第38目 これからよろしくお願いしますね

「大会説明の続きだったわね。ここまでの話だけでも、今回の大会は十分にあやしい。なにかしらの意図を感じざるをえないわ」


 『突然の開催』

 『“役目負いキャスティング”義務』

 『ダブルデュエル』


 どれをとっても前例のないことばかりだった。


「そしてなによりも、優勝チームへ与えられる褒賞ほうしょうが最も疑わしいところなのよ。今回の優勝賞品は“喝采白主への挑戦権”。つまり、いつでも白主様とダイスダウンができるようになるってことね」


 喝采白主に会える機会など滅多めったにない。

 ダイスダウンをやるとなると、さらにその機会は得られ難くなる。

 だから、一介いっかいの大会の賞品としては破格はかくなものなのかもしれない。

 転人たちにとっても、これはまたとないチャンスではある。

 だが、だからこそ、罠である危険性も高い。


「三――玉子様の件や先日の廻の件で、私としても白主様に不信感を抱いている。魚井の手前、白主様の命令を守るていをとったが、どうしたものかは考えものだろう」


 願石は、転人に起こったことを目の当たりにしたことで、より確かに白主に疑念を抱くようになっていた。


「だが、もちろん私個人としては参加をする。『首絞役』員長であるからには、責務に背くことはできん」


 そこは、願石が願石たるところだ。


「私もそれは同じよ。一ノ目高校生徒会長として、目をつけられるわけにはいかないしね。生徒の安全が第一よ」


 浮梨も同じく、一ノ目高校の生徒の代表である以上、よくも悪くも動き方は決まってしまっていた。


 だからここで問題となるのは、転人と三儀がどうするのかということだった。


 ふたりは果たして参加するべきなのか。


「俺は……」


 転人は、白主と闘った。

 闘って、その恐ろしさを身を持って味わった。

 転人は、白主の手のひらの上で、ただ踊ることしかできなかった。

 ダイスの技術も、心の強さも、まったく足りていなかった。

 だから、たとえ今回の大会で優勝できて、白主と対峙できたとしても、倒すことはできないのかもしれない。

 また闇にとらわれてしまうのかもしれない。


 転人は、三儀を見る。


〈彼女がいなければ、お互いまたこうして会話などできなかったのだろうな。相見あいまみえることもなかったのかもしれん〉


「そうだな」


 『DOG』は、魚井が出て行ってから、ようやくといった感じで羽を伸ばしていた。

 魚井がいる間、『DOG』はサイコロのままで窮屈きゅうくつそうにしていた。存在は知られているため、姿を見せたとしても支障はなかったのだろうが、ひとえに「うっとうしそうだったから」ということにつきる。


 『DOG』は、あんなことがあったというのに、変わらずにこうして転人のそばにいる。

 転人は、そんな『DOG』とならば、白主とまた相対しても怖じ気づくことなく闘える、卑劣ひれつな罠が仕掛けられていたとしても、もうおちいることはない、そう強く信じることができていた。


「私は反対です」


 転人の答えを待たずに、三儀が声をあげた。


「まだなにも言ってないよ」


「転人さんのことですから、どうせ参加するとでも言うつもりだったのでしょう」


 図星だった。


「私からの“命令下しディレクティング”は忘れていないですよね? 自分の中の巻菜さんのために、無策むさく無謀むぼうなダイスダウンを挑まないこと。それを破ることは、断じて許しません」


「わかってる。忘れてはいないし、破るつもりもない。この大会に参加するのは巻菜のためじゃない」


「それじゃあ……」


「そもそも俺の意志とは関係なく、この大会には参加しなければならない。俺とドッグのことは、もう白主に知られているんだ。参加しないわけにはいかないだろう」


「そんなの……なんとかして誤魔化せば……」


 それが難しいことを、三儀自身もわかってはいるのだろう。

 反論する三儀の声は、段々と小さく口ごもるようになっていった。

 それでも三儀は、もう危険なことをしてほしくはないという一心で、転人に言葉をぶつけ続けた。

 しかし、どれだけ三儀が吠えようとも、転人の意志は固かった。

 もはやどこにも、転人の参加をとめるすべは残されていなかった。


「――でしたら……私も参加します。私が転人さんのパートナーになります」


「俺は反対だ」


「な……」


 さっきから、なにを勝手なことを。

 自分の参加は固持し続けているのに、他人にはずけずけと文句を言うなんて。

 この恥知らず! 分からず屋!


 三儀は、転人をにらむ。

 転人も、そんな三儀から目をそらさない。


 二王のときと構図は似ていたが、それぞれが抱く思いは、まったく別のものだった。


「俺のパートナーになるとはいうが、それはこっちで勝手に決められるものなのか? 運営のほうで決められるものじゃないのか?」


「それは……」


 転人も三儀も、パートナー決めの方法をまだ聞いていなかった。

 だから同時に、ふたりは浮梨を見た。

 その視線に、浮梨は少し身を引いたが、すぐに持ち直す。


「まだそのあたりは話していなかったわね。パートナーは自由に選べるわ。異なる学校の生徒同士はもちろん、生徒じゃなくても許可されている。性別も年齢も関係ない。だから、もし玉子が参加するのなら、廻さんと組むことは可能よ」


 三儀は、それならという目で、転人を見る。

 転人も負けじと、その目を見返す。


「白主は必ずこの大会を監視するはずだ。だから、玉子のことは絶対に知られてしまう。そこから、玉子の正体がバレてしまうかもしれないじゃないか」


「絶対にバレません! 浮梨お姉ちゃんの変身技術は、父であろうと看破かんぱできないはずです!」


 根拠なき信頼だったが、転人としても、バレないのではないかと思ってはいた。

 それは、それほどの完璧な変身なのだ。


 それでも不安は拭いきれない。

 相手は、あの白主なのだから。


「廻さん。残念だけど、玉子の存在はもう知られてしまっていると考えたほうがいいわ。この前のダイスダウンは公の場ででしたからね。いくら封鎖をしたといっても限界はあります。

 もしかしたら、廻さんや玉子のダイスダウンの手腕を知って、今回の大会開催を決定したのかもしれません。そう考えれば、急に大会が開催されることになったことも、ダブルデュエルであることも、なんとなくうなずけるのかもしれませんね」


 責めているわけではないわ、と浮梨は言う。


 しかし転人は、責められて当然だと思っていた。

 それだけのことをしたとわかっていたし、その事実を受け入れることができていた。

 だからこそ、三儀の参加に反対をしたのだった。


「もしそうなのだとしたら……なおさら、私は参加するべきです。転人さんとともに、父の……白主のもとへと行くのは、私であるべきなんです」


 三儀は転人以上に、その責任があると感じていた。

 白主を倒すというこの闘いの責任は、すべて自分にあると考えて、それを受けとめるつもりで、この場に立っているのだった。

 だからこそ、三儀は転人の参加に反対し、自分は参加しようとしているのだった。


 ふたりの想いは、ぶつかり合うばかりだった。

 以前のように、どちらかが折れるということもなかった。


 見かねた浮梨は、やれやれといった感じで口を開く。


「私は……ふたりが参加するべきかどうかは、ふたりが決めることだと考えています。廻さんの言うように、参加することでこちらの手の内がバレてしまう危険はあります。ですが、もし参加しなければ、相手はさらなる手を回してくるでしょう。

 それに、参加してもしなくても、玉子のほうは廻さんのそばを離れないでしょうから、それならいっそのこと、パートナーとして廻さんがその手で守り抜くというのも、一つの策だとは思いますね」


 三儀は、自分の意見をしっかりと推してくれない浮梨に、その怒りの矛先ほこさきを向けるが、それはどう考えても、ただの照れ隠しだった。


「願石さんはどう思いますか?」


「私は、ただ自身の責務を果たすまでだ。廻と三――玉子様がどう決断しようとも、影からふたりを守るよう、裏で首絞役員を配備させよう」


 職権乱用な気がしないでもない。

 だがそれは、この場の誰にとっても、ありがたい言葉だった。


「……わかりました。そこまで言うのでしたら、俺は、玉子とパートナーを組みます。玉子と一緒に、この大会で優勝してみせます」


 転人は、脳裏に引っかかる迷いを言葉で押しこめ、決意で蓋をした。


「……ありがとう、ございます」


 しっかりとお辞儀をする三儀ではあったが、嬉しそうでもあり、心配そうでもある、とても微妙な表情をしていた。


「さて、ふたりのことはこれで一段落ですね。私たちも早めにパートナーを探さないといけないわね」


 浮梨は、そんな転人と三儀を見て、少し優しい顔をしながら願石に話をふる。


「おふたりで組むんじゃないんですか?」


「別々で動けるようにしたほうが、なにかと都合がよいと考えている。パートナーとなってしまうと、闘いの際にはふたり同時に拘束こうそくされてしまうからな。どちらかが闘っている間は、もう一方が目を光らせられるようにしておきたい」


「そういうこと。お互い信頼できる相手を選ばないといけないわね」


 これで、ここにいる全員が大会に参加することになった。


 参加に関する諸々は、すべて浮梨がやってくれるということになり、転人と三儀は大会当日を待つばかりとなった。

 そこにはもちろん言いしれぬ不安もあったが、はやる気持ちやたぎる闘志、他にもいろいろな想いがないまぜになって、ふたりの日々を前へと押し進めていった。


 今回の闘いは特別だ。

 白主のもとへたどり着く正当な道だというだけではない。

 ひとりではなく、ふたりで闘える。

 そのことが、他のなによりもふたりを安心させていたのだった。


「転人さん。パートナーとして、これからよろしくお願いしますね」


 そう言ったときの三儀は、まるで幸せをつかんだ女性のように、まぶしい笑みをこぼしていた。

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