第25話 運動会 開幕
運動会という行事については誰しもなにかしらの思いを持つものである。女子に良い恰好をしたいと望む者、クラスの人気者に躍り出たい者、はたまた早く終わらないかと退屈する者、まぁ様々いるだろう。しかし、俺の学校のモチベーションというのは異常だ。なぜか……上位クラスへの懸賞である。選手陣は鍛錬に鍛錬を重ねているようだ、また応援するクラスメイトも熱量はすさまじい。勝てば英雄、負ければ戦犯という具合にまで仕上がっている。そう、活気ではない殺気に満ちていた。昨年とは平和さに欠ける……。
朝10時から競技スタートということで俺と零は朝8時に競技場へ入る。もうすでに準備している者は多くいた。運動会は2日間で行われ、初日は俺の出る短距離種目(100m、200m、110mH、400m)、そして零が出るらしいパン食い競争である。クラスが多いので予選から始まり、準決勝、決勝である。まぁ相当走るということだ。
「涼さん、もうかなり人がいて観客席も良いところは取られてますよ。」
「あぁ~、大丈夫。雅とか女子たちがもうクラスで場所取ってるらしいから。ほら、見てみ。」
そして、俺はトラックを背にして、観客席に指をさす。そう、直線コース中間、最前列にAクラスの女子がブルーシートにテントをセッティングしておしゃべりしているところを……。
「特等席じゃないですか!」
「これで負けたら殺されちゃうね。」
「そう言って、簡単に勝つのが涼さんですよ♡」
「まぁ、そんなわけでアップしようかな。」
そして、いつものように淡々とストレッチなり、軽い走り込みを行い、零のマッサージ等々をこなす。
9時半になると簡単だが開会式などがあり、爺さんやらお偉いさんが挨拶などをする来賓席で観戦とかどういうことだよ……。記録員は体育委員と体育科の先生が主である。各クラスにレース順などが記されたプログラムが渡されて、クラスのテント内でそいつと睨めっこである。
「萩原君、全種目最終組4レーンじゃん、すごーい。」
「いや、別に凄くはないだろ、予選なんだから。てか、400mで葉山と走りたくねぇ~よ。」
「なんでだよ?」
「ただでさえきついのに葉山コールが飛んでくるんだぞ、嫌になってくるよ。」
「わ、私は涼さんコールします!」
「ほら、愛しの零ちゃんが応援してくれるんだよ。」
「とか言って、雅は葉山コールだろ。」
「うん、もっちろん!」
「萩原君、葉山君、雅さん、頑張ってね。私たち一生懸命に応援するから」
「いや、俺ら以外も各種目4人くらい出てるんだけど……」
「あ……」
「いいよ、俺たち(私たち)なんて……」
応援されるのはありがたいがクラス単位ということを失念しない方が良いな……あまりクラスの人を覚えきれていないが、これを機に親睦を深めていきたい。こんな和やかな雰囲気を出しているのはAクラスのみで他はやはり熱量が違う。
そして、俺たち選手はクラステントを離れ、競技開始である。予選は1年生の実力が未知数であるために全力で走り、俺の出るすべての競技で全体1位のタイムで通過した。400mでは葉山とかなり競ったが勝つことができた。
「涼さん、全体の1位ですよ。準決勝、決勝もこの調子でいきましょう!」
クラステントに戻てくると、零が一番乗りで俺のもとへ来る。
「いやぁ、400mはマジで焦った~、やっぱ葉山とは走りたくないわ」
クラステント内では、優勝確実ムードであり、余裕の面持ちの者が多い。
「あ、零、スポドリない?また準決勝だから飲んでおきたいんだけど……」
「はい、どうぞ」
零は素早く自分の荷物を探しわけて、大きめの保冷バックから俺にスポーツドリンクを差し出す。俺は「ありがとう」と言い、2口程度飲んで零にまた返す。このやりとりも練習初日あたりは視線が色々とあったが、今では日常的な光景となっているようで良かった。
「準決勝のレースに出場する選手はスタート位置に集合してください。」
と、アナウンスが入り、予選通過者(各レース上位3人)は移動を始める。まったくもう少し休みたいのだがな……。
「じゃあ、零、俺行くから、また後でね。」
「はい、頑張ってください♡」
準決勝はあらかたタイムが分かっているので基本的に後半2割程度の距離のところで力を抜き、決勝までの温存とした。タイムは落ちるが、決勝進出したので文句は言われないだろう。
「ったく、さすがに疲れるなぁ」
「涼もそんなこと言ってよく走ってるじゃないか?」
「余裕だな、葉山。お前は疲れないのか?」
「今日は400mだけだからさ」
準決勝の最後のレース400mを終えて、トラック脇を歩いている。俺と葉山は温存のせいか同着となった。Aクラスからとてつもない歓声があったが、それ以外は意気消沈と言ったところ。なぜかって?、みんなヘロヘロだからである。そんなこんなでもう午後5時ぐらいである。決勝はなんというかこのグラウンドや学校の宣伝を兼ねたいからと日が完全に落ちてからのナイターで行うらしい。
「ナイターってオリンピックの決勝かよ?」
「五十六氏はそのつもりなんだよ、自分のお気に入りが1位なんて面白くて仕方ないんだよ。」
「それは、それは、疲れる役回りだよ。」
なんてことを口にしながら、テントに戻る。すると、零がまたいち早く俺の元へ来る。
「涼さん、お体は大丈夫ですか?タイムが一気に落ちていましたけど……」
非常に心配そうな眼差しで俺を見る。
「大丈夫よ、零ちゃん、たぶん決勝のために温存してただけだと思うから、ね、そうだよね?」
「さすが、雅、勝ち方を知ってるな」
「まぁね、勇人もお疲れ様!」
「あぁ、うん」
「え、そうだったんですか?、私は涼さんの体に何かあったとばっかり思ってました。」
「ごめん、ごめん、そういえば零にずっとタイム計ってもらってたもんね。今度からは抜くときは抜くって言うから。まぁ、決勝は本気で行くけど……」
「はい♡」
「あと、零、なんか食べ物ある?、少し腹に入れておきたいからさ」
「はい、わかりました。」
すると、零はまた自分のバック類からまた違う保冷バックを出して、そこから俺におにぎりを差し出す。
「すみません、冷えてしまいましたけど……」
「全然、大丈夫。やっぱり零の料理が一番だよね。」
俺は零からおにぎりをもらうと、すぐに食べあげてしまった。もっと食べたいところだが、すると走りにくくなるのでやめておく。
「そ……そんな一番だなんて♡」
雅&葉山 「また始まったよ、この夫婦。」
「あと10分後に決勝戦を開始しますので、選手のみなさんは準備してください。5分後にまたスタート位置に集合してください。」
「もうそんな時間か……じゃあ、零、上着替えたいから、替えのやつちょうだい。」
「はい、どれにしますか?」
零はまた素早く俺に替えを見せる。前と同じ種類のものか、それよりもタイトなタイプかである。本気のレースにしたいので、タイトな方にした。
「す……すごい…(涼さんの腹筋、浮いてる~)」
「なんか言った?」
「い、いいえ何でもないです。あ、涼さん、着替えたものは私に」
「あ、ごめん。汗臭いと思うけど……」
「大丈夫です♡、頑張ってきてください。」
そして、集合場所へ俺は向かう。葉山は400mだけなので、まだ集合しない。
すると、俺にある人物が迫ってくる。
「どうも、新聞部の秦です。いやぁ~見事な活躍ですね。写真も高く売れそうです。」
「いや、売れないだろ。普通に女子の方撮れよ。」
「(あなたの奥様)からの……リクエストでして。」
「えぅ、誰のリクエストって言った?」
「いいえ、個人情報ですので」
「あぁ、そう」
今、アナって言ってなかったか……、この学校に外国人留学生とかいたっけ?
「んで、決勝前になにか用?」
「はい、実はまた面白いものがとれましてね。東雲さんなのですが……」
「零がどうした?」
「これを見てください。」
見せられたのは、顔を赤くしながらスポドリを飲んでいる零の写真となにかタオル、衣服を鼻に押し当てている零の写真だった。
「これがどうかしたのか?」
「実は会長の飲んだスポーツドリンクを東雲さんが乙女な顔をしながら、間接キスと心でつぶやきながら飲んでいました。そして、今さっき、会長が脱いだものをクンクンとやって悶絶しておりました。」
「あーうん、そう、分かった。」
「さすがは会長、女を手玉にしていらっしゃる。ちなみに、他のクラス女子も会長の走りにくぎ付けでしたよ。」
「んで?」
「おかげでまた売れそうです。ほほを染めて、応援する女子、ちょっとした瞬間に揺れる胸、もう少しで見えそうな下半身、これは売れる。」
「おー良かったな。」
確かに、運動会だけあって選手以外も体操服とは違うが、まぁなんというかそういった類が期待できそうな服を着ているものは多い。零もその一人だが……。
「では、最後にこれをどうぞ。」
「これは…………」
そして、俺は見事に全て優勝した。葉山にもある程度差をつけて。当たり前だ、決勝前に、首につけている指輪をぎゅっと握りしめて、トラックいや俺を祈るように応援している零の写真を見せられたのだから。
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