第3話 話しかけてみたいな1

 翌日の朝。母さんや、美来、春輝のハートマークを見て、あれは夢じゃなかったんだなと現実を再認識した。学校に着けば、沢山現れる30という数字。恐らく、これが基準値。30は俺に対して良くも悪くも何も思っていないということだろう。


 幸いなのかは分からないが、30を下回る人は見かけていない。そのせいか、変に悪印象与えないようにしなきゃというプレッシャーが襲ってくる。


 気疲れしそうだなとため息をつく。さて、次の授業は数学かと、教科書の準備をしていると美来がやって来た。


「冬馬、課題のプリント運ぶの手伝ってくれない?」


「あぁ、いいよ」


 教卓の上に積まれたプリント。あれは現代国語の宿題だ。プリントが大きいせいか、クラス四十人分を一人で運ぶにはキツそうだ。俺と美来で半分ずつ持って、職員室へと向かった。


「しかし、現国の課題、いつも多すぎよね。藤川先生のクラス好感度、絶対低いわ」


「え?! そ、そうだな!」


 美来から飛んできた好感度という単語に、思わず過剰な反応をしてしまう。すると、美来は目を細めて変な物でも見る目を向けてきた。


「冬馬さ、本当昨日からおかしいよ? マジで変なものやってないでしょうね」


「や、やるわけないだろ? 俺は割と模範的な生徒だし!」


 今日も美来の言い様は厳しいものだ。まぁ、それが許される仲だから、今更どうこうという問題ではないけど。


 と、ため息を吐きながら前を向くと、職員室が見えてきた。後一息だと気が抜けたその時、職員室の扉がガラリと開かれる。なんと、そこから出てきたのは、九条さんだった。相変わらずの綺麗さだ。だが、そんなことよりも、やはり頭上の好感度を示すハートマークが気になってしまう。


 なぜ100なんだ……。


 と、九条さんの頭上を凝視していると、美来が俺の肩に肩をぶつけてくる。そして、小声で話しだした。


「ほら、九条さんよ。今のうちに焼き付けといたら?」


「え? あ、あぁ」


 言われて美来から九条さんに視線を移す。すると、またも目が合ってしまった。幾ら何でも合いすぎだ。タイミングが悪いのだろうか。しかし合って一瞬、九条さんはサッと目を逸らすと、背を向けて廊下を早足で歩きだした。


「あーあ、あんたキモがられたかもね」


「え、マジで?」


 ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる美来。俺はその言葉に気が気じゃなくなってしまった。見ていただけで嫌われてしまうなんて。いや、何度も目が合えば、キモがられても仕方ないかもしれない。それに迷惑をかけてしまったかもしれない。


 これは反省だなと、うなだれながら職員室内へ。そして現代国語の先生、藤川先生のデスクにプリントの山を積んで、職員室を後にした。すると、職員室を出てすぐのところで、俺と美来の名前が呼ばれた。振り返れば、数学の先生が手招きをしている。


「桐崎、浅宮! どっちか、プリント運ぶの手伝ってくれ」


 湧いて出てきた依頼。美来が面倒臭そうな顔をしている。ここは俺が行きますかな。


「俺、行くよ」


「お! さっすが! そんじゃよろしく!」


 そう言って美来は歯を見せて笑うと、足取り軽く教室方面へと向かっていった。俺は、怪しい笑みを見せる数学の先生の元へ。どっちかって言ってたし、一人で運べる量なんだろうな。そう思いながら、再び職員室内へ入る。しかし、俺のそんな予想は粉砕された。


 抱えたら、前見えなくなりそう……。


「んじゃ、桐崎頼んだぞ」


「は、はい」


 口角を引きつらせながら返事をすると、先生は満足げに頷く。そして、先生の頭上の数字が40から42に上がった。なんか好感度上がってしまったんだが。


 とにかく引き受けた以上はやりきらねば。プリントの山を慎重に抱え、足元に最大限の注意を払いながら、すり足で進んで行く。


 さあ、最初の曲がり角だ。まずは人がいない事を確認だ。慎重に顔だけ覗かせると、後ろから声をかけられた。


「あ、あの……」


「はい」と返事をしながら、振り返る。すると驚くことに、そこには九条さんがいた。長い睫毛に大きな瞳。それに吸い込まれそうな感覚に落ちるも、突然至近距離に現れた九条さんを前に、俺は豪快にプリントを投げ上げてしまった。


「ご、ごめんなさい」


「い、いや、大丈夫です。手が離れてしまっただけなので」


 謎の敬語を発しながら、しゃがみこむ。そして、プリントをかき集めると、九条さんも一緒になって集めてくれた。集めている最中、チラッとその顔を盗み見てしまう。


 全て集め終え、再びプリントを抱えると、九条さんがまたも俺に声をかける。


「あの、手伝います」


「い、いや大丈夫です! これは俺の仕事なんで! お気持ちだけ受け取ります!」


 なんて綺麗な声なんだ。心が洗い流されるようだ。って、少し大袈裟だったかもしれない。しかし、こう言葉を交えることができてしまうなんて。プリント運びを願い出て良かった。


 そう過去の自分に感謝していると、九条さんの眉尻が下がった。


「ごめんなさい。迷惑かけてしまって」


「あ、えっと……」


 やばい……。今確実に駄目な選択肢を選んだ気がする。ここは手伝ってもらって、教室までの道のりを楽しむが正解だったかもしれない。


「や、やっぱ手伝ってほしいなーなんて……?」


 そう言って、チラッと目線だけを向けると、九条さんの表情がパーっと明るくなる。そして俺が抱えるプリントの束の半分を持ってくれた。


 なんて優しい人なんだ。容姿も完璧、そして優しいだなんて本当完璧というのはこの人の為の言葉かもしれないな。


 そして、二人並んでプリントを運んで行く。その道の途中、男子生徒達からの只ならぬ視線を浴びせ続けられた。そうだった……九条さんは人気者だ。敵対視されてもおかしくない。


 しかし、横の九条さんは気づいていないのか、口角を少し上げて機嫌良さそうにしている。そして刺さるような視線をなんとか潜り抜け、俺のクラスに着いた。九条さんと一緒に、教卓の上にプリントを置くとクラス内の視線が集まる。


 美来は顎をガクガクと震わせ、世界の終わりでも見ているような表情をしていた。そんな中、春輝だけは俺に笑顔を向けてくれていた。なんか喜んでくれてるような。勝手な自己解釈だけど。


「九条さん、ありがとう。おかげで助かりました」


 そう言って歯を見せると、九条さんは口角を上げて俯いた。少し紅潮しているような?


「い、いえ。桐崎くんの役に立てて嬉しいです」


「い、いや、そんな大袈裟な。……って、え?」


 九条さん、なぜ俺の名前を知っている?! まさかこの子、学年の人達、みんなの名前を覚えているのか?!


 そんな驚きに狼狽ながら固まっていると、九条さんはぺこりと頭を下げて、駆け足で教室を出て行ってしまった。すると、寄ってくるのがクラスの男子諸君たちだ。なぜ、一緒にいたのだのと一連のことを根掘り葉掘り聞かれた。それに対して、声をかけられたと言えば、そんな嘘はいらんと滅茶苦茶バッシングを受けた。


 そしてやっと解放された俺は机に額を付けて伸びる。さすが四天王となると、競争率が違う。次は集中したい数学なのに疲れてしまったとため息を吐くと、美来と春輝がやってきた。すると、血相を変えた美来が俺の机に両手を勢い良くつく。


「あんた、何があったのよ?! ま、まさか九条さんに変な薬盛ってないでしょうね?」


「なわけないでしょ。昨日からそのネタ使いすぎだぞ。本当、話しかけてもらえたんだってば」


 これしか言うことはない。しかし、美来もクラスメイト同様、信用していない表情を浮かべている。その横では、春輝が柔らかな笑みを浮かべていた。本当、良い友人を持ったものよ。


「やったな、冬馬。あの感じだと、話しかけるチャンスはありそうだな」


「春輝だけだよ、そう言ってくれるのは」


「はは、別に俺は不思議に思ってはないよ。話したりするのに、四天王だとか関係ないだろ」


 本当、春輝は優しいな。完璧マンなのに鼻にかけない感じというか、人を対等に見れる目を持っている。しかし、その横にいる美来は相変わらず、信じられないといった顔をしている。


「ま、偶然よ偶然。後、ちゃんとお礼言っておきなさいよ」


「もちろん」


 言い方は荒いが、美来も応援してくれてるのかもしれない。美来の一言に答えると、春輝が頷く。


「今日の帰り際とかにでも、冬馬から声かけてみればいいんじゃないか」


「そ、そうだな。よ、よし!」


「はは、そう固くなんなよ。なんなら、ちょっとした協力はするぜ」


「頼むかも……」


 そう自信なさげに答えると、美来が大きなため息を吐いた。


「本当、春輝は冬馬に甘すぎ。ヘタレが加速するだけだよ」


「なっ……。俺だってお礼くらいできるぞ。見とけよな」


「はいはい。頑張ってね〜」


 そう言って美来はヒラヒラと手を振りながら背を向けた。それに続くように春輝は笑顔を向けて、自席に戻っていった。


 や、やってやる! お礼を言うんだ!


 い、言えるかなぁ……。不安になってきた。

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