第27話 平和な日々を送りたい

 誰しも心のどこかでは必ず穏便かつ平和な日々を願っている。刺激的な日々を送りたい、変化のある日々を送りたいという人間も多いが、そのような人々でもいつか思ったことがあるだろう。まぁ、俺もその一人であることは言うまでもない。


 さて、運動会も優勝という形で終えることが出来、またクラスの親睦も深まったところに水を差すかのごとく始まった、とてつもなく平穏な、標準的な高校生の授業と部活動などに追われた日々……俺にとっては非常に良い、いや羨ましい。


 「涼、まだ部活に1週間入るやつ続けるのか?」


 いつも通り……いや一年が入りすこし楽し気な雰囲気を持った生徒会室に葉山の声を聴く。


 「まぁ、爺さんからもうちょいやれって言われてるからな、だもんで今日からバスケ部だよ。運動会後で走りたくないのに……ったくよ。」


 「まぁ、俺はサッカーがあるから無理だけど……。」


 「涼さん、そろそろ着替えていきましょう!これ、どうぞ」


 「零はもう着替えてるのね……。」


 「下のバスパンは私と同じのしてみました!」


 「あ、うん、ありがと……」


 そう、俺に普通の高校生活はやってきそうにない。そして、今日もまた部活動に参加する。マネージャーとお揃いって、最初からマズくない……。



 うちの体育館というのは非常に大きく、男子バスケと女子バスケで1面ずつ使えるようになっている。勝手な偏見であるが、サッカーやバスケというのはそこそこできればそれだけでモテる。しかも、女子マネージャーがいるとなるとやる気を出すものも多かろう。



 適当に挨拶をして男子バスケに混ざる。レベルはそこそこといったところで、厳しいわけでもなく、俺としては楽である。マネージャーも零を含めて5人になり、会話も弾んでいるようだ。


 基本的な走り込みや柔軟を終えて、少しの休憩である。


 「涼さん、スポーツドリンクです。」


 「あ、ありがとう。どう?そっちは仲良く話してた感じだったけど。」


 「はい、みなさん優しくて色々と教えて頂きました。みなさん、経験者らしいので……。」


 「へえー、まぁバスケ部のマネージャーってのも人気あるからな。」


 「そうなんですよ。この前の雑誌にもそういうのがありました。経験者だけど、マネージャーの方で入って、選手の気持ちとか分かるみたいでなんかモテたりするって。」


 「まぁ、一理あるんじゃない。じゃあ、俺は戻るから……」


 「はい、頑張ってください。」


 ふーん、零もファッション系以外にも読むんだな。そんなことを思いつつ、またコートに戻り、本格的な練習に入る。バスケの練習は基本的にシステム的でそれを何度もこなしていく。団体競技ならではというのが言える。個人技が光る場面も必要だが、やはりチームで連携している所の方が断然強い。

 やはり、へとへと状態になる者も出てくるようで、休憩時間は必須である。俺も汗が滝の様である。


 「涼さん、タオルとドリンクです。」


 先ほども見たが、黒を基調とし赤のメーカーマークの入ったパスパンにピンクのパーカーを着た零が小走りでこちらに向かってくる、この光景が実に幸せである。


 「うん、ありがとう。他の人には渡さなくていいの?」


 「えーと、涼さんだけの担当でいいよっと言われましたので」


 「あ、そうなの。まぁ、他に4人いるしね。いや~、運動会終わったばっかりでこれはきついよ。バスケなんて小学校以来だし。」


 「え、でも涼さん、シュート今のところ全部決まってますよ。まるで、プロ選手みたいです。他のマネージャーの方もすごいって言ってました。」


 「へー、それは嬉しいな。じゃあ、このままシュート全部決めてみようかな。」


 「ねぇねぇ、萩原君だっけ?、あともう1時間くらいしたら練習終わりだからさ~、その後、私たちと5対5でゲームしない?」


 と、唐突にマネージャーの一人である、佐々木 暦(ささき こよみ)に話しかけられた。まぁ、零に名前を教えてもらったんだけどさ……。


 「俺は良いけど、他の4人は?」


 「あぁ~大丈夫よ。レギュラーといつも練習後にお遊びでやってるやつだから。」


 「なるほど、でも零はどうするんだ、経験者じゃないぞ。」


 「東雲さんには、色々教えたし。萩原君のマークについてもらうから。あと、男子から女子へのファールは最初からフリースローで、女子から男子へのファールは取らないからよろしくね。あ、女子が勝ったら、男子の奢りでファミレスだからね~、あ、男子はないから。」


 なんというルールの改変と奢りであろう。まぁ、零もそこそこ運動神経いいから、そこは心配しないけど……何をしてくるか予想がつかない。

 そして、その時は訪れる。レギュラーと俺vsマネージャーというのが始まった。経験者と言えど、やはりダッシュや身長という観点では及ばないところがある。なぜか、俺は零と暦の二人でマークされている。一人がノーマーク状態になるのだが、女子はファールなしなので、色々とファールをして点を稼いでいく。しかも、男子はファールをすると、もれなく相手に1点のようなものなので消極的である。

 試合も競ってきており、2点のビハインドの残り3秒のところで、スリーポイントラインにいる俺に、二人のマークの逆を突いたパスが回る。まだ、今日、俺はシュートを落としていない。シュートモーションに入る……


  「東雲さん、お願い!」


  「涼さーーーん。」


  「えっ!」


 あと少しでボールが指から離れるところで零が俺に飛びついてきた。ギリギリ、フェイント避けられるが……避けたら零は……。そして、零のそれを全身で食らう。完全にファールだが、この場ではファールではない。ボールを放つが明らかに飛距離が足りない、そして俺は零と一緒に後ろ側に落ちていく。


ビーーーーーー


 ブザーが試合終了を告げる。結果は男子の負けである。いつもは男子が勝つらしいが、みんな零に見とれていたり、マネージャーと付き合いだしたメンバーが2組いて、攻撃が甘くなったらしい。


 「零、大丈夫?」


 俺はコートに仰向けで零を乗せて横たわっている。押し倒されたと言っても過言ではない。


「はい、すみません。負けそうになったらこうしてって言われたもので……。(涼さんのにおいだぁ~、ずっとこうしてたいよ~♡)」


「ふーん、なるほどな。じゃあ、俺のシュートを今日初めてブロックしたのは零ってことになるな。ほかのメンツには無理だったのに……。」


「えーー、本当ですか。嬉しいです。」


「東雲さん、ナイスッ。これで、男子の奢りで行けるよ。ありがとね。あぁ、ファミレスの席だけど、東雲さんは萩原君の隣で、あとのカップル組と一緒にしておくからね~。」


 「はい、わかりましたーー。」


 「あれ、なんで付き合ってるって知ってるんだ?」


 「え、だって有名じゃん。運動会もそうだったし、それにお揃いのバスパンとか絶対にそうでしょ。しかも、今だってずっと東雲さん抱き着いてるし。それに東雲さんに練習中にしっかり聞いたし、だから最後に……。」


 「あ~、じゃあ男子組は最初から負けってことか……。」


 「うん、そうだね。本当は、東雲さんにずっと抱き着いてファールしてもらって萩原君にボールがいかないようにしてって言ったんだけど……そしたら東雲さんが恥ずかしいってさ……。」


 「さいですか……。だけど、零、俺がフェイントかけて避けるかもしれないって思わなかったのか?」


 「涼さんは、避けないって信じてました。それに、ボールを放してから、私を庇ってくれましたから。」


 「そっか。読まれてたか……。」


 「ほら、イチャイチャしないで。早く行くよ、遅くなっちゃうから。」


 「はい!」


 そして、俺たちはクールダウンなど行った後にファミレスへ向かい、楽しく食事を囲んだ。なんというか、俺の思っていた、憧れていた日々とは大きく違うが、これはこれでアリだと感じる自分がいる。零と付き合いだした当初とは違うが、充実していることに変わりはない。



 「涼さん、今度は1on1をやってみましょう。」


 「抱きつくのは無しな……。」


 「えーーー、それは酷いですぅ~。」


 帰り道、暦に色々とバスケを吹き込まれた零は残念そうであった。

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