33.同じ箇所を切り落とす
「そろそろ時間だ」
そんな声に振り返ってみればいつの間にか、音もなく巳寅さんが背後に立っていた。
いくらなんでも、遮蔽物のない校庭ど真ん中をこの至近距離まで気付かれなかったなんて事態、まともな方法では可能なはずもなく。
「姿を消してたんですか?」
「俺はルールそのものだからな」、なんて。
よくわからない解答が戻ってきて、どう返事したものかと途方に暮れる。
視線を戻せば、校舎を見るともなしに眺める浮月さん。
どうやらこちらの会話に耳を澄ませつつも我関せずの構えらしく、変えた作戦的には正しい立ち位置とは言え、その卑怯さは少し羨ましい。
「君らが校舎に足を踏み入れた時点からゲーム開始とする」
と、幸いに話題が移る。
「巳寅さんはその間、どちらへ?」
「俺は見えない場所から君らを監視する」
先ほどのそれよりは多少具体的な解答が返って来て安心するも、依然どこから見るのかについては明言されていないことに気付く。
さっさと行けと言うように手を払われた。
その時、背後の砂を蹴る音。男の手首から先とナイフの刃先が垂直に交錯。柄を握るのは、僕の脇から伸びた包帯まみれの腕。
音もなく巳寅さんの身体が失われる。切断。期待したのは血の色。
……。とは言ってみたものの。
正直なところ僕は、その一瞬。目の前で何が起こったのかを理解しかねた。
刃先の横断を許し、明らかに切断されたはずの男の手首は何故か繋がったままで、血しぶき一つ見られない。
ふと背後を見れば事前の打ち合わせ通り、僕の身体を目隠しに愛用の刃物を握る浮月さんがいて、彼女が間合いを見誤るはずもない、となると、いよいよもって何かしらの能力が働いたと考えて間違いなさそうだった。
一方、計画者かつ実行犯な浮月さんは手応えのなさへと不満そうな口元のままに、今更なことを尋ねる。
「……審判への攻撃は、どう扱われるのでしょうか?」、と。
他方、巳寅さんはさして気にしたふうもなく。
「次からはペナルティだ。同じ箇所を切り落とす」
むろん君じゃなく、そっちの腕を。
と、こちらも僕を顎で指しつつ涼しい顔で喉元のピアスを掻く。
「言っただろう、今や俺がルールだ。ゲーム参加者は俺に接触できない」
「そちらからも私たちには干渉できない、と」
「君らがルールに反しない限りは」と、頷く。「ゲームが終わるまで。俺はこのフィールドに偏在し、賭けの遂行のみを司る存在となる」
だからこのゲームではペテンも通用しない、と。
見えない場所というのはそういう意味かと得心する。
「なるほど、安心しました」
と頷いた浮月さんはそのままの勢いで、行きましょう星田くん、と踵を返す。
独断専行にもほどがあって、しかしさっきまで自虐気味だった浮月さんのいつも通りなあり方に少し安心してしまう僕は、自分でもちょっとどうしようもないんじゃないかと思う。
まぁそんな冗談はともかく。気付けば結構な距離が開き始めていた上に、ふと背後を振り返れば案の定巳寅さんは跡形もなく消えていて、僕だけが間抜けにも取り残されているような具合だった。
小走りに浮月さんを追いかける。彼女は昇降口手前で待ってくれていた。
追いついたのを見るやいなや、横の植木を指差す。
「赤のヒヤシンスです」「風流だね」
指された方を見もせず条件反射的に言ってみた後から、今のは何の報告かと首を傾げる。
「ひっくり返してください」
と言われて、ようやく彼女の意図に思い至る。
持ち上げてみればなるほど妙に重く、掘り返した球根混じりの土の底にはレンガが一切れ入っていた。
……。相変わらずわからなかった。どうしろと。
「それで戦ってください」
視線で問えば、真顔でそんな言葉が返ってくるから。少し悩んだ末に。
「逆に難しいよ?」
冗談です、と肩をすくめられる。
屈んだ浮月さんが消化器の収納された赤い蓋の奥から取り出し、こっちが本当ですと僕に渡したのは黒い棒状の。
「懐中電灯?」
「マグライトです。警棒にもなります」
洋ゲーなんかでよくあるでしょう、と肩の辺りで持つ動作をする。
点けてみると、結構な光量だった。
「隠れんぼですし、ちょうどいいんじゃないかと用意してみました」
「でも、こっちの場所が丸わかりなんじゃ」
「まぁ、鬼側ですし」
またもや、上手いこと言えたような顔。存外、その冗句が気に入ったのかもしれない。
「それから、合図も決めておきましょう」、と。
「合図?」
「襲撃のタイミングを合わせるための決め事です。敵の前で意思疎通が難しい時は三回壁か床を叩いてください。三回目の音で同時に行動を開始します」
少しの沈黙を挟んで。再び口を開いた時には真剣さを滲ませた表情で、星田くんと。
「さっきの話は後回しにしましょう。この勝負に勝てなければ元も子もありません」
作戦変更もあまり上手くいかなかったようですし、と手元に出しっぱなしだったナイフを折りたたむ。
僕の方とて思うところはあっても異論はなく、躊躇いがちにでも頷いた。
浮月さんは作ったように破顔し、しかし声音だけが隠しきれず悲しげに、付け足す。
「でも、できるなら」みんな仲良くしたいですよね、と。
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