30.これでお相子です、と
色んな意味で無事、白地さんから解放されたのが、夕焼け手前な陽射しに横合いから影を伸ばされる五時過ぎ。
帰宅路を辿りつつ、これから今度は別口(妹)へと話を通さなくてはならないことを思えば、少し気疲れもした。しかし今更ながらよく考えてみたら、別段わざわざ僕の口から伝えなくとも白地さんから話を通してもらった方が物事は穏やかに進む気がする。
それが無精からくる都合の良い勘違いだとはわかっていても、一度脳裏をかすめた誘惑に抗うことは酷く難しい。というより正直なところ、僕はもうすっかりその気になりつつあってお陰で随分気が楽になってしまっていた。
だからこそ目の前の光景に困惑する。ようやく帰り着いた、自宅玄関手前。
「おかえり、お兄ちゃん」
「ただいま」
先述の通り。帰宅すれば今度は、砂音と向き合わされるだろうことは覚悟していた。
「お邪魔してます、星田くん」
「……」
しかし浮月さんまでそこにいるとは予想だにしていなかった僕は、失礼ながらもその面前で固まってしまう。
「どうしたのお兄ちゃん」
「いや、」「星田くん?」
……。ニコニコと作り笑顔を浮かべる浮月さんはどうやら確信犯っぽい。
僕に任せるはずだった油揚げを横からさらう形になってでも、彼女は妹の顔を拝んでおきたかったのかもしれない。されど改めて、絶対に会わせまいと思っていた組み合わせが目の前に揃ってしまっていて、今日一日の僕の苦労は何だったのだろうかとため息を吐きたい気分が湧き上がる。
いや、それよりも。
「ここで何してるの、浮月さん」
「何もしてませんよ、星田くん」ダウト。
ここまで白々しく振る舞われてしまうと、皮剥ぎを期待されているような気もしてくる。
「話し合いをしに来てただけだよね」
と、妹の援護。その手足や衣服に目立った裂傷はなさそうだった。浮月さんの方とて、身体は再生してしまうから確認のしようがないけど、少なくとも包帯や服もまともだった。
「長居してしまいましたし、私はこれで」
と、玄関口まで来ていたのもちょうど帰るところだったらしき浮月さんは、そのまま僕の横を抜けつつ出て行く。
すれ違いざまに呟いた言葉は、これでお相子です、と。
「……」
出し抜いたつもりが完全に裏をかかれていて、こういう時にも本気を出してくる大人気なさは、浮月さんらしいなと思いました。まる。
一礼して扉を閉める。
最後までそのお嬢様テンプレな擬態は完璧で、何も知らない人が見れば普段の素行なんて欠片も想像しないだろうほど。
もっとも彼女の顔を覆う包帯はいつも通りで、大火傷した令嬢といった辺りが正直な印象なのだけど。
「別に、変な話はしなかったんだよ」
と、ようやく靴を脱ぎ始めた僕へと砂音が不機嫌そうに。
「それよかお兄ちゃん。私に勝負の件、黙ってたでしょ」
「今夜にでも伝えるつもりだったよ」
とは言ってみるものの嘘くさい自覚はある。というか嘘だし。
「白地ちゃんと会ってたのもそれ?」
「……半分は」
ちなみに残り半分は、最後の質問に費やされた時間比率からも浮月さんとの関係についての話だったと申告するのが素直か。
「それで結局、君らの方は何話してたの」
「似たような話だよ」
と誤魔化された。かに思えたところへ続けられる。
「でもあの子も結構歪んでるよね」
「……」
そうも見透かすほどに、この短時間で一体何を話したというのか。
「そだ。聞こうと思ってたんだけど、」
と、しかしこちらの逡巡を気にした様子もなく続ける妹。
「結局あの子って、お兄ちゃんの彼女?」
「……」修羅テン再び。「君ら、ネタ合わせしてた?」
「え、何が?」
……。さて、何というか。
時計に目をやれば、僕に心臓の負担を強いる休日はあと七時間も残っているらしい。
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