生徒会長は万能だが…
越水ナナキ
第1話 新しい春
枕元にある時計は朝五時を示していた。
「ふぅ、さて今日も朝ランと行こうかな」
と、俺こと萩原涼(はぎわら りょう)は体を鍛える為に二日に一度ほどのペースで朝走ることにしている。低血圧で、朝に強いのかと問われればそうではない。全ては昨年に新設された俺の通う高校の生徒会長という役職にされてしまったことにある。まぁ、男だからそれなりの体を持ちたいというのもあるが…。
「ふぁぁぁ~、今日ぐらいもっと一緒に寝てようよ~、どうせ午後から始業式だけなんだから」
と未来の花嫁さんから眠気が強めの正論をベット上にて受ける。
「と言われましてもね~、一応ね」
俺は、ウケ狙いを兼ねて改まって答えた。
「どうせ、お爺ちゃんから色々言われたんでしょ。高校のためにとかなんとか」
「流石っすね~、洞察力のある人は好きだよ」
とチャラめな返答をしつつ着替える。彼女のお爺様が高校の理事長かつ俺をスカウトし、零との交際、もはや同棲に至らしめた張本人ということを思い出してもいた。
「なんか、目が覚めてきたから、朝ごはん作って待ってますね~」
「お、ありがとうね、一時間ぐらいで戻って来るから。」
「他の女の人と走らないでね~」
「何の嫌味かな、モテない私に向かって」
と自虐的なことを言って自室を後にした。そして、玄関で蛍光オレンジのランニングシューズを履き、少しのストレッチを行う。家を出て、家を眺める、毎度ながら思うことがある。あの爺さんは一体いくら懐に蓄えているのかと…。どこの匠が作ったのかという程に住む人の事を考え、色合いを考え、和洋の融合を考えと素人目には想像のできない工程を踏んだ高級住宅を目の当たりにして…。
ランニング中は、そう、事の発端というべき中学3年の秋のこととそれから今に至るまでを回想していた。
「進路志望書の提出が遅れているようだが、どうした?」
と俺は職員室にて担任の白石先生から指導を受けている。白石先生は、女性ながら男勝りな口調かつ率直にモノを言うので俺は気に入っていた。
「ただ単に、面白そうな高校がないからですよ。」
と生意気ながら俺も率直にモノを言った。
「学年一位をずっと維持、そして二位以下には50点以上の大差をつける君だからこそ言えるセリフだな」
「その大差は先生方の責任でしょ、範囲を逸脱しての高難度な問題かつ問題数の増加、何人がそれで点を落としたことか。」
と俺はテストの悪態をつき、話をうやむやにしたかった。まぁ、そうはいかないのが世の常であるが…。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。どうだ、県下一位の黎明高校とか、推薦枠と特待枠もお前なら確実だろ」
「ご提案うれしいですが、面白そうだなと思えないんですよね」
「大学の進学実績も国立ばかりだし、お前の好きな、自由な校風でいいと思うんだが。まぁ、担任として学年一位が県下一位の高校となるとウケも良いし。」
率直にモノをいう人は好きだ。こういう感じに自分の欲望を交えてくるあたり、教師としてどうかとなれば別だが。
「まあ、適当に考えときますね。」
「そうか、じゃあ、書類は明日提出だな」
「笑えない冗談ですね、待ってくれるのが良き教師だと思うのですが。」
「提出が遅れている者に催促をする、こんな良き教師はそうそういないと思うが」
こんな正論に為す術なく、職員室、学校を後にした。
気晴らしにコーヒーショップでカフェオレと堪能しつつ、数学に勤しんでいた。家の方向とは逆ではあるが、駅の近くの二十階建てビルの最上階の飲食フロアの一角。この木目調の店内、静寂さがクセになる。今日も十人程度の人がいた。その中にはとても可愛く、黒髪でミディアムと言ったかな、そんな同じ年ぐらいの女もいた。ちょっとラッキーと思っていた。だが、この日は少し違和感、いや何か悪い予感がした。
夜七時を回り、事は起こった。店のガラス窓から黒煙、それもかなりのものが昇ってきたのである。火災だと思った、だがすぐに爆発音がした。また黒煙も増えてまさかと思い、携帯のネットニュースをみるとテロの犯行予告があったとのことだった。つまりは爆弾だ。推測するに十階~十二階あたりか。確かにこのビルは議会でも揉めていたし、反対派の中には野蛮な奴もいたなと妙に冷静な自分がいた。
「犯行予告ってここじゃん」
「早く逃げるぞ」
と店内も先ほどまでの静寂とは打って変わって騒然としている。俺はテロの目的や現状が分からないままに下手に行動するのはどうかと思い、平然と脱出経路を考えていた。三階まで行ければ、駅につながる連絡橋があることを思い出した。下の階へは非常階段を使うとして…と非常階段を確認したところ、下から少し煙が来ているが大丈夫だと考えた。だが、他の人たちはそうは考えずに屋上から救助ヘリを呼ぶということで助かると考えていた。
「さぁ、屋上に行くぞ。」
「屋上は危険だと思います。今は改修のために色々と機材がありますし、犯行グループが何か仕掛けている可能性もあります。」
と仕切っていた人に持論を展開した。
「じゃあ、どうしろと?、まさか下に行くんじゃないだろうな」
「その通りですよ、一度爆破が起こったところを再度爆破する可能性は低いですし、火の手も上には来ますが、下には落ちてきませんから。」
と自分が正しいという感じに物申してみた。だが…
「それは命を捨てに行くようなものだ、私は上に行く。まだ死にたくはない」
「上だろ、下に行くんなら一人で行け」
とご老人と30代くらいの男性から否定された。
「非常口も確認しましたし、おそらく大丈夫だと思いますよ」
「おそらくってなんだよ。確実じゃないのかよ」
「意見するのも大概にしなさい。」
と俺が悪者のように先ほどの二人から説教まがいの言葉を浴びる。その他も口には出さないが、コイツは何を言っているのかという目線をくれている。これは諦めて一人で下に行こうとすると、後ろを付いてくる人がいた。ラッキーと思ったほどに可愛い、前に見た女の子だった。
「俺に付いてきていいの?、確実じゃないし、他の人はみんな上に行くはずだよ。」
と声をかけてみる。
「私はあなたを信じます、他の人はあなたの意見を聞こうともせずに否定しました。論拠も浅いですし、しかも、一人で行けは酷過ぎます。」
「まぁ、人間、命が危ういと思ったらそうなるって」
と彼女が信じてれた嬉しさと自分の中での諦めを口にした。
「じゃあ、信じてくれた君は私が守るとしましょうかね、命をかけて。」
と感謝ついでに恰好つけてしまった。まぁ、面白いことも何のなく、これからをどうしようかと決めあぐねていた俺にはちょうどいいかもしれない。両親も海外で放任主義だし、多少は悲しんでくれるかなと死ぬ覚悟はできていた。女の子は何もいわず黙ってしまった。
「萩原涼っていうんだけど、名前教えてもらっていいかな?」
「東雲零といいます」
と自己紹介で和ませようとした。
「へぇ~、いい名前だね。可愛い顔してカッコいい名前、最高だな」
おっと心の声がでてしまった。
「可愛いですか?」
ここでまたすごいのが返ってきた。俺の身長が178㎝、彼女が160㎝強でいい感じの上目なっていた。
「十分に可愛いでしょ、俺の感性がイかれてないならね」
彼女は顔を赤くしていた。いや、誰でも思うだろと俺は平然だった。
「じゃあ、降りようか。少し長い道のりだけど」
と俺が階段の一段目を踏むと、
「三階の連絡橋に行くんですよね。」
「ご明察、その通りだ」
と下に行くとしか告げていないのによくわかったと感心していた。
「ですが、まだお披露目してませんよね、確かあと数日先のはず」
「ほぉ~、よく知ってるね」
「はい、お爺ちゃんと色々回ったので、確かこの少し離れたところに学園を作るからここに学園の本部?オフィスを入れようってことで」
「へぇ~、すごいね~」
と下りながら世間話をしていた。煙はほぼ気にしなくてよいらしい。学園で、そして東雲かぁ~、あれ何かあったなそんなのと感じたが思い出せない。
「お披露目がまだなのに通れますかね?」
「大丈夫だよ、囲いとか立ち入り禁止とかはあるけど、残りの作業は内装だけだって工事のおっちゃんが言ってたし。それと、結構厳重に管理されてたから犯行グループが入ったとも考えにくいからね。」
「え、そこまで考えたんですか」
「憶測だけどね」
と彼女は驚いていた。探偵というのは、こういう快感をいつも得ているのかと考えると羨ましいなと今日ほど感じたことはない。
そして、会話をしつつ、七階あたりに来たところで煙の量がかなり増えた。爆弾や火災があったのはこの階だと判断した。
「あまり煙に当たらないように素早く行くよ」
「はい」
と元気な返事で安心した。
自分でもおかしいと思うまでにも簡単に三階についてしまった。あれ…。
「なんか、簡単に三階まで来たね。」
「信じてよかったです、あともう少しですね。」
と心に余裕が出てきたところで、彼女の容姿に目がいってしまった。制服モデルかと思う程のスタイル、色白で、眉目秀麗、世の中には凄い人がいるものだと心底思った。制服には疎いので学校は推察できない…。
「あっ、連絡橋に着きましたね」
「おっ、それじゃあ渡りますかね」
彼女をみているうちに目的地となった。連絡橋の中に入る、上方がガラス張りで夜空を見るのもいいと思った。辺りは真っ暗、おおよそ30mの道のり、駅であろう光を頼りに向かう。
ピッピッ………
とそう、怪しい音が鳴った。
「え、なんですか?今の音」
「まずいな」
すると、我々の入ってきた所が爆発した。かなりの勢いをもって。
「ちっ、くそ」
と咄嗟に彼女を庇った、彼女のなんとも言えぬ柔らかい体を引き寄せて。硬い床や散乱するガラスに体を強打しつつ、ようやく収まった。
「あぁ、痛たた、また、結構飛ばされたな」
ともう駅に差し掛かっていた。駅も騒然としていた。当然、すぐそこの連絡橋が爆破となればな。
「さて、ケガはない?」
「はい、ありがとうございますぅ…、え、腕が、あ、肩もすごいケガして、血が」
とここで俺は気づいた。彼女を起こそうとしている左腕が血だらけになっていることを、いわずもがな右腕や背中も。
「君を守るのに必死だったもんでね」
「えっ」
と驚き、少し赤くなっていた。
「まあ、とりあえず、救急車でも呼んでもらおうかな」
「はい、今電話しますね」
駅に出てきてやっと助かったと思った、騒然ともしたが。
あれ、少し視界がぼやけるなぁ、頭も少し変だな。
「あの~、なんでそうまでして私を守ったんですか?」
「いや、命懸けるって言ったか…」
バタン………
俺の視界は暗くなり、そして倒れたらしい。
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