第33話 神代楓4
それからというもの、神代さんに観察される日々が続いた。朝のホームルームまでの時間や昼休憩などなど、俺と九条さんが二人でいる時の様子をジーッと見られていた。
見張られている感は、ちょっと気疲れしちゃうな。
けど嬉しいこともある。読書週間が終わっても、七竜物語の続きは読ませてもらえたのだ。
図書室でやり取りするのではなく、直接渡してもらえる分、やり取りはしやすくはなったけど……。
「はあ……」
気の抜けたため息をつきながら迎えた昼休憩。机に頬を付けて伸びていると、不思議そうな顔した美来と春輝がやってきた。
「どした?」
「いや、なんでもない」
まあ、わざわざ言うことじゃないしな。それに……
教室入り口に目を向ければ、顔半分だけ覗かせて、こっちを見つめてくる神代さんがいるのだ。
再び顔を前に戻す。すると、廊下側から九条さんの声が聞こえてきた。
「神代さん? どうしたの? 良かったら一緒にご飯食べよっ!」
「大丈夫。もう食べたから」
「えっ! 早いね」
「10秒チャージ」
「10秒チャージ?」
「うん。だから大丈夫。桃華はいつも通り冬馬と過ごして」
「う、うん!」
神代さんに急かされ、九条さんは慌てて俺たちの元へ来た。そしてぎこちない笑顔を見せる。メーターは半分いかないくらいで黄色だ。
まあ、落ち着かないよね……。なんとかした方がいいかも。
「待たせちゃってごめんね」
「大丈夫大丈夫! ささ、食べよっ」
九条さんが謝ると、何も知らない美来は歯を見せて笑う。その横で、春輝はチラッと廊下に目を向けていた。
そして放課後。今日は小説の続きを渡してもらえるとのことで、九条さんと一緒に神代さんのクラスへ向かった。
教室入り口前に立つと、俺たちに気付いた神代さんがノソノソと、ゆっくり歩いてきた。そしてルーズリーフの束を突き出してきた。
「これ、続き」
「ありがとっ!」
続きを受け取りお礼を言う。すると神代さんは無表情のまま、くるりと体の向きを変えて教室内へ進んでいった。そして席に座ると、こちらを向く。
「こっち来て。聞きたいことがあるの」
何事かと思い九条さんの方へ向くと、九条さんも不思議そうな顔を俺に向けていた。と、疑問を浮かべたまま神代さんの前の席に座る。すると、神代さんは一冊のノートを広げた。
「これ見て。冬馬と桃華を観察した結果が書いてあるの」
「ええ……」
なんか、結構事細かに書いてあるな。改めて考えると観察されてたってヤバいな。九条さんも気疲れしてるかもだし、やめてもらわないと。
と意思を固めると、教室内に着信音鳴り響いた。目を向ければ、九条さんがスマートフォンを取り出していた。不安そうな顔に、真っ青なメーター。
「ご、ごめんね。ちょっと出るね」
「うん! 大丈夫!」
ちょっと心配だけど、笑顔を見せる。すると九条さんも笑顔を返してくれた。電話に出ると、九条さんは「うん」と頷くだけだった。どんな会話をしているか分からない。そして通話を終えた九条さんは、ゆっくりとスマートフォンをポケットにしまうと、ぎこちない笑顔を俺に向けてきた。
「ごめんね。用事ができちゃったから、帰るね」
「う、うん。じゃあ、帰ろっか。神代さん、ごめんね」
俺も帰ろうと、席を立ち上がろうとする。すると、神代さんは眉尻を下げて、残念そうな顔を見せた。それを見た九条さんは、優しく微笑む。
「桐崎くん、その……私は大丈夫! 残ってあげて」
「え、あぁ、うん……。分かった!」
きっと神代さんに気を使ってくれたのだろう。優しいな。
浮かせたお尻をそのまま下ろし、再び席に座る。すると九条さんは、手をひらひらと振って教室を出て行った。教室内に残っているのは、俺と神代さんだけ。何を話せばいいかわからない俺は、少し気まずさのようなものを感じながら、目線をあちこちに飛ばしていた。すると神代さんが、沈黙を破った。
「二人を見ていても分からない」
「え……?」
「付き合っているから、何か特別なんでしょ? それが見えない」
そう言って神代さんは、机の上に広げられているノートに視線を落とした。そのノートには、俺と九条さんがいつどこで何をしていたかが箇条書きで書かれていた。
そうだ。これをやめてもらわないと……。
「そ、そっか……! それじゃあ、観察はあまり効果がなかったね」
「うん。なかったのかも」
「うん! じゃあ、その……違う角度から探ってみればいいんじゃないかな!」
なんとか遠回しに観察をやめてもらおうと提案する。引きつった笑顔を見せながら人差し指を立てると、神代さんは目をつむって思案し始めた。そして数秒たつと、カッと目を見開いてこっちを見てきた。
「やっぱり、こういうのって直接心情を聞き出すのがいいと思うの。冬馬にいろいろ聞きたい」
「え? 聞くって、インタビューみたいな?」
そう問うと、神代さんは深く頷いた。
「いいよ。まぁ俺なんかの意見で役に立てられるか不安だけど」
そう言って自嘲的に笑うと、神代さんは口角を少し上げて嬉しそうな表情を見せた。その際、神代さんの好感度が60に上がった。
それからいくつか質問を受け続けた。最初こそ、答えるのにすごく照れたけど、神代さんがすごく真剣に聞いてくるから、いつの間にか俺も真剣になっていた。
「冬馬は、なんで桃華のこと好きになったの?」
「え? あぁ、なんていうかな。一目惚れって言ってしまえばそれまでなんだけど。その……気になっちゃう原因があって……」
そう。好感度が見えるようになって、顔も名前も知らなかった九条さんの数値がなぜか高かったから。そんな些細なきっかけで、九条さんのことが知りたいって思ってしまったんだよな。
「原因……? それって何?」
「え? あぁ……いや、それはなんて言えばいいのかな……。あはは……。赤い糸が見えたみたいな?」
自分でも何を言っているんだと? と思う。しかし、数字が見えたなんて言っても信じてもらえないだろうしな。
「なるほど……。見えちゃう系。その設定は使えるかも……」
そう言って神代さんはノートにメモを取り始めた。なんとか誤魔化せたようだ。すると、神代さんは次の質問を投げてくる。
「冬馬と桃華の会話、特別内容がみんなと違うわけじゃないと感じるんだけど。その……友達と恋人だと、なんか違ったりするの?」
「んー……。やっぱり、浮かんでくる話題が違う気がする……かな? 友達といるときは、本当なにも考えなくても下らない話題が出てくるんだけど、九条さんといると、どんな話題が好きかなとか、どんなネタで楽しんでもらえるかなって、一回考えちゃうんだよね」
「なるほど……。息が詰まりそう」
「うっ……」
ボソッと突き刺さるようなことを、真顔で言う神代さん。いつかは、さらりと考えずに話せるようになってみせるぞと、心の中で誓った。と、そんな言葉に怯んでいると、神代さんは続ける。
「でも、きっとそういう時間が楽しいんだろうね」
少し憂いを帯びた笑顔。きっと分からないぶん、人より憧れが強いのかな。よしっ……!
「それじゃあさ、今からゲームしようよ。お互いが、互いの興味を引きそうな話題を考えるっていうの。どうかな?」
「おもしろそう」
そう言って口角を上げた神代さん。また好感度が上がっている。気づけば80を超えていた。それから日が真っ赤になるまで、興味を示しそうな話題を提示するゲームをしていた。やはり知識量の差だろうか。俺は常に興味をむき出しにして、神代さんの話題に食いついていた。
俺が頷いたり、「えっ」と驚いたりするたび、嬉しそうに笑う神代さん。最初こそ、あまり表情の読めない子だと思っていたけど、話してみると、実は結構明るい子なんだなと思った。
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