第20話 課題は迅速に、図書館で
図書館というのは、名前だけで判断すると堅苦しい印象があるが、最近では内装などに工夫を凝らしたものが多く存在している。新設となれば、尚更にである。テストに向けて勉強という名目の元、現在、その図書館に向かっている。俺の家から電車を使って30分程度の場所に位置しており、名を「黎明図書館」という。お察しの通り、黎明高校のそばにあり、その辺一体の地名だからである。
そして、今、俺は電車内で絶賛睨まれております。なぜかって?、簡単だよ。隣に可愛いらしい子がいる、楽しそうに笑顔で話しかけてくる、それに無表情気味で対応している冴えない男。この状況が原因なのはわかっている。俺の学校とは方向が違うため、零や俺を見たことがあるという人間が皆無に等しいからである。まぁ、学校の方向であっても、多少は睨まれるが……慣れた自分もいる。
「図書館とカフェの融合だそうですよ。涼さん、まずはここから行きましょ!」
先ほどから元気の良いことで……。
「確かに、最初から本に囲まれるのも窮屈だし、そこから攻めてみるか。」
「はい!」
良いお返事と同時のその笑顔が俺の睨まれている一因ということをこの隣人さんは知らない様子である。
パシャリ
「これは、大スクープ。まさか、ここでこんな大物が釣れるなんて。追跡せねば……」
なんてことを俺らは知る由もなく、黎明図書館まで歩いて少しの黎明駅に到着。今更だが、零の私服は眼福である。黒のノースリーブに白が基調の青い花柄の付いたスカート姿……うん、可愛い。勉強ということで色々詰め込み、背中にまぁまぁなサイズのバックというのが玉に瑕であるが……。俺は、ジーンズに適当に長袖と羽織程度である。
「電車の中、結構制服の人いましたね?」
「まぁ、黎明だからな。補習とか部活じゃないのか?」
「涼さんも最初は黎明高校志望だったんですか?でも、私のせいで……」
「どうだろうね~。倍率は例年3倍後半……大学入試かよ。俺が入れるかは怪しいよね。」
「そんなことありません。涼さんならきっと黎明高校でも学年1位ですよ。」
この少し大きめな声にいくらかの黎明高校生と思しき生徒が反応したのは言うまでもない。
「ふふ、それは現実的じゃない。いいの、それに黎明だったらこんな良い子と、まぁ~付き合えないからさ」
俺は零の頭に手をやって、少し興奮気味の零を落ち着かせる。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい」
図書館には、静かにすべきところとカフェ的な場所とで分かれており、当初の予定通り後者で勉強を始める。二人用の少し大きめな机に向かい合う形で座る。俺は、とりあえず、試験範囲で課されたワーク類を片付ける。提出物を後回しにするというのはあまり賢明とは言えないからだ。その後には、あとは自分の好きな勉強をすれば良いのだから。まぁ、零には悪いが、ワーク類が終わったら、図書館内にある小説や論文などを読み漁る予定である。
「涼さん、質問いいですか?」
「うん、いいよ~」
数学の質問に答える。
「涼さん、この問題分かりません~。」
「これはね~、この条件を使って~」
物理を教える。
その他、20程度の質疑応答を繰り返した。零の基本はしっかり出来ている印象のため、スムーズに理解が進んでいるようである。零の恰好のせいかチラホラと視線をくれる人もいた。楽しい時間は早いもので、もうお昼である。お昼は図書館から少し離れたファミレスで取ることになった。メインは食べ終え、デザートタイムであり、零は抹茶パフェ、俺はカフェオレで駄弁り始める。
「涼さん、どれくらい進みました?」
「うん、あと1~2問くらいで提出課題は終わるはず。」
「えっ?」
零は、すごい驚きの表情で俺を見る、パフェからの手が止まる。
「早すぎませんか?私まだ半分も終わってませんよ。」
「って言われてもなぁ~、零の質問とかに答えられるようにかなりハイペースでやってるからね。」
「だとしても、早すぎません?」
「まぁ、だから午後は図書館の本とか少し読もうかな~って思ってさ。分からないところとかあったら呼んで」
「わかりました。」
そして、予定通り、零は前に座っていたところで課題を潰しており、俺は書架巡りである。やはり、大型で新しい図書館だけに本の数は相当である。まぁ、楽しいのであるが……。すると、俺は何か視線のようなものを感じた……自意識過剰かとも思ったが、俺を追うようにして動く人がいる。
「あの~、すみません」
「はい、何ですか?」
唐突に後ろから声を掛けられた。
「あの~、午前中に彼女さんみたいな人と勉強してた人ですよね?」
「まぁ~そうですけど。」
「あの~多分なんですけど、この問題集使ってませんでした?」
そこには、うちの学校で採用している数学の問題集があった。
「あ、うん、これと同じやつ。って、その制服ってもしかして黎明高校の人?」
「はい、黎明高校2年の中村です。」
長めの髪を後ろで結んでおり、好みとは外れるが、よく見ると可愛い人であった。
「俺は、あれどこ高校だっけ名前忘れたなぁ、最近できた東雲グループが作った高校の同じく2年だよ。名前は萩原ね。」
「奇跡的に黎明に入れたんですけど、全然ついていけなくて今度こそ赤点になってしまいそうで……。」
「さすが黎明、レベル高そうだもんね。」
「そうなんですよ~。それで、私のやってたところと同じ問題の解き方を彼女さんに教えていた時に私も聞いてしまって、分かりやすかったので教えてもらおうとまずかったですか?」
「いや、いいですよ。黎明の人に言われると嬉しいね。それで、どこの問題を言えばいいの?(あとで零になんて言おう……)」
一方そのころ、零はというと。
「あぁ~全然終わらないですぅ~。涼さんが早いのは当たり前なのですがこれは相当ですよ~。問題集の答えと私の答えがかなり違いますぅ~。もう、涼さんに頼ろっと~いいもん私は涼さんの彼女だもん~奥さんだもん~。」
そして、涼さんのいるであろう書架の方へと行く。一応、メッセージアプリで先に伝えておく。
「涼さん、ピンチです。全然わかりません、教えてください。今、どちらにいますか?私も今、書架の方にいます。」
俺の携帯がふいに揺れた。まぁ、たぶん相手は零であろう。メッセージを目にする、これはまずいぞ。早く教えて零のところに行かねば。
「えーと、これがどうしてこうなるんですか?」
「あ、それはこの公式を使ってね、こうするとこの式ができるから」
「あ~なるほど」
あっ、なんか零と同じ感じがする。でも、零の方が飲み込みが早い気がする。まずいぞ……。
「あ、ごめん、彼女からSOSきたから一旦戻るね。」
「あ、はい。すみません、教えてもらって。」
「いいの、いいの」
自分のいる書架のところを出ると、ほぼ正面に零の後ろ姿を捉える。スマホをずっと気にしていた。俺の返答待ちだったのかと申し訳なくなりながら、静かに近づく。ノースリーブで露わになった肩に触れる。
「きゃあ」
「あ、ごめんね。俺のこと探してた?」
「あ、すみません。涼さんとは思わず。」
「後ろ向いてたからついね。」
「まぁ、涼さんったら」
「それでどの問題から分からないの?」
零は手に持つ問題集を開いて、こう告げる。
「この問題から……全部です…。」
うーん、中村さんの方がまだマシだったーーーー。
「よし、じゃあ席に戻って頑張っていこうか。俺も手伝うから」
「はい。」
そして、俺はそのまま零の肩を抱いて書架を後にする。零が少し赤くなりながら、問題集を抱えていたのは恥ずかしいからだろうか。
「どう、やれそう?」
「はい、なんとか分かってきました。」
「うん、良かった。良かった。」
相当数の問題を教えていたせいか午後5時ということで家に帰ることとした。帰りの電車では、零は疲れたのか隣で眠ってしまっていた。手にある、睡魔に負ける前まで読んでいた教科書には、午前には見なかった付箋がこれでもかと付けられていた。
「この分だと、次の学年一位は零かな……」
「涼さん~、この問題どう解くんでしゅか~」
寝言に質問とはね~、周りの視線もどうでもいいな。
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