第45目 浮梨・紙芸vs願石・穂ノ瓜②

 そんなふたりの様子を、願石は対戦相手ながらよく見ていた。


 だからなのかもしれない。


「ときに紙芸よ。話の途中で割りこんでしまうことになるが、その……なんだ……これは雑談なのだが」


 願石は珍しく、そんなことを言った。

 言いよどみつつ、前置きをしてから続ける。


「なぜ貴様は、春叶生徒会長とパートナーを組んだのだ?」


 浮梨と紙芸は、願石のほうを同時に見て、同時に口を開いた。


「浮梨がパートナーを組もうと誘ってきたからよ」

「私がパートナーを組んでと依頼したからよ」


 綺麗にユニゾンしているようでいて、選んだ言葉は決定的にずれていた。


「ふむ。ああいや、なんだ、そういうことではなく……」


「なんなの?」


「つまりだ。確か貴様は、春叶生徒会長より前に、他の人間からすでにパートナーの打診だしんをされていたのではなかったのかと思ってな。それも相当の金額だったとかぜの噂で聞いているのだが」


「え……」


 ようやく浮梨の表情が変わった。

 驚きと困惑が混ざったような顔をしていた。


 浮梨は、その表情のまま、思わず紙芸を見る。

 紙芸は、浮梨とは違い、苦々にがにがしさを全面に出した、とても人様ひとさまに見せられないような顔をしていた。


「営……?」


「……ええ、そうね、そのとおりよ。だからなに?」


「だから、というほどのことはない。ただ、らしくないなと思ったものでな」


 らしくない。

 そういえば、そんなことを誰かに言われた気がした。


「らしくなくはないわ」


 そう言って紙芸は、願石のほうを向いたまま、手帳を開いて浮梨に突きつける。

 それは、とある日の二十四時間の予定表だった。


 その日は、浮梨が紙芸に連絡を入れた日で、一ノ目高校生徒会室に来てほしいと頼んだ日だった。


 そこには、六ノ目高校の生徒会との会合予定が書かれていた。

 場所は六ノ目高校の生徒会室、用件はダイスダウンダブルデュエルトーナメントのパートナーについてで、つまり、その予定の相手が、願石の言う先客せんきゃくなのだろう。


 しかし、注目すべきはそこではなかった。

 その予定が書かれた枠には、文字の他に線が引かれていた。

 その線は予定の欄外らんがいまでのびていて、そこには一言。


 『パートナーは浮梨』


商談しょうだん中――正確に言えば、商談に入る前の雑談中に、浮梨から連絡があったの。私は先に受けた依頼を優先するのよ。あとからいくら大金を積まれてもなびかないわ」


 紙芸は、ぱたん、と手帳を閉じる。


「私はお金のために生きている。お金のためにお金を使ってお金を稼いでいる。お金は天下の回りものだから、うまく乗れなければたちまち飲みこまれてしまうものなのよ。かくいう私もよく飲みこまれてしまうのだけれど、それでも大切なものを見失ってはいないから、こうしておぼれずにすんでいるのよ」


 紙芸は浮梨を見ないまま、浮梨に向けて、今度は手を差し出してきた。

 浮梨はその手と、手ごしの紙芸を見ながら、少しぼおっとしていた。


 手帳に書かれたことが本当で、彼女の言ったことが本心であるとしても、に落ちないことがあった。


 私はただ「生徒会室に来て」としか伝えていない。

 パートナーのことは、なにも言っていない。


 それならば、やはり先客のほうを優先すべきではなかったのか。

 だから、さっきのあれは、腑に落ちない。

 らしくない。

 そう思っていた。

 思いながら、はたと気がついたことがあった。


――紙芸が口にしたあの数々の言葉は、もしかしたら、彼女自身に向けたものだったのではないのか。


 大切なもののために迷ってはいけない。

 できると思っていることがあるならば、自分を殺してでもやり遂げる。

 だから紙芸は、自分を殺してまで私と――


 そう勝手に思って、思いいたって、初めて気がついた。

 私はいったいなにをしているのだろう、と。


 なぜ、やすやすと閉じこめらているのだろう、と。

 なぜ、岩の壁ごときを破壊しないのだろう、と。

 なぜ、すべてを他人まかせにしようとしているのだろう、と。

 なぜ、私は“”を救い出そうとしないのだろう、と。


「まだ間に合うわよね」


「間に合わせてみせるわ」


 浮梨は、紙芸の手を取っていた。

 お互いの手が、お互いを強く握りしめていた。


「なんだ、友情ごっこか? 紙芸にしては、らしくないな」


 “らしくない”

 ついに、炎之瓜にまで言われてしまった。

 紙芸に向けた言葉だとはわかっていても、そのことに浮梨は思わず笑ってしまっていた。


「あら、以前にも言ったことがあると思ったのだけれど」


 そんな浮梨を横目に、紙芸はいつもと変わらない表情と口調で言う。


「金づるは、なにより大切なのよ」


 ふたりの手はつながれたままで、ふたりはそのまま言葉を交わす。


「さて、それでは、お待たせしたわね」


「ええ、待ちくたびれたわよ」


 そこからは簡単だった。


 ぱぁん、という破裂はれつ音とともに、『ROCK』が作った閉鎖空間はいともたやすく瓦解した。


 そして。


青天白日アトミックソーラレイ


 ふたりのダイス一条の光が天へとのぼり、それが数多あまたの光となって、地上に降り注いでくる。

 その光は、地上のあらゆるものを焼きつくしていった。


「おいおい! こんなの、ありかよ……!」


 その有様ありさまを見て、炎之瓜は呆然ぼうぜんとそう漏らした。


「こんなもの……もう空気『ATM』とか太陽『SOL』とか、そんなレベルじゃねぇじゃねぇか!」


 そんな彼の遠吠えに、


「闘いは勢いが大事、なんでしょ?」


 などと、らしくない一言を、浮梨は笑顔で返していた。

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