第60話27話 逆転の一手

 

あまりの腐り具合に開いた口が塞がらない。

俺は呆然として、言葉も出なかった。


「まぁ、この話は家に帰ってから、義父上を交えてしよう…………ただこの件固有魔法はシュトロベルンには、絶対に漏らさない方が良い。公爵は亡くなった皇太子妃に対して異常な執着を持っているみたいだから」


兄様は真剣な表情で俺に言い聞かせた。

兄様から見て、シュトルベルン公爵は母様を狙う可能性が大いにあると判断したようだ。

恐ろしい程の執着心。

俺はまだ魔眼狂いと呼ばれる程のシュトルベルンの執着を甘く見ていたらしい。


「それは……母様が狙われるということですか?」


そんな家に母様が、目をつけられたら面倒だ。

いつか潰すとはいえ、まだ準備も何も出来てない。


「カミラさんも勿論そうだけど……君もだよ? リュー。既に婚約者の打診が来ているようだし、今までよりももっと強引な手段をとってくるだろうね」


「げ……」


兄様の話に思わず、苦い顔になる。

もし仮にリリスみたいなのが婚約者にでもなったら、相当面倒な事になる。


「げって……、まぁ気持ちが分からなくもないけどね?」


兄様も俺と同じことを考えてしまったのか、同様に苦笑いを浮かべた。


「まぁ、とにかく。この話は後でゆっくりしよう。さっきまでは結界魔法で音とか魔力が抑えられていたけど、リューが固有魔法で魔法陣ごと焼いて消失してしまったようだから。直に人が来るよ?」


「そうですね。家に帰ったらじっくりと、兄様が知っていること全部・・教えて貰いますから」


まだまだ聞きたい事はあるが、これ以上此処で出来る話はないだろう。

俺は了承と逃がさないとばかりに、にこりと笑みを浮かべてそう告げた。


「……分かったよリュー」


兄様もそんな俺にしょうがないなと肩を竦めて、いつものように微笑んだ。


とにかく話は後だ。

母様の事や兄様がルーベンスの件を知っていたこと、聞きたいことは山程ある。

だが、今はまだやるべき事が残っている。


「ユーリっ! トーリさんっ! そろそろ人が来てしまいます。一旦ここを出ましょう!」


俺はユーリ達親子に声をかけた。


あのカイザークはクズだ。

このままここにボロボロの姿で居るところを見られたら、有ること無いことでっち上げられるかもしれない。

それに、ルーベンスの件をどうにかしなければならない。


「ああ、待たせる形になってすまない。リュート君、ユーリを救ってくれて本当にありがとう! 君には感謝してもしきれない……私の浅はかな考えのせいで、危うく息子を死なせるところだった。本当にありがとう」


「ん、…りゅぅと…ありがとぅ!」


トーリが俺に頭を下げて、続けてユーリも同様に頭を下げた。

疲労は拭えないが、その表情はどこか嬉しそうだ。


「ユーリは僕にとっても大切な友人なのだから当然です……それより、ルーベンスに支援がいっていないというのは本当ですか?」


俺はルーベンスの現状を確認した。

まずは現状把握だ。

この窮地を引っくり返すにはそれからだろう。


「ああ、本当だ。教皇が……カイザーク・クレイシスが寄付金や支援金を横領していたようなんだ」


トーリは憎々しいといった表情で言った。

当然だろう、あの男のせいで多くの命が危険にさらされている。


「……あのカイザーク


やはり丸焼きか挽き肉にしておくべきだったか。

後で覚えておけよ、この償いは必ずさせる。


俺は心の中で、そう誓った。


カイザーク・クレイシスはトーリの叔父に当たる人物で、血縁がある。

トーリの方法は間違っていたけれど、民を思う気持ちに嘘はない。

だからこそ私利私欲の為に、民を犠牲にする輩を絶対に許せないのだろう。

そしてそれが自分の身内となればなおのこと。

トーリはカイザークもそれに気付かなかった自分自身もまた責めているようだ。


「もぉ、まにあわ…なぃの?」


ユーリはトーリの言っていることを理解したのか、悲しそうに尋ねてきた。


「ああ……ルーベンスは遠く離れている……私がもっと早く気が付けば……っつ!」


トーリは血反吐を吐くかのように自分を責めた。


俺はそれに不満を感じた。

常識的に考えて仕方がない事なのかもしれないが、トーリもユーリも既にルーベンスの事を諦めている。

俺はまだ諦めるつもりはないというのに…………


「……随分、簡単に諦めるんですね?」


そう考えていたら、思わず口にしていた。


「……簡単ではないよ。だが他にもう方法がない。勿論今からでも支援は行う。……もう手遅れだろうが、それでも救える命はきっとある筈だ。君達には悪いが、私はこれから国に掛け合って支援の要請を行う。君達は」


トーリは一瞬悲しそうな顔で、けれど強い意思を秘めた目をしてそう言った。

悪魔などのまやかしにすがるのではなく、自分に出来る事をする為に。

もう2度と彼が愚かな行いに手を出す事はないだろう。

だから、俺も自分に出来る事をしたい。


「まだ諦めるのは早いのでは? まだ全ての方法を試していません」


確実な方法ではない。

だが、可能性がないわけではなかった。


「どういう……意味なんだ?」


トーリは俺の示唆した可能性に気付いたのだろう、呆然として尋ねてきた。


「言葉のままです。100%は約束出来ませんが、思い付いた事があります。その方法ならこの盤面、引っくり返すことも可能だと思います」


「っ、そんなことが……!!?」


俺の言葉に今度こそトーリの表情は驚愕へと変わった。


「俺が空間魔法で、ルーベンスへと繋げます!」


これが今の俺に出来る最善の一手だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る