ようこそユートピアへ ~記憶喪失で始める理想郷ライフ~
@tubamitu
第1話 気づいたら、ここは
──こんな事が、あるだろうか。
ここは草原か、草が揺れ風の吹く中、僕が目が覚ますと見知らぬ女性にジッと見つめられていた。思わず驚いてまばたきをすると、女性は安堵の表情を浮かべた。
「良かった、生きてたんだね!てっきりもう息が無いかと思ったよ」
快活そうな女性は、腰に手を当てて落ち着いた様子で僕に声をかけた。
「さて、と。あんた、家はどこなんだい?」
……家?僕の家は、どこなんだろう。というより、ここはどこなんだろう。軽く辺りを見回すも、全く見覚えの無い景色。それよりも……
「僕……家どころか、自分が何してたのかも覚えてないです」
「えっ? ……じゃあ、記憶喪失ってわけか。あんた名前も覚えてないの?」
「……はい」
自分が記憶喪失だと、認めざるを得なかった。かろうじて分かるのは自分が10代の男性だという事ぐらい。記憶喪失という単語は分かるから、常識までは忘れてなかったらしい。
「うーん、困ったねぇ……それじゃあどこの家の子か、いやそれ以前に何者か全然不明ってわけだ。まぁ、あんたは見た通り善人そうだと信じるけどね」
僕の第一評価は、『善人』だった。
風の拭く丘に風車がそびえ立っている。どうやら、風車で何かエネルギーを起こしているようだ。ゴウンゴウン、と機械音が風車から繋がれた金属のパイプから聞こえてくる。そういえば、風車も白いが女性の服も真っ白だった。
「じゃあ、とりあえず市場まで降りるとしようか!人の多い市場なら手掛かりが見つかる可能性があるし。ほら、歩けるかい?」
女性は起き上がる手を引っ張ってくれた。そういえば、まだ名前を聞いていなかったっけと思っていると、向こうから名乗ってくれた。
「あたしはアーゲイネ。農家の子だよ、よろしく。何か名乗って欲しそうな目してたからさ」
農家の子、アーゲイネに連れられて丘を降りてゆくと、確かに大きな市場が見えて来た。彼女の言う通り、人の数はとても多かった。
「あれが市場さ。あ、区長がいるね!ちょっと聞いてみようか。安心しな、全然怖い人じゃないから」
人ごみの中を、手を繋いだままひたすらに歩いて行った。アーゲイネはしっかりと手を握ってくれていて、僕も迷子になるまいと必死で手を握った。通りは、白い服の人だらけだった。
「おーい区長!」
アーゲイネがそう呼んだのは、少し太っていて、はげている中年の男性だ。明らかに他の市民とは違う濃い灰色の服装をしている。
「何ですかな、えーと、アーゲイネ君」
「この子、記憶喪失なんだってさ。家知らないかい?」
記憶喪失と聞いて、『ホーこの子が』とでも言いたそうに見つめてくる。近い。区長の肌は脂ぎっている。そしてハンカチを取り出して、汗を拭いた区長。
「……知りませんな。エウレ外の訪問者では?」
即決された。エウレって何だろう。
「でも、服装はどう見てもエウレの服だ。うーん…住民に関して詳しい区長が知らないんじゃ、とりあえずあたしの家で預かるしかないかな?」
えっ。僕よりも年上に見えるアーゲイネの家に、ずっと居候?それはちょっと。
「大丈夫だって!父さんか母さんの部屋貸してあげるから。もう二人ともこの世にはいないんだけどね。」
そんな部屋を貸してもらっていいの?と僕が思っている間に区長と話を進めていくアーゲイネ。区長はほっほ、ほっほと言いながら走り去っていった。
「区長が居候とかの手続きを政府にしてくれるってさ。さ、あたしの家に行こうか」
ちょ、ちょっと待って。分からない事が多すぎる。
「あの……アーゲイネさん、区長さんが政府に手続きって、区長さんは何の仕事をする人なんですか?政府に直結してるんですか?」
「あ、それも分からないのか。区長は政府に直接繋がってるわけじゃないよ、『管理者』って人を通して政府に伝えに行くんだ」
「管理者?」
知らない事がどんどん出てくる。そもそもエウレって一体?
「管理者ってのはまぁ……あたしたちの事を守ってくれる人だよ。均等に物資を配ってくれたり、区長と会談したり、政府と会談したり。市民と政府を繋げてくれる橋渡し係さ。区長から管理者へ、管理者から政府へ。そういった関係。分かったかな?」
ようするに、中間の位置にいる役人さんらしい。
「区長は市民から選ばれるから、どっちかっていうと待遇が市民寄りなんだよ。じゃあ難しい話はもう少し後でまたするとして、あたしの家に急ごう!」
また手を繋いで、走っていった。そういえば、途中で誰かに見られている気がしたけど…誰だろう?
「さ、着いたよ。ここがあたしの家」
大きな家の隣には、大きな畑が広がっている。これをアーゲイネ一人で管理しているとなると、凄く大変そうだ。
「あたしの両親が残してくれたでっかい遺産さ。ま、この畑のおかげで食べていけるぐらい稼げるようになったから、畑にも感謝してるよ」
広々とした畑を見つめるアーゲイネ。そこで、ようやく話を切り出すタイミングが生まれた。
「そういえば、さっき聞こうと思ったんですけど……エウレって?」
「この国の名前だよ。それも知らないなんて、重症だねえあんたは!」
「すみません、何にも覚えてなくて」
「大丈夫だよ。そうだ、名前まだ決めてなかったね!生活するのにいるだろ?そうだなあ……『カポネス』、とかどうだい?」
カポネス。それが良い意味の名前なのかは知らないが、素敵な意味なのかも。
「カポネス……ありがとうございます、アーゲイネさん」
「アーゲイネでいいよ!もしくはアー姐でも可!」
「いきなりアー姐はちょっと……」
「ははは!だろうね。ま、最初はさん付けでいっか。よろしく、カポネス!」
背後からは、先ほども感じた視線が近づいていた。
「あ、ゴイロスじゃないか。どうしたんだい?」
アーゲイネも気づいた、背後からの視線の正体は、ゴイロスという男性だった。
「い、いや別に尾行してたわけじゃないんだ!君が僕以外の男性と手を繋いで走ってたから気になっちゃって……」
アーゲイネが大きいのかもしれないが、少し小さめに見えるゴイロス。
「ははっ、浮気なんかじゃないよ!記憶喪失の少年拾って面倒みてやってるだけ!」
「なんだ、良かった……」
どうやらこの二人、恋人関係のようにみえる。
「で、記憶が戻るまであたしの家に住まわせる事にしたから!」
「え?何だって?」
「あたしの家に居候だよ。」
「僕より先に?僕たち恋人同士だろ?」
「ごめんごめん、いつかはあんたと一緒に同棲するからさ」
何か……お邪魔なのかもしれない。
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