食堂楽たちとのマイ墓参り

@hatarakuneet

第1話 モノ要塞

稀代の天才魔術師、ライカ・フレリカの遺体が眠る。


そう刻まれた墓標の前には、市民が活けたであろう色とりどりの花が飾られている。

一日一輪の懺悔とか言う名目で、数年前から国を挙げてこの謎の習慣が始まった。

十年前に豊穣の魔術でもって国を祝福していた齢19の魔術師ライカ・フレリカに悪しき魔族であると容疑を掛け、王都で火炙りにて処刑した愚者の国、グレイ・バーンの贖罪の花だと。


ーーこんな花ごときで自分を散々な目に遭わせた国の人間を許したくなるものなのかね。当時のライカ・フレリカって奴は。


「お兄さん、花は活けたかね?」


「んー、そうだな。一つ貰おう」


色とりどりの花かごから鮮やかな黄色の百合を手に取り、剣士の格好をした男は恭しく握って。


荘厳に聳え立つ、自分の名が刻まれた墓へと添えた。



食道楽達とのマイ墓参り

(初めまして、食い倒れしにきました。)






当時は確実に死んだと思った。

国のお抱え術師になって4年。ある日のんびり研究していたところに突然衛兵が詰めかけて、状況がわからないまま魔術封印の掛かった手錠掛けられて略式裁判。弁解の余地なく火炙りにされるとは思ってなかった。

拷問にヒイヒイ泣きつつ脱出を試みて、なんだかんだで火炙りの途中に漸く脱出。・・それまではよかった。

あんまり覚えていないが苦し紛れに作ったフェイクの死体もどきが思ったより出来が良すぎたらしく、火炙りの後ちゃんと黒焦げの死体が残り、おまけに疑いが晴れた一年後に投げ捨てられていた骨を火葬されてもちゃんと上手く誤魔化せたらしい。


分骨されて各地で墓標が立てられた辺りで漸くライカ・フレリカは自分が世間的に死んだことを実感したのだった。

それから凡そ10年。バレないように魔法は極力封印して剣士として冒険者になり、最近マイブームの食道楽を楽しみつつきままに旅をしていたが、


(まさか自分の墓参りをする事になるなんてなァ。妙な心地だ)


思わずしみじみと墓標を眺める。長年旅をしているが、墓標には今まで行ったことがなかった。ーー少なくとも、自分が生きている以上行く必要は微塵もないのだが。

疑いが晴れてからの国民の素晴らしく早い切り替わりの良さで、今はまるで神のように祭られていて正直複雑だ。

墓標の横にはローブを纏った、当時のライカ・フレリカの像が穏やかな顔で微笑んでいる。研究漬けで筋肉の萎えたシルエットはさながら高身長の女みたいだ。・・少し妄想が入っているのかただでさえ少し女顔なのが強調されすぎて最早女のように見える。


花と石像をもう一瞥して、ライカーー今はレイ・ゲインズと名乗っているがーーは身を翻す。用事は済んだ。何か旨い飯でも食いに行ってどこかに泊まろう。幸い魔法を込めた魔導石(バレない様に大量生産したもの)の売り上げで資金は潤沢にある。

静かな墓標を離れると、だんだんと大通りへと近づいていく。掲げられた看板をゆっくりと吟味して、派手な肉のマークが印象的な看板の店へと繰り出した。


店内は広く、集まった人々で騒がしい。あたり一面に立ち込める肉の焼ける匂いに思わず唾を飲み込んだ。


「はいいらっしゃい!1人?」


「1人。何かオススメある?」


「モノ要塞とくればフライバロウ牛のレアステーキでしょ!舌がとろけるどころかなくなるかもよ?」


なにそれうまそう。

案内されたテーブルの上でメニューを見ながらレイがそわそわと自分の膝をつつく。

メニューに大きくかかれたフライバロウ牛は魔獣との交雑種で脂身が少なくしっかりとした赤身なのにとろけるような柔らかさが特徴です、と益々腹がへる文句が書かれている。

早々に何種類かオーダーを頼み、メニューを読み耽りながら料理を待つ。バラ肉のワイン煮込みに牛刺し、おつまみのビーフジャーキー。・・これは明日も滞在して制覇しなくては。

わくわくしながらページをめくっていると遠くからじゅうじゅうと肉が焼ける音が近づいてくる。


「はーい、おまたせー!今にもよだれ垂らしそうなお兄さん、さあ食べて!レアステーキとエールね。」


「グラシアス超待ってた。いただきます」


3cmくらい分厚く切られた赤身のレアステーキ。湯気と一緒にたっぷりと染みだした肉汁がステーキの上で表面張力に従ってぷるぷると揺れている。やばい。もはや目に毒だ。ナイフとフォークでつつけば、行き場を失った肉汁が鉄板へととろとろ流れて香ばしく焼ける。

大きくカットしてから豪快にがぶり。


「っ~!!!」


溢れた熱々の肉汁に涙腺がじわりと緩む。滅茶苦茶熱い。でも旨い。止められない。

歯に引っ掛からないくらいの柔らかい肉質、脂身がないのにジューシー。肉汁が染み込んだ付け合わせの野菜がこれまた最高。

もぐもぐと一心不乱に頬張ると、勢いつけてエールを煽る。口のなかに残った風味をキンキンに冷えたエールが炭酸と一緒に拭っていく。


「っやばい、ちょーしあわせー」


最早語彙が子供並みだ。

いい年した男が1人で破顔しつつステーキを頬張る奇っ怪な姿に自分で苦笑しながら、料理をあっという間に片付けていく。

冷める間もなく胃袋に消えていった推定400gステーキがたとえようもない多幸感に変わる。ふわふわと幸せな気分を楽しんでいたが、飲んでいたエールが無くなる頃には、


「・・もうちょいなんか欲しいな」


と、デザートを探す始末である。我ながら対した大食漢だ。昔は小食だったような気がするのだが、不思議なものだ。

デザートメニュー片手にどれにしようかと上機嫌でいると、隣から小さく笑う声がした。低く、落ち着きのある声。思わず隣を見ると、仕立ての良さそうなジャケットに身を包んだ初老の男がこちらを見てにこにこと微笑んでいる。悪意は感じないが、見覚えもない。いきなり笑われた事にレイは怪訝そうに首を傾げた。


「・・どこかで会ったか?」


「いや、そこまで美味しそうに食べられたら、店の人も嬉しいだろうとね。不躾ですまない」


「いや、別に。」


美味しいのは事実だし、と呟くレイに男は優しげに笑い、近くまで来ていたウェイターを呼び止める。小声で話した後、ウェイターは恭しくレイのテーブルにドリンクの入ったグラスを置いた。


「どうぞ、カクテュスティーです」


「へ?まだ何も、」


「それはね、デザート向けに作られた紅茶なんだよ。良かったら味見してみるといいよ。」


不躾をした詫びだと言って、男はまた同じものをウェイターに頼む。つられてデザートを頼んでから半信半疑で(毒物がないかこっそり透視しつつ)一口飲み、ぱっとレイは顔を上げた。


「・・何コレ仄かに甘酸っぱい、旨い」


「そうだろう?甘いものにとてもよく合うんだ」


出てきたバニラジェラートで覆われたアイスケーキと、甘酸っぱく温かい紅茶のなんて相性の良い。両方口に運んで風味が混ざるのを楽しむ。口当たりがすっきりしてるからいくらでも食べられる気がする。

合間に見れば、男の方もゆったりとデザートを楽しんでいるように見える。やっぱり敵意は感じない、普通こんないかにも冒険者の格好をした奴に貴族階級が声を掛けるなんて珍しい。


「君は冒険者かい?」


「そうだ。まあ仕事しないで飯食ってるだけだけど」


「そうか、私も似たようなものだよ。」


「へぇ、」


美味しいお店を探して国中をまわっているとフィロウ・グレイフォールと名乗った男は言う。名前の雰囲気的に王都の人間だろうか。そんないかにも金持ちそうな格好ををして旅をしているなんて無謀なような。不思議そうなレイに、側のウェイターがこっそり耳打ちする。


「有名な作家様だよ、食楽紀行って流行ってるだろ?」


「・・何十巻もでてるグルメ旅行エッセイ?」


「それそれ」


「・・まじかよ。読んだことあるわ」


昔から出てる人気タイトル「食楽紀行」。国内にある十の城塞と王都のグルメを取り上げたエッセイのシリーズだ。大々的に宣伝しているから何回かは旅の合間に読んでいるが、あまりにも読んでて腹が減るのでレイの貯蔵スペースの中でお蔵入りしている。道具収納の魔導石に入れ込んだ荷物をひっくり返せば何冊かでてくるかもしれない。

世俗に疎い冒険者が知っているくらい認知度が高い人間がこんなところに、とまじまじとフィロウを眺める。逆に不躾な目線を今まさにぶつけられているのだが、そんな事を全く気にせず上機嫌だ。


「そんなにまじまじと見られると少し照れてしまうな」


「あ、悪い」


「大丈夫。慣れているよ」


知っていてくれて嬉しいな、と笑う。あまりにも好意的が過ぎる視線と、いかにも金持ちそうな身なりのアピール。しばらく考えに耽っていたレイが漸く何か思い付いたようにスッキリとした顔でこつんと机をつついた。


「ああ、分かった。じいさん俺を買いに来たのか」

「・・正解。護衛を頼みたくてね。探していたんだ」


レイ・ゲインズ君。

トーンを落とした声にぴくりと指先が空を描いた。馴染んだ偽名が耳に痛い。少し真面目な顔をしててもあくまで優しげな老人の笑みに、レイは緊張した指先を悟られない様に味のしない紅茶を啜る。

何だろう、王都の人間が一介の、しかもグレード的に中級の冒険者風情に絡んでくるとは。・・ひょっとして王都で正体がバレて何かの方法で追って来てるのか?


「へぇ、もうちょっと良いグレードの奴に頼んだ方がいいんじゃないのか、じいさん」


「おや、受けてはくれないのかい?君となら楽しく旅ができそうだと思ったんだが。」


少し渋った顔をしたレイを見て、何故か心底びっくりした顔をするフィロウ。ペースを崩されまいと少し肩に入った力が抜ける程度には間抜けな顔だ。


「いや、だから。もっと強いやついるだろ。ソイツ等にしないのかって聞いてるんだ」


「いやぁ・・前にも色々と雇っていたんだがいまいちでね。食事の仕方がなってなくて」


「・・はい?」


「マナーはなっていないし食べ散らかすしで私の方の食事まで不味くなりそうでね。辞めていただいたんだ」


「まじか」


真剣な顔で腕を組みつつうんうんと頷くフィロウに、バカらしくなってレイは頭を抱え込んだ。別に冒険者なんで城壁の中は安全なんだから外ででも待たせておけばいいじゃないか。わざわざ同じ店で食べなくても。

顔に出ていたのか、呆れた顔をしているレイにフィロウがやや前のめりで説得に掛かってくる。


「その点君は食事マナーは綺麗でその上気持ちよく完食してくれる。食の旅には最高だよ!食道楽の子だって募集所で聞いたからここで待っていて正解だったよ!ここは有名な店だしね、」


「わ、わかった、じいさん!近い!近すぎるから!」


途中から店のオススメメニューへ話がそれだしたフィロウの体を慌てて押し戻す。確かにオススメメニューは聞きたいけども。そういうノリの話じゃなかったはずだが、いつの間にか不思議なペースに乗せられている。なんて人を転がすのが巧いじいさんだ。


「ああ、報酬は道中の衣食住の保障と食べ歩きのツアーガイドをすることでどうかな?」


「・・もう決定みたいな言い方してるし、」


普通はこんな単発で貴族がくるはずはない。下手したら油断した時にひどい目に合うような気がする。あやしいといえばあやしいの、だが。周りの人間が顔を見てすぐ判る程度に顔が広く、身元はたぶんしっかり判っている。

条件はかなりいいかもしれない。特に食道楽で旅をしているレイにとっては、衣食住が保障されるならあとは小遣い稼ぎだけで事足りる。つまりあんまり働 か な く て も い い 。

にこにこしているフィロウを前に、レイの金色の睫毛が思案に暮れる様に伏せられ、暫く沈黙が流れる。

ああ。疑っているのかな。

フィロウはしばらくして何となくレイが悩む理由を察したのか、紅茶に手を伸ばしてからふと目を伏せたままのレイを見て困ったように笑った。


「ゲインズ君、どうやって証明しようか?」


「へ?」


紅茶のカップに添えられたダックワーズを机の上でさ迷っていたレイの手に握らせて、食べるよう目線で促す。

不意打ちの台詞に顔にクエスチョンマークが浮いてきそうなほどぽかんと口を開けたレイが、警戒心もなくさくりと食んで旨いと呟く。目の前の若者がとにかく食べ物に目が無いのは紹介所の店主からすでに折り込み済みだ。


「証明?」


「そう。私の食道楽のお供にする冒険者の中で、食べるときのリアクションの素晴らしい若者に付いてきて欲しいと思うんだが。その希望を目の前の君にどう言えば信じてもらえるかな」


また沈黙。暫く黙り混んでいたが、レイが急に俯き、腹を抱えて笑いだす。

リアクションって。自分の命を預ける冒険者をリアクションで選ぶって。なんてまあ困った食道楽のじいさんだ。

ひとしきり小声を殺すように笑ってから、レイはフィロウの目の前で一つの宝石を取り出して振って見せた。


「それは?」


「別の要塞で買った魔導石。コレ握って、さっきの台詞もう1度復唱してくれ。そうしたらあんたの旅についていくから」


内容はただの軽い嘘発見機だ。ちょっと手慣れた魔術師ならばすぐフェイクを掛けられる程度だが、すっかり毒気を抜かれてしまってあんまり試す気も起きなくなってきた。

フィロウも考える事もなく渡した魔術石を握り一言一句間違えずすらすらとさっきの台詞を復唱してみせた。


「分かったよ、負けた。じゃあこれから頼むよ、じいさん」


「ありがとう。よろしく、ゲインズ君」


「気持ち悪ィからレイでよろしく」


軽く握手を交わしながら、席を立つ。随分長い間話し込んでいたのか、店の中には空席が目立ってきた。

契約したから、とさっそく奢ってくれたので会計を済ませて貰っている間(失礼とは思ったが)外で煙草をふかしていると、漸く出てきたフィロウが不思議そうに首をかしげる。


「食事が好きなのに煙草も吸うんだね、レイは」


「まあ、・・色々とな。薄い奴だけど」


そう言いながら煙草を消して灰皿に放り込む。機嫌を損ねる、とフィロウを見たが、どうやら食事中以外は寛容らしい。

甘味でも買ってきて良い?と聞けば、すでにフィロウの手には山のような焼き菓子が乗せられている。


「・・年の割に結構食うよな、じいさん」


「要らないかい?」


「いや食べる、超欲しい」


「全く本当に。その食い意地が汚い性格、いいと思うよ」


苦笑しながら差し出された柔らかいシフォンケーキを受け取ってかじりつく。ふわりとした歯触りの良さに、練り込まれたオレンジの果肉がみずみずしく口の中を満たす。果肉が完全に加熱されないが故にしっとりとして、喉をも潤す様に甘い果汁が溢れてケーキと混ざる。


「・・口直しにちょうど良かった」


ゆっくり咀嚼した後に小さく呟いた言葉に、フィロウは一瞬怪訝そうに眉を動かし、黙ったまま残りのシフォンケーキを口に入れた。

お互いの宿場に帰るまでの数十分を次の出発への打ち合わせに使い、石畳の街道をゆっくりと歩いていく。持っていたケーキがすっかり無くなったころに、宿場の前でまた明日、と二人で挨拶を交わした。



「あ、ちなみに、各城壁の中に着いたら俺もたまに個人行動するぞ」


「構わないよ。美味しいお店を見つけたら教えてほしいけれど」


「ひっでぇ食狂いだ」


「レイ、君も紹介所で食狂いって呼ばれてるみたいだけれど」


「・・」


そう言えば、散々よく食べるだとか、食道楽とかフィロウに言っていたが。思えば似たような事を常日頃多方面の知り合いから言われていたような気がする。

急に自分の普段の行動を思い出して、レイは気恥ずかしくなって頭をかきむしる羽目になった。














次の日へ続く



食事リスト


・フライバロウ牛のレアステーキ

魔獣との交雑種。赤身なのに肉質が柔らかく舌で溶けるような食感で人気。生食も可。

・エール

各城塞で味が違う。モノ要塞ではやや辛めで、肉料理に最適。

・カクテュスティー

サボテンの一種から取れるとろみのある甘酸っぱい水と数種類の果実を加えるフレーバーティー。

・アイスケーキ

フライバロウ牛の牛乳とバニラエッセンスで作ったジェラートでスポンジに挟んだケーキ。とってもこってり。

・ダックワーズ

さくさくと軽い歯触りが特徴のお茶のお供。カクテュスティーによく付いてくる。原料がフライバロウ牛乳なので後味がとてもまったり。

・オレンジケーキ

取れ立てのオレンジの果肉を中に挟んでじっくり焼き上げるモノ要塞の屋台でお馴染みのスイーツ。物によっては果汁が滴る位の水分量。

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