40.僕は『人』じゃないし
料理をやりかけたものの、途中で僕が起きてきて本来の用事も済ませてしまったからと結局、包丁を研いだだけで帰ってしまった浮月さん(母)。
一方の僕はといえば、自分で散らかした居間を適当に片してから改めて食卓の前に膝をつき、似たもの母娘に残された品を手元にどうしようかと迷う。
ここ一月半ばかりの付き合いたる僕に浮月さん(娘)が遺すほどの何かと考えてみても、恐らくどうせ『普通部』絡みだろうと想像されて、正直あまり嬉しいものではない。
言うまでもなく。今や草葉の陰な浮月さんからすれば僕はただの裏切り者で、その僕がこんな重みのある遺品など受け取ってしまえば、どの方面にも向けられる顔なんてなく、今更なのは承知の上でそれでも見なかったことにしたいというのが本音だったり。
そんな自分が情けなく惨めで、されど加えて所詮そんなものだろうという諦念がそこそこの程度にあるから始末が悪い。受け取ってしまったからには、その意志を継がざる得ないでしょう、なんて。
それはつまり『普通部』として再度砂音らへと立ち向かうことを意味していて。
……。
きっと僕は生まれて初めて、自らの意志で何かに立ち向かおうとしていた。今までずっと、誰かに手を引いてもらってようやく何かしらの行動を取るというような生き方をしてきたのだから。別にそれが間違っていたとは思わない。されどいつか限界が来るだろうことはわかっていて、その時は貯め上げた負債を全額支払わなければならない予感があった。そしてそれは今なのだと、はっきり感じるものがある。
僕は覚悟を引き受けなければならない。この世界に居場所を求め続けるために。人と同じ等身大の形に存在する僕が、僕そのもので在り続けるために。
正直に言えば、その時の僕は歯の根がまともに噛み合わないほど震えていた。もう誰のせいにすることもできない。斜に構えた仕方ないからという体で、失敗を笑って済ますことは二度と許されない。
責任とはこんなにも怖いものだったのかと知る。
されどどうあっても目的さえ見失わなければ、震えはやがて止まる。僕の理想。改めて、自らの立ち位置を確認し望むべき未来を脳裏に思い描く。それは一人きりで立ち尽くした冷たい孤独と対極にあるだろうイメージで、外側へと開けたまま誰かとともに生きていくことの愛おしさを、僕はすでに知っている。
そんなくだらない理由のために、再び命を賭して砂音らと敵対する。まともな人間が選ぶべき行動ではなく、そんなことが出来るなら初めから恥も外聞もなく生き延びたりなどしていない。ついでに言えば、仲間として引き入れてくれた白地さんらへの義理だってなくもない。
しかしまぁ。
「僕は『人』じゃないし……」、なんて。
鬼道ならともかく、人道なんて知ったことかと心中に開き直ってみる。だからどうしたという話ではあるのだけど、うだうだ思い悩むことばかりにかまけるよりいくらかマシだろうと。
さて。
ちょっと『人でなし』をやって来ようか、なんて。
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