44.やっぱり襲撃か
鍵の開けられたサッシから校舎へと侵入。見咎める浮月さんもいないことだし、と靴は履いたまま玄関口を通過。
相も変わらず見慣れることのない、深夜の校舎内側。がらんとした背の高い空間奥から暗がりそのものの息遣いが聞こえてきて、天窓から漏れた月明かりを、粒子が端から端へと音もなくきらめき舞う。
「さて」
昨夜を思い出してみるに、前回の敵側が選んだ初手は屋上での待ち伏せだったけれど。
流石に同じ場所には隠れないよな、と独り言に呟いてみる。なれば同じ手を使うなら校庭か体育館で、前者がルール違反となれば精々後者だろうかとも思うけれど。考えてみればあの戦略は高いところから僕を押し潰すことが一番の目的だったのだろうし、改めて体育館に集まってみても恐らく意味がない。そもそもこちらとて同じ手は警戒するし、わざわざ殺されるリスクを集中させるのも悪手だろうから別の手で来るのかもしれない、なんて結論づけようとした背後から足音がして僕は振り返らないままに身を限界まで屈める。
金属バット。が頭上をすり抜け、脇の柱に当たって甲高い音を響かせた。
舌打ち。から相手の顔の位置を把握できたので、低姿勢から膝のバネを利用して顎先があるだろう場所に掌底を叩きつける。
「…っ!」
一発で脳を揺さぶった感覚。まずは一人目と。
やっぱり襲撃か、なんて再び独り言。砂音なら数の上で有利な状況を活かす手を選ぶだろうとは思っていたけど。
流石にこちらを舐め過ぎじゃないか、と。
背後の足音を聞きつけてとっさに、気絶させたばかりの男子生徒が崩れ落ちる手元からバットの先を掴み抜いて奪う。振りかぶる暇もなく振り向いて、掴んだ側を底拳ごと迫っていた気配の顔面に鉄槌打ち。のつもりだったけど向こうの身長が足らなかったせいで、鼻ではなく額を割ってしまう。女子生徒の髪の向こうで頭蓋が砕けるぶよぶよとした頭皮の感触がうごめいて、思わず顔をしかめる。
バットを宙で返して血に濡れていない側の持ち手を掴み直し、上段に構えた姿勢で一旦停止。されどそれ以上の襲撃はなく、足元では意味を成さないうめき声だけが響いていた。
振りかぶったまま落とす先を見失ったバットを虚しく降ろす。そのまま先に進みかけたのを途中で思い出して、倒れていた二人の頭にバットを振り下ろして止めを刺す。それから数分待って、彼らが消えた場所に勾玉が残されていないことを確認、と。
ようやくゲーム開始地点たる靴箱前から離れることが出来て、これをあと何回繰り返せばいいのかと計算してみれば。
……普通に間に合わないな、とため息をつく。
改めて、勾玉のための消失確認がネックだった。前回のようにこちらが二人であれば手分けしてギリギリ夜明けまでには間に合っただろうけれど、今回はどうあがいても無理っぽい。
砂音の狙いは、もしやこれなのかなとも思った。こちらの時間切れ。あるいは連日延長戦の泥沼化。例えそのような事態になったとしても、敵が僕一人だけの現状なら、ゲームの外で寝込みを襲って殺すことくらい、砂音なら躊躇なくやるだろう。寝首をかかれそうな家に帰るのも怖いしと、明日からの野宿生活を半ば覚悟しつつ。
しかしこの読みとて、かなり間違っているような気もしていた。あり得ないけれど、もしも自棄になった僕が手当たり次第に敵を殺していけば、いつかは運良く勾玉を持った人間に当たる可能性がある。ぐだぐだしい長期戦はむしろこちらの勝率を上げてしまうのだから、向こうが望むところではないはずで、されど実際の襲い方に電撃戦といった雰囲気はなくどちらかと言えば。
時間稼ぎ、といった感触だった。
あるいは僕を確実に殺せる状況を用意するまでの。
なるほど考えてみれば向こうの戦力で僕に匹敵し得るのは砂音本人くらい。戦力差ではまだこちらの方が圧倒的に上で、口が裂けても有利とは言えないけれど、そこまで不利ってわけでもない。
足りないのはやはりこちらも、時間。
勝利条件を揃えるための猶予がひたすらに足りなかった。
となれば。真っ先に砂音を見付けて、勾玉の持ち主を聞き出すのが最善手。かとも、思ったけれど。
……。
いや、違うな。
危うくうっかり、目的を取り違えてしまうところだった。意識して、先ほどからずっと握りっぱなしだったバットを捨てる。
からからと響く金属音に、今回の目的は必ずしも勝つことではないのだと思い出す。
「……まぁでも」、やることは同じだし。
そう呟きつつとりあえずの方針を固め終えた僕は、その場で靴と靴下を脱ぎ捨てて、裸足になる。足裏に冷たいタイル貼りの感触。
その場で屈伸して四肢の関節や腱に異常がないことを確認。深呼吸。
さて。
よーいどん、なんて。
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