第6話05話 星降る夜

 

あれから更に2年が過ぎ、俺は3歳になった。

俺が強請った魔法の勉強は、毎晩少しずつ行われるようになった。

それにより使える魔法や法則への理解も増して、俺は簡単なオリジナルの魔法も作成出来るようになった。


……最も母親は、俺が魔法を使える事を知らないが。


早い子供で5歳頃から生活魔法を使えるようになるらしいのに、3歳の俺が使ったら異常だろう。

また魔法には属性があり、適性がないと生活魔法以上の魔法は使えないみたいだ。


有名なところでは、火、水、風、土の基本属性に、光、闇の2属性が加わった6属性がある。

あとは6属性に属さない無属性と、時空間に干渉する空間属性がある。

空間属性の最も有名な魔法として転移魔法があげられ、その他の雑多な魔法が無属性に分類されている。


母親は水と土、光の3属性持ちで支援系の魔法しか使えないそうだが、普通は1属性でもあればいい方らしい。

ちなみに俺は分かっているだけで基本属性に加えて光、闇属性に適性があることが分かった。

初級魔法をこっそりと試した成果だ。

空間属性に関しては使える人が少なく、母様もあまり知らないようで試すことは出来なかったのでまだ分からない。

何にせよ、この体の潜在能力は高いということだ。


これが転生チートってやつか?

……また悪目立ちしそうだな。


また母親との会話で、他にも多くの事が分かってきた。

父親は死んでいると思っていたがどうやら生きているらしく、しかも大貴族であるらしい。

魔眼や魔法による適性は、恐らく父方の遺伝によるものだ。


そして、母親は元々その家に仕えていたらしく、身分差がある恋だったそうだ。

聞きたくないのに母親から、父親ののろけを聞かされた。


……親の恋愛沙汰なんて、気まずいだけだな。


だが、母親は父親には黙って家を出たらしい。

流石に3歳児に聞かせる話ではないのか詳しい事情までは分からなかったが、兎に角見つからないようにしているは分かった。

なので、生まれてから約3年たった今でも俺は町中を出歩いた事がない。

俺の存在を周囲に知られ、見付からないようにする為だ。

特に魔眼持ちである事は、絶対に人に知られてはならないのだと言葉の節々に感じた。


「リュー君が、もっと大きくなったらきっと会えるからねぇ」


母親はそう言って、よく俺に言い聞かせた。

母親も本心では、親子3人で暮らすことを望んでいるのだろう。

正直、俺としては大貴族なのに母親1人守れない父親はどうかと思う。

俺の父親への印象は、甲斐性なしのクズだ。

あまり会いたいとは思えない。







「リュー君、今日はご飯を食べたらお外に行こっかぁ♪」


ある日、唐突に母親がそんなことを言い出した。


「え!? おそとですか?」


「うん! なんかねぇ、今日3年に1度の流星群が見れるんだって。夜だし沢山の人で賑わっているから、目立たないかなぁって」


流星群か……。

地球と似たような感じなのだろうか?

何にせよ楽しみだ。

俺はこれまで魔法の試し打ちの為寝静まった時間に裏庭に出るくらいしかしてないので、これが初のまともな外出といっていいだろう。


「わーぃ!! おそとだぁ!」


俺は無邪気に喜ぶ振りをする。

後で、外出を撤回されては困る。


「ふふっ、ネルアさんに穴場スポットを教えてもらったからゆっくりみれるよ」


「はやくっ! はやくいきましよっ!!」


「ご飯たべてからねー?」


俺は自由に外を歩けることに心踊らせた。

そして、そんな俺を見て母親は楽しそうに笑っていた。


  





◆◆◆◆◆◆◆◆◆








食後、俺はすぐに母親にフード付きのコートを着せてもらい町に出掛けた。

3年に1度ということで、町はとても賑わっていた。

屋台なども、沢山出ている。

俺も母親に林檎飴を買って貰い、食べながら歩いた。

空いた片方の手は、母親の手と繋がれている。

最初は抱き上げて移動しようとしていたが、俺が歩きたいと言って聞かなかったからだ。

前世では、手を繋ぐなど考えられないことだった。

初めての経験だ。

もし彼奴らにされたら、直ぐ様振りほどいていただろう。


でも今は嫌じゃない……それどころか繋いだ手がとても温かく感じた。

……何でだろう?

……何が違うんだ?


「すごい賑わいだねぇ、リュー君。歩くの疲れたら言ってね? 抱っこするからねぇ」


「はいっ! おかーさまっ」


2人手を繋いで、人混みの中を歩いていった。

勿論、最後まで自分の足で。




町を抜けて森に入って20分くらい歩いて行くと、開けた丘の様なところに出た。


「わぁっ……」


思わず言葉に詰まった。

そこには邪魔なものが何もない星空に、その光に照らされ輝く花。

初めて見る花だ。

前の世界にはない品種だ。


「すごい……」


「わぁっ、キレイな場所だねぇ。ここなら、よく見えそう!」


「…………」


俺は母親に答えることなく、その光景に魅入った。


「……無我夢中だねぇ、リュー君。気に入ってくれた?」


「はい……とても。つれてきてくれてありがとうございます」


「あの花はねぇ、月光華っていうんだよ。薬なんかにも使えて、月の光で輝くんだよ」


「そうなんですか、とってもきれいです」


本当に……綺麗だ、来て良かった。


そうして暫くの間、俺達は見惚れていた。





「……ねぇ、リュー君」


母親が何時もの笑顔を潜めて、真剣な声色で俺の名前を呼んだ。

何かを決意したような、そんな声色だ。


「……何ですか?」


俺は今までにない母親の真剣な顔に、少し身構える。


「私はリュー君を愛してるよ」


「……」


唐突な言葉に、言葉が詰まった。

言われてた事を理解できずに、頭が真っ白になる。


「リュー君が私を信頼してなくても、私は信じてる」


「あ……ぼく、は……」


言葉が続かない。

俺も言わないと、僕も信じてるって、愛してるって。

けれど、俺の口から溢れるのは不明瞭な言葉だけだった。


「……無理して言わなくてもいいのよ。ただ私がどんな時でも、リュー君の味方で、愛していることを知っていて欲しかっただけだから」


しどろもどろ狼狽える俺に、母親は少し悲しそうな笑みを浮かべて言った。

その表情に、俺の心に罪悪感が沸き上がる。

それは生まれ変わってから、何回も悩まされてきた感情だ。


「…………ぼくは……怖いんです」


ポツリ、と俺はようやく言葉を発した。

言葉にして初めて、俺はこの胸に渦巻く感情の正体に気付いた。


……そうだ、俺は怖い。

また拒絶されるのが、嫌われるのが。


前世の俺の両親は、俺を一人の人間として決して認めなかった。


「……あなたは、本当の僕を……知らないから」


「知ってるよ?」


何を今更というに、簡単に母親は言った。


「嘘だっ!! 知る筈がないっ!」


母親の言葉に、俺は怒りのまま叫んだ。


知る筈がない。

俺が前世で化け物扱いされたことも、家族からも捨てられたこともっ!

俺も薄汚れていることもっ!!


「……知ってるよ。リュー君がとても優しいことも」


「ちょっと照れ屋で」


「笑うとすごい可愛いところも」


「頭がとっても良くて」


「たまに泣きそうな顔で私のことを見てるのも」


「ちゃんと、知ってるよお母さんだもん」


母親は歌うように、幸せそうに、迷いなくそう言い切った。

何も知らない筈なのに、あまりに自信満々に言うものだから、まるで本当はそうであるかのように俺を錯覚させる。


「……おれ、は優しくなんかない……可愛くもない、なんでもできるきになってなんにも、わかってなんかいなかったんだ……だから、おれは……」


「優しいよ。ちゃんと自分の悪いところを認められる。いつも私のことを気にかけてくれる。だから怖がらなくてもいいよ。私はたとえ何があっても、リュー君の事を愛しているから。だから、私はもっとリュー君に甘えて欲しいし、少しずつでいいから私を信じて欲しいな」


「あ……」


それは俺がずっと欲しかった言葉だった。

欲しくて欲しくて、諦めてたものだった。

俺の頬を熱い雫が滴り落ちる。


「な、んで……」


それが涙だと気づいた時、暖かい腕に抱き締められた。


「……あともう少しくらいかなぁ? 流星群……」


俺は腕の中で、涙をこぼし続けた。

トクン、トクンの規則正しく聞こえる心音が、ひどく落ち着く。


「あっ! 始まった。ほらリュー君、流星群だよ!」


顔を上げて視界に入ったのは、光の雨だった。


大地に無数の光が降り注ぐ。

その光を浴び、月光華の輝きは更に増す。

この世のものとは思えない、幻想的な光景だった。


「とっても、キレイだね。リュー君と一緒に見れて嬉しいな」


そう言って、更に強く抱き締めらる。


「……りゅうせいぐん、見えにくいんですが。」


「そうだねぇっ。ふふふっ、ほらっ! たかい、たかーいっ!!」


楽しそうに笑いながら、身体を高く持ち上げられる。


「ちょっ!? おろしてくださいっ!!」


じたばた暴れるも、びくともしない。


「だーぁめっ!」


「む……ぅ」


「ふふっ♪ やっぱり家の子は世界一可愛いなぁ!」


「なっ!?」


その言葉に思わず顔が熱くなる。


「お~ぉ? 照れてる? リュー君照れてる?」


「てっ照れてなんかないです!」


「ふふっ! じゃぁ、そういう事にしとこうかなぁ?」


「うぅー」


流された。

本当に照れてなんかいないのに……



星降る夜楽しそうな母子の声が、光のなか響いていた。


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