガキ! 何を笑って!?」


この時初めて、俺は恐怖した。

そして何か、重大な間違いを犯した事に気付いた。

背筋を冷たい汗が伝う。


何だ?

何故俺は恐怖している?

奴は魔法を使えない。

今も確かに、手錠をはめられている。

何も出来ない筈だ。

魔法さえ封じてしまえば、こいつらは只の子供(ガキ)だ。

簡単に始末することが出来る。

なのに……何なんだ!? この得たいの知れない恐怖は何なんだ!?


「……僕も随分甘く見られたようですね?」


目の前の少年は妖艶に嘲笑った。


この時、俺はようやく気が付いたのだ。


──決して手を出してはいけないものに触れてしまったのだと。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る