第67話02話 第1回家族会議

 

トーリが教皇につくことを決心してから、また1週間ほどが過ぎた。

ルーベンスは、完全に落ち着きを見せ始めた。

よって、今宵は先伸ばしにしてきた、家族での話し合いが開かれることになったのである。

上座から父様、母様、兄様、俺の順でテーブルを囲う。


「では此度の件、詳しく説明して貰おうか?」


父様が始まりの幕を切った。


「はい、父様。僕から先に説明させて頂きます」


まずは俺から説明した方がいいだろう。

俺が1番間近で見てきたのだから。


「あぁ、頼む」


「僕達はあの日、回復魔法の魔導具の件で教会を訪れました。ただ連絡に不備があり、トーリさんは僕達の訪問を知らなかったみたいです。ユーリに案内されている途中で、カイザーク・クレイシスと言い争うトーリさんを目撃したのが事の発端です」


父様に促され、俺はあの日の事を順に話始めた。


「それで?」


「……はい、トーリさんはすぐにその場を去ったのですが、不審に思った僕とユーリは後を追いました。それで……その、追い付いた先でトーリさんが悪魔召喚を行っているのを目撃しました」


ここで父様に嘘をつくべきでないと判断した俺は、正直にあの日見たことを話した。


「そんなっ!? 何てことをっ!!」


母様が驚愕の声を上げる。

お伽噺のこととはいえ、その重大さは分かっているのだろう。

事が世間に知れたら、トーリは処刑される。


「…………続けろ」


そんな母様に反して、父様は表情を変えずに続きを促した。

随分と冷静だ。

もしかしたら、薄々は察していたのかも知れない。


「悪魔召喚が行われた際、生け贄としてトーリの代わりにユーリがなり黒い靄に飲み込まれました。ユーリは本来の契約者でないからか、暴走して回りに無差別に攻撃を開始しました」


「……ユー君は大丈夫だったの?」


母様がユーリが心配なのか、口を挟んだ。


「えぇ、問題ないみたいですよ母様。その後も医者や神官が体調を確認していますが、すこぶる健康状態だそうです」


「そう……よかったわ!」


母様は安堵の笑顔を浮かべた。

家によく遊びに来るユーリの事を、母様もよく可愛がっていたから。


「悪魔は厄介でした。光属性の浄化魔法である程度の攻撃は防ぐことは出来ましたが、此方の魔法が通らなくて浄化が全く出来ませんでした。このまま防御一択かと思っていたんですが……そこで兄様が現れて、攻撃魔法を加えました」


俺は悪魔の事と同様に、兄様がユーリを攻撃した事も隠さなかった。


「なっ!? レイ君本当なの!?」


俺の話を聞いた母様が兄様を問い詰めた。


「えぇ……それが最善と判断しました。此方に打開策はありませんでしたから」


兄様は涼しく返した。

今でも自分の行動に間違いがあったとは思っていないようだ。


「でも……ユー君が……」


「カミラ、思うところがあるかもしれないがひとまず話は後だ。リュート、続けろ」


父様が母様を宥めて、俺に話の続きを促す。


「僕も兄様の案には納得できなかったので、僕の魔力が尽きるまでという条件で時間を貰いました」


「……無謀だな」


父様が初めて口を挟んだ。

母様はああだったが、父様は兄様の意見に賛成だったんだろう。


「まぁ、自分で言うのは何ですが、無謀でしたね。僕が魔眼持ちでなければ、実際問題じり貧でしたし」


俺も無謀なことをしたという自覚はある。

俺は運がよかっただけだ。


「魔眼? ……まさか発現したのか!?」


「本当なのリュー君!?」


いつもあまり表情の変わらない父様までも、驚きの表情を浮かべた。


「はい、そのことでお話があるんです……兄様」


俺はひとまず兄様にバトンタッチする。


「ではリューに代わってそこは僕が。カミラさんの出生についても関わることですので」


「カミラの出生? ……どう言うことだ?」


父様が訝しげな目線を向ける。


「リューの固有魔法は、かの亡国の皇太子妃と同じ“アストラル・ファイア”でした」


「何だとっ!?」


ガタッと驚愕のあまり、父様は思わず席から立ち上がった。

父様もそれは予想していなかったのだろう。


「あすとらる、ふぁいあ?」


対称的に母様はピンときてないのか、首を傾げている。


「義父上……ウェルザックの血にかの血族の血は、入っていませんよね?」


兄様は俺達の立てた仮説を、証明するために父様に尋ねた。


「………………あぁ、入っていない……仮に入っていたとしても、血が薄すぎて隔世遺伝で現れる事もまずないだろう……そうなると」


父様は母様に視線を向ける。


「……え? え? なにかしら? どう言うこと?」


え? え? と父様や俺、兄様に視線を向ける。

母様はまだ話の流れを理解していないようだ。


「……カミラ、両親の事は分かるか?」


父様が真剣な面持ちで尋ねる。


「え? 両親ですか? 家は小さな商いをしている家でしたが……両親は流行り病で既になくなっていますし、他に兄弟もいませんが……」


母様は突然の質問に、当惑気味だ。


「それは実の両親か?」


「えぇ……あの、それはどういう意味ですか?」


父様の質問に母様が怪訝そうに答える。

どうやら母様は何も知らないらしい。


「いや……まだ此方でも詳しくは話せない。分かり次第教える」


そう言うと父様は思案に入った。


「義父上、カミラさんの警護をより強化するべきです。シュトロベルン公爵は、本気で母様を狙ってきます」


兄様が父様に進言した。

先程までの笑顔は消え、真剣な面持ちだ。


「シュトロベルンが? ……確かにあの家は固有魔法に固執しているが、既に私の妻だ。そこまでするか?」


父様はそこまでしてシュトロベルンが動くかには、懐疑的なようだ。


「忘れましたか? 公爵があの時何をしたのか。戦争を仕掛けてまで、皇太子妃であった彼女を奪ったんですよ?」


「……他にも固有魔法をもつ家系はある」


俺も正直直接固有魔法を受け継いだ訳ではない母様を、そこまでして狙うとは考えられない。


「……公爵の執着は固有魔法のみに向いていた訳ではありませんから。20年近く経った今でも、公爵は彼女に執着している。娘がいることを知ったら、必ず奪いにかかります……例えどんな手を使ってもね」


「……分かった。この件は私と王のみで、情報を共有する。離れの警備も増やそう。……リュート、悪いがその固有魔法の事は他言するな」


「はい、分かりました」


父様の指示に俺も納得の意を示した。

俺もそれが妥当なところだと思う。


「それで……他には何かあるか?」


「はい、僕とユーリがそもそもトーリさんを追ったのは、兄様から話を聞いたからなんです。兄様……何故ルーベンスへの支援が行われてないことを知っていたんですか?」


俺は父様に促され、ずっと聞きたかったことを尋ねた。

何故、兄様はそんな事を知っていたのか。


「それは本当か、レイアス?」


父様も兄様に厳しい視線を向けた。


「えぇ、本当です。少し前に話を聞いてました」


「何故報告しなかった?」


「僕も知ったのは直前でした。たまたま公爵家を訪れた時に、公爵が話しているのを耳にしただけですし……義父上も疑惑程度には耳に入り始めていたのでは? 事が明るみになるのも時間の問題かと思っていましたので、特に報告はしませんでした」


あの時点では既に手遅れだと思いましたから、とにこりと笑って答える。


「……此度の件、シュトロベルンが関わっていたのか?」


「直接は関与してませんよ。ただその金が家にも流れていたみたいです。だからこそ公爵は早い段階で、把握していたみたいですけどね」


「何故公爵は国へ報告しなかった? 金のためか?」


直接関与していなくても、報告義務はある。

早期の報告があれば、ここまで深刻化しなかったはずだ。


「あの程度のはした金の為に、公爵家は動きませんよ」


兄様はハッキリと断言した。

目的は他にあると。


「ならば……何故だ?」


「あくまで推測ですが、狙いはトーリ・クレイシスでしょう」


「何故トーリさんを狙ったんですか?」


思わぬ発言に俺は口を挟んだ。


「さあ? それはよく分からないな。アレ・・のすることなんか理解したくないし……ただ悪魔の書グリモワールをトーリ・クレイシスに流したのは、シュトロベルンの可能性が高いですね」


兄様は心底嫌そうな顔で言った。


悪魔の書グリモワールは元々シュトロベルンにあったんですか?」


「……現物を見たことはないけれど、あっても不思議じゃないよ」


シュトロベルン公爵がトーリに悪魔の書グリモワールを流した?

何の為に?

別段シュトロベルンに得になるようなことは、無いように思えるけど……それとも狙いはユーリ魔眼持ちか?

ユーリにつくガードを、取り払う為にトーリが邪魔だった?

それとも清廉潔白なトーリがただ単に邪魔だったのか…………?

駄目だ、確定するには情報が少なすぎる。


「証拠は残っていないだろうな。残っていたとしても、シュトロベルンは代々必ず魔眼持ちを輩出している家系だ。その上、国でめぼしい固有魔法を持つ家と、婚姻で縁戚関係を持っている。これだけでは、あまり重い罪には問えないな……他の貴族共が納得しない」


固有魔法を持つ家は、その絶大な力故か栄える。

その殆んどの家と縁戚関係を持つ公爵家を排除するのは、不可能に近い。

少なくとも、俺が現れるまでは。


「僕が固有魔法を所持していてもですか?」


俺が出てきたことで、この国のパワーバランスがに多少の変動があるのではないだろうか?

公爵家に不満を持つ家は多そうだ。

それに俺は2つの固有魔法を所持している。


「あぁ、お前がいるおかげで少しだが変わる。これからはシュトロベルンに強く出ることが出来るだろう……だが今回の件はとぼけられて終わりだな。実際、直接関与しているわけではないし、表沙汰に出来ることでもない」


そんな本知らない。

そんな内容だとは思わなかったで済ませるだろう。

今回の件での追求は厳しい上に、追求するとトーリの件を公表しないといけなくなる。

今回は見逃すほかないだろう。


「そうですね……トーリさんの事もありますし」


「そうだな……」


「父様はトーリさんの罪を告発するつもりですか?」


自分で話したとはいえ、それは止めなければならない。

俺はトーリに教皇になって欲しいし、ユーリの為にもそれは避けたい。


「いや、トーリ・クレイシスは得難い人間だ。今後、彼のような人間が必要になる……この国は腐敗が進みすぎている。それに此度の件はルーベンスの民の為だろう? 彼なら2度と同じ過ちを犯さないだろうし、問題ない……まぁ、陛下にだけは報告するが、陛下も同意見だろう。だからそんな不安そうな顔をするな」


父様はそう言って少し微笑んだ。


「そうですか……よかったです」


俺も微笑み返す。


「それでは私からも口を挟ませて頂きます!」


話し合いが決着したところで、母様がピシッと立ち上がった。


「まずリュー君もレイ君も、一人で何とかしようとし過ぎです! 大人を頼りなさい! 何でもかんでも自分の中だけで完結しないで、ちょっとは相談しなさい。この際、私やヴィンセント様でなくてもいいわ。他の人に話すことで、自分だけでは見つけられなかった解決方法があるかもしれない。…………特にレイ君、次は回りの大人に相談しなさい……仮にその方法しかなくとも、貴方がその責任を取る必要はないわ」


母様は最後諭すように言った。

母様に悪魔と戦闘になったことを話していなかったので、怒ったような、驚きや心配が入り混じった表情を浮かべている。


「はい、ごめんなさい母様」


「……申し訳ありませんカミラさん」


母様のお怒りが俺達を思ってのことだと分かるので、素直に謝罪する。


やっぱり、母様は凄い。

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