定家青年編

式子内親王の兄、以仁王、平家打倒のため挙兵する

第18話運命の日

 治承じしょう4年(1180)5月26日、運命の日がやってきた。

 その日式子内親王は一日中加減が悪く、早めに床に就いた。

夢の中で合戦に巻き込まれた式子は横たわったまま身動きできず、

火の海に取り残される夢を見てうなされた。

 あまりの悪夢に目を覚ますと、あたりは真っ暗でまだ夜中だった。

皆寝静まっている時間だというのに、

外から騒々しい人の声やたくさんの足音が響いてくる。

そのせいであんな夢を見てしまったらしい。

 突然、式子の寝床を囲んでいた几帳をかきわけて、

「姫様、一大事でございます!お兄様の高倉宮様(以仁王もちひとおう)が

 謀反の疑いをかけられ、御所に検非違使が宮様をとらえに

 行ったとの知らせが入りました。」

とまくしたてながら、竜寿が慌てた様子で入ってきた。

「なんですって!?お兄様が反乱を起こすなんて何かの間違いよ!」

と式子は叫んだが、数日前に訪ねてきたときの言動に

思い当たるふしがないでもなかった。

「今すぐお兄様のもとに行かなくては!

 ここからほど近い場所に住んでおられるのだもの、

 小走りで行けば、すぐ到着するわ。」

と混乱した頭で式子は口走り、上着も着ないで

髪をおどろに振り乱したまま、白い寝巻に袴という姿ではだしで庭に下り立った。

「ちょっと、どうなされたのですか?

 夜道を女性一人だけで走ったら追剥にさらわれてしまいますよ!

 姫様のように高貴な身分の方が供回りの者も連れずに

 徒歩かちで人前に出るなんてもっての外です!

 それに姫様が駆けつけたところで何ができるというのです?」

と竜寿はなだめたが、錯乱した式子の耳には入らないようだ。

仕方なく竜寿は主君を羽交い締めにして行かせまいとしたが、

ばたばたもがいて暴れるので持て余してしまった。

「きゃー!誰か来てえ!」

とかみつかれたり引っかかれたりした竜寿が悲鳴を上げると、

待ってましたとばかりに、弟の定家が現れたのでびっくり仰天した。

しかし今は細かいことにこだわっている場合ではないので、

「早くお部屋の中に連れ戻して。」

と姉が言うと、弟は

「姫様、さあ、帰りましょう。お兄様はうまく脱出されたそうです

 から心配いりませんよ。」

となだめると式子は納得したのか静かになった。

「さ、夜風にあたると体に毒ですから、

 お休みになって、朝になるまで詳しい知らせを待ちましょう。」

と言いながら、定家は式子を背負って室内に入っていった。

「なんであいつのいうことはきくのかしら。」

と竜寿はやきもちを焼いたことだった。

 家に帰ると定家は

「どうしよう!おれは姫様のお体にふれてしまった!」

と赤面し、寝転がって身もだえした。

なぜあんなにいいタイミングで駆けつけられたかというと、

妖狐に起こされて式子の御所に連れて行かれたからである。

 枕を投げたり、定家がドタバタ暴れていると、

「うるさい!静かにせんか!」

と、父の俊成としなりにどやされた。せっかく気持ちよく眠っていたのに

騒音で目を覚まして気分を害したのである。

興奮が静まった定家はぴたっと動くのをやめて静かになったのだった。


 一方式子は目を開けたまま横たわりながら、

先ほど定家に背負われた感覚を思い出してやはり赤面していた。

「いつだったか、男に背負われて駆け落ちする夢を見たけど、

 あの時おぶわれたのと同じ背中だったわ。

 夢に出てきたのはテイカだったのかしら。」

と兄のことはどうでもよくなったわけではないが、

そちらにばかり気を取られていた。

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