斉藤さん(仮名)

そよそよと風が吹く木陰で君をブラッシッングする穏やかな午後。伸びをし、ゴロゴロと僕の足に顔を埋めながら、時折僕を愛おしそうに見上げる君。ブラシに絡まった毛を取りながら君に愛を囁いている時だった。葉っぱが風に揺れる音にまじって

「ニャァァオ」

という鳴き声。君の耳はピンと立ち、音の方向を定める。目の色も変わった。背筋を伸ばし静かに座る君。

「ニャァァオ」

再び声がする。僕に甘える君はもういない。

「ニャァァァ」

君は返事をするように鳴くと塀の上に飛び乗った。僕は慌てて呼び止めたけれど、振り返りもせずに声の方へ走り始めた。君の行く手にいたのは、お世辞にも可愛いとは言えないが、身体が大きく毛並みも良いいかにも強そうなキジトラのハチワレの奴だった。

誰だ!?貴様!

「おいで!」

僕は君を必死で引き止めるけれども、振り向きもしない。

奴は君が側に来るのを待ってから、僕の方を一瞥し、勝ち誇った様な顔をして塀の向こうに飛び降りた。もちろん君はその後に続いた…。


ため息をつきながら、君の姿を見送った僕は奴を『斉藤さん(仮名)』と名付けた。今シーズンの君の恋人『斉藤さん(仮名)』何故もっと顔のいい男を選ばないんだ??可愛さは君が十二分すぎるほど持っているからなのか??

その日から、毎日ように斎藤さんは塀の上から君を呼ぶ。呼ばれた君は嬉しそうに扉を開けて斎藤さんの元へと駆けて行き、しばらく帰ってこない。父親とはこんな気持ちなのだろうか??


腹立たしく思いながらも2ヶ月後の出産に備え、高カロリーなフードをネットで注文し、出産準備に取り掛かる僕。

君の子は…この世で一番愛おしい。

斉藤さん、いい仕事しろよ…。

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