第35話 体育祭文化祭 リレー練習編1

 神代さんと最後に言葉を交わしてから、数日か経った。ふとした時に、俺はどうすればいいんだろうという考えが浮かぶ。


 仲良くなれたと思っていたけど、これで終わりなのかな。だとしたら寂しいな。


 と、心に隙間を感じながら帰り支度をしていると、廊下から俺を呼ぶ声が飛んできた。声のする方に顔を向ければ、九条さんと如月さんがいた。


 軽く返事をしながら廊下に出て、二人の目の前に立つ。すると如月さんが軽く手を挙げてくれた。


「あれ。如月さん、どうしたの?」


 如月さんが四組前に来るなんて珍しい。ちなみに好感度は変わらず60。俺が疑問を投げると、如月さんはズビシと人差し指を向けてきた。


「リレーの練習よっ!」


「リレー?」


「そ。体育祭の学年種目、クラス対抗リレーあるでしょ? 桃華が自信ないから練習しようってなったの」


「なるほど」


 もうすぐで文化祭と体育祭だからな。うちの高校は、文化祭と体育祭を連日で行う。その両方の得点で優勝クラスを決めるといった具合らしい。


 と、九条さんたちの事情に納得していると、九条さんが眉を八の字にして、小さな声で話しだした。


「それでね、桐崎くんも一緒にどうかなって思って来たの」


「うん! いいよ! あっ、三人?」


 そう疑問を投げた時だった。


「九条さーん!」


 三人揃って、声のする方へ顔を向ければ、機嫌の良さそうな雪村さんが目の前までやってきた。


「九条さんっ! 今日暇ー? 良かったら遊ぼっ!」


 脇を締めて目を輝かせる雪村さん。九条さんが困った顔をしていると、如月さんが前に出てきた。


「今日は暇じゃないわ。あたしたちリレーの練習なの」


 少しキツめの言い方の如月さん。あれだろうか。雪村さんの固有スキル、女子に嫌われがちが発動しているのかもしれない。


 しかし雪村さんは、気付いているのか、いないのか、更に目を輝かせる。


「ええっ! すっごく楽しそうじゃないですかぁ! 私もやりまぁーっす!」


 まさかの反応と言いたいのだろうか、如月さんの口角はピクピクと引きつっていた。


 なんというか、雪村さんは俺みたいに好感度が見えてなくて良かったと思う。


「それじゃあ四人だね。あっ、そうだ。どうせだから春輝と美来も誘わない?」


 俺がそう提案すると、九条さんは嬉しそうに頷いてくれた。


 というわけで早速、まだ教室内で話し込んでる二人の元へ。


「春輝、美来、ちょっといいか?」


「おう、どうした?」


「今からさ、九条さんたちとリレーの練習しようってなったんだけど、一緒にどう?」


 そう誘うと、美来は呆れた様子で眉間にしわを寄せた。


「えっ? この格好で?」


「ま、まあ……。そうなるか」


 言われてみれば、制服で走るのはどうなのだろうか。と悩んでいると、春輝が立ち上がった。


「みんなが体操服持ってるか聞いてみようか」


「そうだな!」


 さすがは春輝。俺が狼狽えている間に、いい感じの行動に出てくれる。


 廊下に向かう春輝の後ろを美来と並んで歩いていく。そして廊下に出ると、美来の顔が引きつった。


 すると、俺たちを捉えた雪村さんが無邪気な笑みを浮かべる。


「あっ、おっ久しぶりですぅ!」


「うげぇ……」


 んー美来はまだ苦手意識があるらしい。雪村さん、気付いてるかな?


 と雪村さんの様子を伺っていると春輝が話しだした。


「リレーの練習のことだけどさ、服装はどうする? 体操服があるなら、着替えたほうがいいと思う。それに、場所も考えないとね」


 すると、如月さんがニヤリと口角を上げる。


「勿論、考えてるわ。あたしも桃華も体操服持ってきてるし。場所は、グラウンドの端っこでいいかなって。そこなら部活動の邪魔にもならないだろうし」


 如月さんの答えに満足そうに頷く春輝。ちなみに俺たち四組勢は体育の授業があったから、持ってきている。


 となると雪村さんはどうかな?


「雪村さん、体操服持ってきてる?」


「ありますよーっ! 体育ありましたしぃー」


 俺がそう聞くと、なにやら楽しそうに答える雪村さん。今日はやけにテンション高い気がする。


 よし、これなら大丈夫そうだ。


「それじゃ一旦着替えて、またここに集まろうか」


 俺がそう言うと、みんな頷いてくれた。ということで、俺と春輝は男子トイレへ。着替えている最中、春輝が楽しそうに話し始めた。


「この人数でリレーの練習って、なんだか楽しくなりそうだな」


「そ、そうか?」


 俺的には人数というより、九条さんと何かができることのほうが楽しみなんだが。


「ああ。あっ、そうだ冬馬。どうせなら三対三の対決にしてもいいかもな。男子は俺と冬馬しかいなから、チームは分かれてさ! 勝負しよう」


「お、おう」


 なんかすごいテンション高いな。まあ、みんなが楽しめれば、俺も楽しいし。いいことだよな。


 それから着替えた俺たちは、再び四組前に戻る。女子組は、まだ来ていなかった。それから、ソワソワしている春輝と共に待ち続けること十数秒。


 その時だった。右から足音が聞こえてきた。チラッと目線を向けると、そこには神代さんの姿があった。


 目が合った瞬間、思わず逸らしてしまいそうになる。しかし、神代さんは優しく微笑んでくれた。ちなみに好感度は80までに下がっていた。


 俺的には、もっと下がっているものだと思っていたんだけどな。


 と、ちょっと気まずさを感じていると、神代さんが駆け寄ってきた。そして、ルーズリーフの束を両手に持って話しだす。


「冬馬、新作書いてみたの。良かったら見てほしい」


「え?! い、いいの?」


 予想外の展開。慌てふためきながら両手を前に出すと、神代さんはルーズリーフの束を渡してくれた。


「また、感想聞かせてね」


「う、うんっ!」


 俺がそう言うと神代さんは小さく微笑む。そして背を向けて、ゆっくりと歩きだした。そんな後ろ姿をしばらく眺めてしまう。


「か、神代さんっ!」


 思わず呼び止めてしまった。すると不思議そうな顔をした神代さんがゆっくりとこちらへ振り向いた。


「その……ありがとっ!」


 この気持ちをどう伝えればいいか分からなかったけど、ただお礼が言いたかった。すると神代さんは、満面の笑みを浮かべて、また俺に背を向けた。


 その後ろ姿を眺めていると、春輝が俺の肩に手を置いた。


「良かったな」


「え? あ、ああ、うん!」


 良かったなって、どういう意味なんだろう。春輝は色々気付いているのかな。


「冬馬、スッキリした顔になってるな。引っかかっていた棘は、取れたか?」


「うん!」


 本当そんな感じだ。嬉しい。やっぱり春輝は勘付いていたんだな。


 と、嬉しさのあまりニコニコとしていると、着替えが終わった女子組がやってきた。


 すると、俺の手元にあるルーズリーフを見た九条さんが、不思議そうな表情を浮かべる。


「これ、どうしたの?」


「あっ、神代さんから新しい小説もらった!」


 そう伝えると、九条さんはハッと息を飲んで驚くと、嬉しそうに笑ってくれた。


「良かったね!」


 春輝と同じような口調で言ってくれた九条さん。やっぱり九条さんは、優しい人だ。


 これでリレーの練習も頑張れそうだ。

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