第42話 食戟、開戦!

 あの爺さんの考える余興というからにはあまり良い予感はしないというのが正直なところではある。しかしながら、少し楽しみであるというのも事実である。爺さんと分かれてからその辺をぶらぶらして歩き回ったものの、さして時間は経過しておらず結局自室へと帰ることとした。トボトボと帰路につき、部屋に帰ると下着姿の零が服を選んでいるのであろう瞬間にバッタリ出くわしてしまった。


「あ~涼さん、どこに行ってたんですか~?一緒に朝風呂しようと思っていたのに~。」


何やら優しいシャンプーの香りとともに零が俺に飛びついてきた。


「ごめんごめん、目が早く覚めたから散歩してたんだよ。」


「あー、そうだったんですね~(私もお散歩したかったなぁ)」


「とりあえず、服を着た方がいいんじゃない?」


「あ、その前にどうです?この青色の下着。この旅行のためにオーダーしたんですよ。に、似合ってますか?」


 なぜこの旅行のためにオーダーしたのかというのと、下着が似合っているのか否かを聞いているはずなのに胸やお尻のラインの強調する姿勢ばかりになっているのはさておいておこう。


「あぁ、似合ってるよ。」


「で、では……私はシャワーも済ませましたので昨夜にできなかった……あれを♡」


 俺の両手は零によって恋人繋ぎにされており、その上抱き着かれて上目遣いで軽くベアハッグ状態……。あぁ、零の目も♡状態になってしまった。


 ブー、ブー、ブーと俺の携帯のバイブレーションが響く。


「零、ちょっとごめんね。」


「は、はい……。」


 俺の両手が解放されて、携帯を見ると爺さんからであった。


「はい、どうされましたか?、 あ、はい。零なら起きていますが……はい、あ、分かりました30分後ですね。はい。」


 そして、俺はゆっくりと電話を切った。

 ここで俺は零の必死の頼み事を無下にすることになるらしいが、仕方のないことであろう。


「零、ごめん……。お爺さんと朝飯らしい。零も一緒にだとさ。」


「あら……、分かりました。」


 少しご機嫌を損ねてしまったのか……元気が消えてしまった。

 そそくさと零は身支度を整えて、我々は部屋を後にする。昨日とは打って変わって清楚系の王道である白のワンピースであることに驚きを隠すことができなかった。青色の下着が若干見えているのは、まぁ大目に見よう……。

 

 指定されたところに着くと、爺さんの姿が見に入る。あぁ、この光景にも段々と慣れてきて最近ではもはや飽きている。


 「おー、朝早くにすまんのー。」


 満面の笑みで零を迎える、この爺さんも相当な好々爺であるのは想像に難くない。

 我々が今いるのは、洋食レストランと思しき店の前である。普段は、零の作る和食をメインとしている俺としては珍しい朝飯となりそうである。


 「涼さん、今日の朝ごはんは久々に洋食の様ですね。」


 「そうだな、まぁ和食屋だったら零の方が美味いだろ。」


 「まぁ、涼さんったら♡」


 こんなこと言っては非常に世の中の和食産業には申し訳ないが、これは事実なのである。その辺の料亭なり何なりあったけど、零には及ばないらしい。


 朝飯に呼ばれたが、トーストにスクランブルエッグやサラダなどと健康的かつ普通の食事であり、変に嫌な予感をしていた俺は間違っていたようだ。


 「して、今日なのじゃが、余興として料理対決を開催しようと思うのじゃが?どうじゃろうかの?1対1のトーナメント制とし各試合でテーマを発表して、いかにそれに相応しいものを生み出せるのかというのを考えておる。」


 「また、急ですね。」


 「いやー、グループ関連でレストラン方面の業績があまり良くなくての~。新しい人材として早めに見つけておきたくての~。それに料理部に所属するメンバーもこの船に居合わせているようじゃし……。」


 人材のためにそこまでしますかね……普通。ましてや、高校生で大学受験の勉強なども視野に入ってくるこの時期に料理専攻とは……。でもまぁ、栄養士専攻とかを考えるのであれば料理スキルというのも強いし、料理関連に将来就職という観点からも強く否定はできないな。


 「料理対決とは言っても、既に優勝候補は決まっているような気がしますが……(主にあんたの孫娘とかとか)」


  一応、この点において釘を刺しておこう。まぁ、厳密に言うと、最有力候補という言葉が最適解なのであろう。


 「そうですね……、決まってしまいますよね(涼さんの優勝ですよね、あぁトーナメントで一緒になれないかなぁ~)」


 優勝候補二人して、謙遜し合う様がこれまた可笑しな空気感を醸し出している。爺さんとの話と朝飯が終わり、手持ち無沙汰のために零と一緒に船内のカフェに出向くこととした。カフェとは言っても、みなさんご存じのフラペチーノで有名なあのお店が出店しているという驚きを隠せなかった。


 「ここは落ち着くなぁ~。」


 このカフェは俺も結構通っているものだから、豪華客船に慣れない俺にとっては非常にありがたい存在である。


 「お爺ちゃんもこのカフェに結構ハマっているようでして、船に乗ってくれるように依頼したらしいですよ。」


 「え、マジ?」


 「はい!、あと料理対決の告知がSNS上にありますね。今のところ参加は私と涼さんを含めて8人ですね。とは言っても、料理部がメインですけど。」


 「8人かぁ、そこそこいるもんだな~。まぁ、やるだけやってみよう!」


 零に敵う人がいるのか、疑問に思う点はあるが余興なので楽しみつついきたい。

SNS上に会場や時間の指定があったので、そちらに向かうととんでもなく大きな会場となっており、生徒たちもみな集合しての一種のお祭り騒ぎである。


「では、これより料理対決を行ってもらう。審査員は、わしとこの船の料理長、副料理長、そして船長、副船長が務めることになっておる。ルールは至って簡単じゃ、与えられたお題に従って各自料理を作ってもらう。制限時間は1時間、材料はこちらであらかた用意しておるからそれを使うように。」


 物々しい雰囲気を醸しだしつつ、爺さんは息を吸った。


「では、まず、第一試合萩原涼対神崎未来」


 最初になるとは……。少しはどんなものか見てみたかったのになぁ。


「お題は、パスタ料理じゃ。」


「涼さん、頑張ってくださいね。応援してますから。あと、こちらを付けてください。」


「うん、ありがとう。」


 いつものソムリエエプロンを零から貰い、大掛かりな料理スペースへと向かう。そこそこの観衆が見るなかで料理をすることになるとは夢にも思わなかったなぁ。とりあえず、やってみるとするかな。




「えーー、なんで萩原君なの~」


 そこそこ料理に自信のあった神崎未来の悲痛さが誰も知る由もなかった。

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