第9話法力が妖術に勝つ

 定家さだいえはたちまち本来の人間の姿に戻ってしまい、式子内親王しょくしないしんのう

以仁王もちひとおうは同時に悲鳴をあげた。

「うすぎたない犬の小童こわっぱめ!けがれた魔性の者のくせに

 前斎院さきのさいいんの御所に忍び込むとはなんたる図々しさ!

  僧侶としての法力により退治してくれよう!」

守覚法親王しゅかくほうしんのう(以仁王と式子の同母兄)は叫ぶと、

迫力ある声で呪文を唱え始めた。

怒髪天をつくといいたいところだが、僧侶である守覚は

興奮のあまりつるつるの禿げ頭に青い静脈を浮き立たせていた。

目が血走り、皮膚が紅潮してまるで赤鬼のようだった。

定家は激しい痛みに苦しんでのたうちまわった。

「兄上!おやめください!その者は以前わたしを救ってくれた恩人です。」

と涙ながらに式子内親王はいきさつを語ったが、

「この犬めが幻を見せてお前を惑わしたのだろうよ。」

と守覚は聞く耳をもたなかった。

 すると突然、今まで黙っていた以仁王が愛用の笛、小枝を吹き始めた。

「あれっ、今までの痛みがうそのようになんともなくなったぞ。」

と定家はつぶやくと、長居は無用とばかりに

煙のように消えてしまった。

「おまえはどうしてわたしの邪魔をするのだ!

 変化のものが害をなしたらどうしてくれよう!」

と守覚法親王は弟宮をなじった。

「兄上。無益な殺生せっしょうをしては都がけがれてしまいますぞ。」

と以仁王は平然としていた。2人は仲たがいしたまま帰っていった。

「やれやれ。お兄様たちは水と油だわ。」

と式子は嘆息したのだった。

 ところで命拾いした定家の方はどうなったのだろうか。

定家の4つ年上の姉、竜寿りゅうじゅが式子内親王に仕えることになった

と父の俊成に知らされて定家はうきうきしていた。

「やった。姉上を訪ねる口実で御所に行けるぞ。」

と思ったが、さらに重大なことを思いついた。

「おねえさまあー。」

とにたにた薄笑いを浮かべて近づいてくる弟を見て、

「あのねこなで声は、なにか頼みごとをするときのだわ。」

 どうせろくなことではあるまいと竜寿は身構えたのだった。

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