第47目 転人・三儀vs追志・送③

 『FUGU』は“ハネツキドッグ”を貫きつぶそうとせまる。


 そして――


 べちん。


 “ハネツキドッグ”は貫きもつぶされもせず、逆に『FUGU』が、“ハネツキドッグ”のしっぽによって、その針ごとたたき落とされていた。


〈こんなもの、造作もないわ〉


 吐き捨てるような言い方だった。


 念のために補足しておくと、“ハネツキドッグ”のしっぽは『WING』の風でコーティングされており、針が刺さることはなく強烈な一撃を叩きこむことができていた。


 …………。


「ねえねえ、ヨミちゃん」


「なに?」


「なんか、全然効果出てないんだけど」


「そうね」


「どういうこと!?」


「想定外だわ。玉子さんは、どうやら本当に、浮梨さんの妹みたいね」


「ええー……これ、一撃必殺の大技じゃなかったの?」


「決まれば、そのとおり、勝負が決していたでしょうね」


「ヨミちゃん……ダサい」


「なによ、いのりちゃんも『浮梨ちゃんには妹ちゃんなんていないよ』ってノリノリだったじゃない」


「そんなこと言ったって聞いたことなかったんだもん。それはヨミちゃんも同じじゃない」


 そんな送と追志のやりとりを聞きながら、転人は少し考えごとをしていた。


 『指切ゆびきり言万げんまん』とは、どうやら転人と三儀の考えていたとおりの技のようだ。

 だがそうであれば、なぜ三儀の“嘘”に反応しなかったのだろうか。

 不完全な技というわけでもなさそうだった。

 ということは、『CURSE』でも見破みやぶれないほどに、浮梨と三儀の偽装は完璧だということになるのだろうか……?


 転人は、三儀ならばなにか思い当たることがあるのではないかと思い、彼女を見る。


「――私は、浮梨お姉ちゃんの本当の妹になれたんですね……」


 とても嬉しそうな顔をしていた。

 うれし涙こそ流してはいなかったが、そうであってもおかしくないくらいだ。


 三儀は今、ふたりの姉を失い、父にやいばを向ける身だ。

 彼女にとって家族というものは、たとえいつわりだったとしても大切なもので、本物だと認められたことは、なにかの間違いだったとしても重要なことなのかもしれなかった。


 転人は、そんな彼女の思いに水を差すことはしなかった。


 ただしかし、対戦相手はそういうわけにもいかずに、


「じゃ、じゃあもう一つ! ……ずばり、玉子ちゃんは、転人さんのことが好きなの?」


 そう質問をしたのだった。


 それを口にしたときの追志は、自分たちの絶対の攻撃が防がれて、少し気が立っていたように見え、その言葉は、勢いにまかせて口をついて出てしまった、という感じがした。


「ちょっと、いのりちゃん。それは……」


「でもヨミちゃん、これなら……」


「だから、そういうことじゃなくて……」


 送は追志をとめようとしていたが、追志がそれを手で押さえこみ、ちょっとしたもみ合いになっていた。


「……いえ、かまいませんよ。私が転人さんを好きかどうか、ですよね……」


 そんなふたりを見かねてなのか、三儀は少し考えるようにしてから、優しく言葉を続ける。


「……正直に申しあげますと、私にもよくわかりません」


 どうなんでしょうね、と三儀は他人ひとごとのようにつぶやいた。


「私は転人さんのことを大切に思っています。それは間違いありません。ですが、それがどういう意味でなのかは、判断しかねます。

 これでも私は、様々な――本当に様々な人たちをこの目にしてきました。人種や性別、立場の違ういろいろな方々とお会いする機会がありました。そのような方々の中には、私や私の家族のことを愛してくださる方々もいらっしゃいました。ですが、その方々の目には、私や私の家族の姿などは映っておらず、ただ私たちの権力と財産のみを見ていました。口ではどれだけ愛していると言っても、心がそうでないということは、少なくありませんでした。

 だから今、私が転人さんに抱いているこの思いが、“好き”と呼ばれる気持ちなのかどうかは、私自身がわからないのです。あの方たちと同じように、転人さんの持っている力を頼りにしているだけなのかもしれない。転人さんの立場を利用しているだけなのかもしれない。でも……もしそうだったとしても、私は私のために、前に進むだけですので、なにも関係はないのですけどね……。

 ただ……それでも、今こうして転人さんとともに日々を過ごせていることは、なによりも楽しいんです。転人さんのそばにいられて、転人さんがそばにいてくれて、とても嬉しいんです。それだけは確かで、だから今は、それだけで十分なんです」


 もちろんドッグちゃんもふくめてね、と三儀は微笑んで答えた。

 眉をよせて、少し困ったふうな笑顔をしていた。


 “ハネツキドッグ”は、話の間中、静かに三儀を向いて座っていた。

 『FUGU』も、ただふよふよと浮かんでいるだけで、攻撃はしなかった。つまりそれは、追志には、このすきをつこうという気がまったくなかった、ということだった。


 追志としては、てっきり否定してくるものと思っていたのだろう。

 だが三儀は、その思惑から外れて、まっすぐに自分の気持ちを表現してしまった。

 そしてそれは、他人がおいそれと聞いてもいい内容ではなかった。

 だから追志は、その答えを聞いて、三儀への申し訳なさで一杯一杯になっているようだった。今にもフィールドを踏み越えて、三儀へ土下座をしてきそうな勢いを見せていたが、闘いの手前、なんとか押さえこんでいるようだった。


「……一応言っておくけれど、今の話も嘘じゃないわよ。嘘だったとしても『CURSE』の力は使わないわ」


「ありがとう、ヨミちゃん……ごめんね」


「謝るのは私にじゃなくて、ね」


「……うん」


 申し訳なかったわね、と送は三儀に向かって手をふる。

 大丈夫ですよ、と三儀も軽く手をふり返す。


「大丈夫か?」


「もちろんです。転人さんは、その、大丈夫ですか?」


「ああ。まだまだこの日々を終わらせるつもりはないよ」


「ええ、まだまだ終わりません」


〈我もいることを忘れるでないぞ〉


「ドッグちゃんのことも、頼りにしてます」


 声は聞こえていなくても、三儀は『DOG』の言わんとしていることがわかっているようだった。


〈では、そろそろ勝ちにいこうではないか。相手もそのつもりらしいからな〉


 『DOG』の言うとおり、追志と送の表情からは負い目が消え、次の一手で決めるという意志がありありと浮かんでいた。

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