3 しろくま事務所


 ここは、疲れたしろくまさんたち(おじさん世代)の溜り場、しろくまBar『ヒヤシンス』です。


 ヒヤシンスから100メートル離れた先に、そのおじさんたちが勤める「しろくま事務所」があります。

 そこでどんな仕事をしているのかと言いますと、ありとあらゆる北極のことを一手に引き受けているよろず事務所なのです。


 税務手続き(北極には北極税があるのですよ、もちろん魚や貝で払ってもいいんですけどね。)からインフラ整備まで。


 引っ越してきたら生活課で住民登録ができます。ここで「1からわかる北極暮らし」という冊子を配っています。


 教育課では、学校のカリキュラムから図書館の本の選定まで。狩りに出かける時にはお子さんのお預かりもできます。学習に困ったしろくまっ子には家庭教師の派遣もあり、子育て支援が充実しています。


 また、交通課では犬ぞりの管理もしています。犬さんたちのローテーションを組んで、不平不満が出ないようにシフト表を作っているんですね。


 環境課では、お家のデザインもできるらしいですよ。エスキモーさんの住む氷のドームのような家が人気だそうです。


 ある時は、まちづくり委員会が「北極ほのぼのマップ」を作っていました。もちろんヒヤシンスも載っています。


 事務所の隣には教会もありまして、人生相談(主に懺悔)はいつも長蛇の列になっています。(中のしろくまさんは曜日で交代制らしく、金曜の担当が人気らしいとか。)



 事務員さんたちには名前がありますが、それとは別に呼び名があります。からだの特徴とか、趣味嗜好とか、身に付けているものからついています。

 つまり、「ひげ」「プラモデル」「帽子」「もなか」「ブーツ?」などです。さしずめムーミンママなら「ハンドバッグ」ですね。


 推定10しろくまほどが働いているはずですが、毎日出勤していない非正規雇用のしろくまさんも含めると、ざっと30くらい登録しているでしょうか。


 中には宮沢賢治の「猫の事務所」をきどって「俺のことは『かまくま』って呼んで」なんていうしろくまさんもいます。

 かま猫というのは、夜かまどの中で寝るので真っ黒なのですが、このしろくまさんも暖炉のすすを鼻と耳に塗って、妙な風貌にしている変わり者です。けれど、実は博識らしいです。


 よくお世話になっている観光課のしろくまさん(呼び名ハサミ)は最近ふえた案件にてんてこ舞いです。

 ドローンがね、空中で凍ったまま静止しちゃってるんですよ。はしご車を出動させて、それに登って高枝切りバサミで氷をチョキチョキしてから取るんですって。命がけだ!


 僕となかよしなのは、事務所で唯一パソコン担当のしろくまさん(呼び名ピーシー)。街の設計図を作っているのかな、すごい!と思ってよくよく見たら、単にシムシティ(なつかしの仮想都市ゲーム)で遊んでいただけでした。

 あ、僕はね、スマホ持ってるんですよー。(北極にはまだないから珍しがられます。)だから当然「スマホ」と呼ばれています。


 ちなみにバーのマスターは「マフラー」です。マフラー巻いてない時、あるんだろうか。僕もスマホ忘れたらどう呼ばれるんだろう。

 しろくまさん同士で持ち物交換とかしたら、どう見分けるのかな。



 さあ、今日も終業のチャイムがなった10秒後。もうしろくま事務員さんたちは、ヒヤシンスの一角に到着していました。

 なんとしろくまさんたちは100メートルを10秒で走れるのか! それともスライディングか、あるいはフライングか?


 しろくまさんたちは、「ヒヤシンス」であまり目立たぬように端っこのテーブルに集まります。とはいえ、しろくまが4とか8頭いれば、ぎゅうぎゅうでもこもこです。


 1しろくまさんが代表してマスターにオーダーを伝えに来ます。

「瑠璃ハイボールと、さけるチーズのセットを4つお願い」


 今、日本から輸入された、さけるチーズが事務員さんたちの密かなブームです。

 今日の出来事を話しながら、手でチーズを縦にさきさきするのです。いい感じにさけた時、とても自慢げな顔をします。


 手先に集中してるので、多分お互いの話はロクに聞いていません。だって会話がかみ合ってないですもの。

「そういえば、かまくまがさー」

「お昼休み、所長が食べてたおべんとう、誰が作ったんだろう」

「今日、ラッコ君が来たね。超可愛かった」


 なんて具合です。一日中みんなの相談に乗ってるから、ここでは心を開放しているんですね! まあ、ストレスを発散して、また明日の業務をお願い致します!


 そうそう余談ですが「ヒヤシンス」の店名をつけたのは、事務員の「もなか」さんだそうです。






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